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悪役令嬢と名高い私ですが、巷で人気の『光の賢者様』の正体は私です  作者: サトウミ
7.ウインとフィーネの仲直り

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21/52

元の関係に戻りたい

「ねぇ、アンサム。今日はどんな本を読んでいるの?」

「賢者様と悪魔王がモデルの、新作小説です」


「へぇ、面白そうだね。何ていうタイトル?」

「……ご自身でお探しください」



正午が迫っている、休日の閑静なカフェ。

王都から少し外れた場所にあるそのカフェで、僕はアンサムと一緒に、少し早めの昼食を取ることにした。


僕がこのカフェに来た理由。

それは──フィーネ様とレディーナ様に会うためだ。


ロザリア嬢と戦った日以降、僕はフィーネ様とまともに話せていない。

彼女はあの日のことをずっと気にしているようで、話しかけようとしても恥ずかしがってすぐに逃げてしまう。

彼女が僕を恋い慕っていたのはロザリア嬢のビームのせいなのだから、気にしなくてもいいのに。

偽りでも僕に恋愛感情を抱いていた過去は、よほど彼女にとって消したい過去のようだ。


僕は彼女と今まで通り、賢者仲間として普通に接したい。

そう思ってレディーナ様に僕らの仲を取り持つようお願いしてみたけれど、彼女は非協力的だ。

だから自力でフィーネ様と関係を修復するしかない。


どうすれば彼女と元通りの関係に戻れるのか?

その方法を色々考えた結果、僕はカイル(いつも)の姿で彼女達と接触することにした。


二人が最近よく一緒にお出かけをしていることは知っている。

だから以前二人が会話しているのをこっそり聞いて、次に遊びに行く日にちと場所を特定した。


二人は今日のお昼に、このカフェに来るはずだ。

そしたらカイル(いつも)の姿でさりげなく二人に近づいて、ウインのことを話題に出そう。


ただ、僕一人だけでカフェにいるのは不自然なので、今日はアンサムに一緒についてきてもらった。

アンサムは食事を終えると、気怠そうに僕に尋ねてきた。


「それで? 今日は何の相談ですか?」

この日は『相談がある』という名目で、アンサムを呼び出していた。


「実は、来週の生徒会のメンバーとのお出かけで、相談したかったんだ」

「そんなことだろうと思いました」


アンサムはいつものように、呆れてため息をついた。

ごめん、アンサム。

本当は別の理由があって、来てもらっただけなんだ。


「お出かけの時、ジュリー嬢にどうアプローチすればいいと思う?」

「ご自身でお考えください」

「そう冷たいこと、言わないでよ」


想像通りの反応だ。

もうじきフィーネ様達が来るはずだし、それまで適当に話を続けよう。


「好きな人とまともに話せない人に、アプローチ方法を教えたところで、実行できると思いますか?」

「それは、そうなんだけどさ…」


「生徒会メンバーとのお出かけに貴方を誘ってあげただけでも、感謝して下さいよ」

「それについては本当に感謝してる。ありがとう!」

するとアンサムは、眉間に皺を寄せて窘めるように話し始めた。


「貴方はもう少し危機感を持つべきです。こんなところで悠長に恋愛相談をする暇があったら、彼女とデートの約束でもしたらどうですか?」


「ご、ごもっともです…」


「…こんな事は言いたくありませんが、うかうかしているとジュリー嬢を狙うライバルに取られてしまいますよ」

「ら、ライバル…?!」


彼女を狙っている人が他にもいるだなんて、考えもしなかった。

寝耳に水だ。


「気づきませんか? 貴方のお兄様も、彼女を狙っているのですよ」

「まさか、アベル兄上が?! それともユミル兄上?」


「アベル殿下は、良い意味で彼女に興味はありませんよ」

「じゃあ、ユミル兄上?」


「当たり前でしょう。あの性悪…ではなく(したた)かな王子以外で、誰がジュリー嬢を狙うというのですか」


そんな…!

ユミル兄上も彼女が好きだったとは。

近くにいたのに、何で今まで気づかなかったんだろ?

