カイルの『彼女』
休日のお昼時。
俺は、いつものように王宮で昼食を取りながら、怒りの感情を探る。
食事を終えて立ちあがろうとしたタイミングで、面白い怒りを感じた。
(レディーナ様は、一体彼女の何を知っているというんだ!)
この怒りはカイルか。
いつもはスルーしているが、賢者に対する怒りというのは興味をそそられる。
俺は自室へ向かって歩きながら、カイルの怒りを聞き続けた。
(彼女と話したことがあれば、『人として残念』だなんて思うはずがない! 彼女は見た目だけでなく、中身も美しいのだから)
あの男、もしや水の賢者と面識があるのか?
いつも悪魔憑きを通して賢者達の様子を見ているが、カイルが賢者達と会っているところは見たことがない。
この男がどこで賢者達と繋がっているのか、もう少し探ってみるか。
(彼女が優しく見えるのは、僕に媚びているから? ありえない。それだけのために、ジャズさんやブーケさん、それにキャリーさんと仲良くしているとは思えない)
賢者達の情報を探ろうとしていたのに『彼女』とやらの情報ばかりが出てきた。
この男の思考にいつも出てくる『彼女』。
怒りがいい感じに膨らんでくると、いつも彼女とやらの存在のせいで怒りが鎮まってしまう。
その女はカイルにとって、よほど大切な存在なのだろう。
しかし『彼女』はジャズとブーケ、それにキャリーとも面識があるのか。
全員、平民だし、彼女とやらは平民なのだろうか?
…いや。『カイルに媚びるために仲良くしているとは思えない』と言うくらいだから、平民ではなく、むしろ貴族か?
(レディーナ様は、何を勘違いしているんだ? 彼女がいじめなんか、するはずがないだろ!)
カイルの怒りは、段々と大きくなってきている。
もしやこの男、現在進行形で水の賢者と会話しているのか?
…まさか、な。
俺は今、悪魔憑きを出していない。
悪魔憑きもいないのに、わざわざ変身なんかするはずがない。
だが過去の賢者の中に、何人か私用で変身する奴がいたのも事実だ。
水の賢者が私用で変身している時にカイルが出会ったのであれば、俺が二人の接点に気づかない理由も頷ける。
(いけない。このまま怒りに囚われて悪魔憑きになったら、彼女に幻滅される!)
あぁ。またか。
カイルが『彼女』の存在を思い出すと、徐々にその怒りは鎮まっていった。
彼女とやらの存在のせいで、いつもカイルを悪魔憑きにすることができない。
この男を悪魔憑きにできれば、カイル派閥の評判を一気に下げることができるのに。
(レディーナ様が謝ってくれて良かった。これ以上、彼女の悪口が続いていたらレディーナ様と仲違いするところだった)
やっぱりこの男、水の賢者と会話しているじゃないか!
ということは今、水の賢者は私用で変身しているのか。
賢者が私用で変身する理由は、大体想像がつく。
賢者の時にしか会えない人物と会うためか、後ろめたいことをする時のどちらかだ。
…そういえば以前、ジャズの叔父を悪魔憑きにした時、酒屋を出てすぐに水の賢者と光の賢者に会ったな。
あの日、二人の賢者が現れるのは異常に早かった。
まるで予め変身して待ち伏せていたかのようだった。
…なるほど、読めたぞ。
水の賢者と光の賢者は仲が良いから、きっと二人はあの姿で時折、遊びに出掛けているのだ。
そして、その時にたまたまカイルと居合わせて仲良くなったとか、そんなところだろう。
大体の事情は察したし、カイルもいつも通り悪魔憑きにするのは難しそうだし、この男の怒りにはもう興味がない。
このままスルーしようと思った矢先に、また気になる名前が出てきた。
(…そういうことか! レディーナ様は彼女をロザリア嬢と勘違いしていたのか。確かにロザリア嬢とジュリー嬢は、どちらも美しい公爵令嬢だ。『美しい公爵令嬢』と聞いて、ロザリア嬢だと勘違いしてもおかしくない。なんだ、レディーナ様は彼女を悪く言っていたわけではないんだ。さっきまで怒っていたのが馬鹿馬鹿しくて、むしろ笑えるよ)
…ちょっと待て。
この男が言う『彼女』とやらは、まさかジュリーのことだったのか?!
そう考えると、今思い返せば『彼女』がジュリーなのも納得がいく。
ジュリーはジャズ・ブーケ・キャリーの3人と面識がある。
『見た目も中身も美しい』というカイルが挙げていた特徴とも一致する。
カイルがダドリーに対して何度か怒っていたことがあったが、理由はコレか。
なぜ俺は今まで気づかなかったんだ?
