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日本歴史絵巻 杉勝啓短編小説集  作者: 杉勝啓


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徳川宗春と遊女の話

江戸時代、徳川吉宗の治世。尾張は徳川宗春が治めていました。

質素倹約を旨とする吉宗に対し、宗春は「上の華美は下々の助け」といってはばかりませんでした。

白い牛に乗り、キセルをふかすなどというパフォーマンスをしてもみせました。尾張の民たちは宗春に喝采を送りました。尾張では料理茶屋、遊女屋 芝居小屋なども盛んに営業されていました。


宗春はある遊女を見初めました。ですが、その遊女は宗春に靡こうとしませんでした。宗春は無理にその女を自分の物にしようとは思いませんでした。足繁くその遊女屋に通っていても添い寝のようにしている帰るのでした。その遊女がなぜ自分に靡かないのかわかりました。遊女には将来を誓った男がいたからです。その男は遊女の馴染みの客でしたが、二人は恋に落ちたのです。お店者である男は頻繁に遊女屋に来ることはできませんでしたが、遊女はその男が来るのを心待ちにしているようでした。


宗春は遊女屋に話をつけ、その遊女を自由にしてやり、その男の女房になれるよう計らってやりました。殿様の肝いりとあって、その男の主人は男に暖簾分けをしてやりました。きっと二人は幸せになれる。宗春はそう思っていたのですが……


その男、新吉は遊女屋に通っていた時はあれほど好きだったはずの女、お未知が教養もなく、読み書きもできない女だと知ると急速に熱は冷めてゆきました。お未知はそれなら離縁してくれといいましたが。

「できるはずがない。殿様の肝いりで娶あわされんだ。俺は一生、お前に縛られているしかないんだ」

お未知は困り果ててしまいましたが、とにかくは新吉に尽くしていました。ですが、別れは思わぬ状態でやってきました。


徳川宗春が失脚し、蟄居謹慎となったのです。

「これで、お前と別れられる」

新吉は言いました。僅かな手切れ金を渡され、お未知は家を追い出されました。ですが、親、兄弟もないお未知にいくあてはありませんでした。なぜか無性に宗春に会いたくなりました。蟄居、謹慎させられている宗春に簡単に会うことはできぬと思いましたが、人に、何処で謹慎させられているのか尋ね尋ねて、ようやく、宗春が謹慎されていという屋敷にたどり着きました。その屋敷の近くで、鍬をふるっている男がいました。宗春でした。

「お未知ではないか」

宗春はお未知を覚えていました。

「お、お殿様が、どうして、このようなことを」

「いや、本当はな、屋敷の部屋の中から一歩も出てはならんのだが目溢しをしてくれているのだ。これで、この、暮らしも気に入っている。ところで、そなたは、どうしてここに?」

お未知は今までのいきさつを話しました。

「そうか。幸せにやっていると思っていたのだが、余計な事をしたかな」

「いえ、お殿様には感謝しております」

「どうだ。いくあてがないのなら、ここにおらぬか」

「よろしいのですか」

「ああ、だが藩主であったときのような贅沢はさせてやれんが」

「そんなことは……でも、私は字も読めないのです。そんな女がお殿様の側にいてよいのでしょうか」

「そんなことか。できなければ覚えればいい」 


宗春はお未知に読み書きをはじめ、いろいろなことを根気よく教えてくれました。


二人は幸せになりました。


おわり

子供の頃、弥次喜多隠密道中という時代劇がありました。その中の話に「殿様と遊女」という話がありました。その話をヒントにして作った話です。里見浩太朗さん演じる徳川宗尊という殿様が遊女と恋に落ちた話でした。中村敦夫さんが里見浩太朗さんに、向かって「お若いぞ」と言ったセリフが妙に心に残っています。近年、DVD化もされています。

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