むしろ、これだけヒントが沢山あったにも関わらず気づけなかった俺の愚かさに、呆れて笑いが込み上げる。
カイルはてっきりオルティス公爵狙いでジュリーに迫っているのかと思っていたが、まさか本気でジュリーが好きだったとは。
カイルに他の女を当てがって、ジュリーから気を逸らそうと考えたりもしたが、カイルがジュリーに惚れているのであれば無意味だ。
やはり王位争いで厄介なのは第一王子ではなく第三王子か。
カイルがジュリーを好きなのであれば、俺がジュリーに執拗にアプローチすればカイルは嫉妬して悪魔憑きにしやすくなるのでは?
と一瞬考えたが、そんなことをしてもいつものように『ジュリーに幻滅されるから』と怒りを鎮めるから無意味だ。
なら悪魔憑きを使ってジュリーを殺せば、流石のカイルも怒りを抑えられないだろう。
って、それはもっと駄目だ!
ジュリーが死んだらオルティス公爵を取り入る手段が無くなる。
そうなると他に打てる手としては『カイル物理的に消す』くらいだが、今まで何度悪魔憑きを嗾けても悉く失敗したし、一筋縄ではいかない。
カイルがジュリーを好き、というのは利用できそうな気はするが、具体的にどうすればいいのか、さっぱり思いつかない。
アイデアが浮かびかけては、『それではカイルは怒らない』『ジュリーが死んだらオルティス公爵を派閥に入れられない』などの理由で、すぐに却下せざるを得ない。
堂々巡りだ。
これだけ有利な材料を掴んでおきながら、何の打つ手もないとは情けない。
…もういい。一旦、カイルのことは忘れよう。
それに俺には正攻法が残っているじゃないか。
世界樹さえ手に入れば、この国の王になる必要などない。
俺はカイルのことは諦め、悪魔憑きにできそうな逸材を探すことにした。
有象無象の怒りの感情から、使えそうな人材を探す。
すると、聞き慣れたあの女の怒りを感じとった。
(せっかくの休日なのに、どうしてあの薄汚いエセ王子のお説教なんか聞かなきゃいけないのよ!)
相変わらずロザリアは質の良い怒りを抱いてくれる。
怒っている内容からして、どうせまた悪魔祓い講習でも受けているのだろう。
全く、第一王子も馬鹿な男だ。
余計なことを国王に進言しなければ、ロザリアに狙われることもなかっただろうに。
『悪魔憑きになった人間を極刑にしても、悪魔憑きは減らない』
『それどころか、厳罰化は国民全員の感情を抑圧することになり、国中がパニックになることで逆に悪魔憑きが生まれやすい環境になってしまう』
『だから悪魔憑きになった人間は罰するのではなく、メンタルケアをすることで悪魔憑きになりにくくしよう』
──そんなアベルの進言によって始まった、悪魔祓い講習。
国王に評価され、国民の支持を得ることにもなった、あの男の数々の功績の一つ。
…と世間的には思われているが、実際には俺にとって都合のいい状況になっているとは、誰も気づくまい。
悪魔憑きになった人間を極刑にしていた頃は、悪魔憑きにする人材がすぐに枯渇していた。
優秀な悪魔憑きは軒並み極刑となるから、再利用できない。
ほとんどの人間は悪魔憑きにしようとすると、混乱と恐怖の感情が湧き上がり、悪魔憑きにする前に怒りが消えてしまう。
その上、極刑された人間の遺族は俺に敵意を向けるため、怒りの加護を与えても俺を探して殺すことに力を使おうとする。
それに比べれば悪魔祓い講習は実に緩い。
そんな講習を受けるだけで怒りを抱かなくなるのであれば、誰も苦労しない。
強い怒りを抱く奴は何度だって怒るし、そういった人間を再利用できるのは非常に有り難い。
それどころか、ロザリアのような常習犯は、講習をすればするほど怒りを募らせて上質な悪魔憑きにしやすくなる。
アベルは厄介な政敵だが、この点にだけは感謝しないとな。
(王子とはいえ、平民の血が混じっている人間が、この私に偉そうな口を聞くんじゃないわよ!)
しかもあの男は、自身の政策で自分の首を絞めているのだから面白い。
国王直々に悪魔祓い講習の講師に任命されなければ、ロザリアのヘイトを買うこともなかっただろうに。
ロザリアはアベルにキレていることだし、今日はもう、この女でいいか。
俺は自室に入ると、ロザリアに念話で話しかけた。
(ロザリア・フォルティーナ。貴様に…)
(来るのが遅いって言ってるでしょ! このウスノロ! 一体、何分私を待たせるつもりよ!)
いつもの罵倒をスルーして、ロザリアに怒りの加護を与える。
(さぁ行け、ロザリア・フォルティーナ! その力で、憎き相手をねじ伏せるのだ!)
そして俺のために、その力で邪魔な王子を消し去るのだ!