兄上に彼女を取られたくないけど、自信がない。


「客観的に考えて、今はユミル殿下に遅れを取っているということは、理解できますか?」

「……うん。どう考えても、そうだね」


僕は気落ちして、大きく息を吐いた。

ユミル兄上とジュリー嬢は、生徒会という繋がりがある。

それに二人は性格が似ていて、真面目で責任感が強く、波長が合っている。

彼女と気さくに話せるユミル兄上と、まともに話すこともできない僕。

仮に、彼女がどちらかを選ぶ場合、兄上を選ぶのは目に見えている。


「僕が兄上に勝っている部分って、あるのかな…?」

「…強いて言えば、彼女に対する思い、ですかね。恐らくユミル殿下が狙っているのは、ジュリー嬢ではなくオルティス公爵ですから。オルティス公爵を派閥に加えたいから、ジュリー嬢と婚約することで引き入れようと考えているのではないのでしょうか?」


「まさか。誰にでも優しくて皆に慕われているユミル兄上が、そんな狡猾で打算的な人のはずがないよ」

「表向きは、そう見えるでしょう。ですが俺にはわかります。あのお方は、王位のためなら何でもする男だと。周囲にいい顔をしているのは支持を得るためで、本性は真逆の人間に決まっています」


「『決まっています』って、根拠はあるの?」

「ありません。強いて言えば()としか言えませんが、外れてはいないと思いますよ」


勘、というよりアンサムの願望に近い気がする。

何気にさっき『性悪』って言っていたのが聞こえたし、アンサムはユミル兄上が嫌いなのだろう。


「とにかく、ユミル殿下にジュリー嬢を取られてもいいのですか? このままだと、ジュリー嬢を政治の道具程度にしか思っていない男に取られてしまいますよ?」


「兄上の真意はともかく、彼女を取られるのは嫌だ!」


「でしたら、彼女の前で緊張している場合ではありません。今度のお出かけで彼女との距離を縮めるのです。俺はユミル殿下がジュリー嬢に近づけないよう、サポートしてあげますから」


「…ありがとう、アンサム」


フィーネ様達が来るまでの雑談程度のつもりが、思いもよらない話になった。

ジュリー嬢が婚約解消してチャンスだと思ったのは、僕だけじゃなかったなんて。

…彼女は可愛いから、他にもライバルがいるかもしれない。

そう考えると、少し憂鬱な気分になった。


すると、そんな僕の気持ちとは対照的に、ドアベルがカランコロンと軽快な音を鳴らした。

その音につられてドアの方を振り返ると、フィーネ様とレディーナ様がカフェに入ってくるのが見えた。


「あっ…!」

僕は慌てて二人から目を逸らす。

今日の目的である二人がついにやって来て、少し気が落ち着かない。


「どうかしましたか?」

アンサムは訝しげに尋ねてきた。


「気づかれないように、いまカフェに入ってきた人達を見てみて!」

小声でそう告げると、アンサムはカフェのドアの方をそっと覗く。

そして二人を見つめるや否や、無表情で目を丸くした。


僕らは目を逸らし、見知らぬフリをしていると、二人は奥にある窓辺の席へと座った。


「今日はケーキ三種盛りにしようよ、フィーネ!」

「レディーナ、貴女そんなに食べると太っちゃうわよ?」

「別腹だから平気平気♪ ほら、私達っていつも戦ってカロリー消費しているから、沢山食べないとむしろ痩せちゃうって!」


二人だけで楽しそうにお喋りしているのを見ると、羨ましく感じる。

いつか僕も、二人と一緒にお出かけしたいな。

そのためにも、今日の作戦は絶対に成功させるぞ!


「レディーナ様もフィーネ様も、呑気なものですね。私用で精霊の力を使って、遊びに出かけるだなんて。呆れたものです」

アンサムは侮蔑の眼差しで二人を眺める。

…二人と遊びに出かけるようになったら、ウイン(ぼく)もアンサムに軽蔑されるんだろうなぁ。


「ねぇ、アンサム。後でフィーネ様達にサインを貰いに行ってもいいかな?」

本当はサインが欲しいというのは建前で、彼女達と話す機会を得るために話しかけるのだけれど。


「勝手にしてください」

アンサムは僕の行動に疑問を持つなく、呆れた様子で了承してくれた。


そんなアンサムを尻目に、僕はしばらく二人の様子を観察して、会話が途切れるタイミングを見計らう。

…今だ!


「すみません。お二人は…フィーネ様とレディーナ様、ですよね?」

僕はアンサムを連れて、二人の座っている窓辺の席に来た。


「あっ、お前…!」

「カイル殿下…?!」

突然現れた僕に、二人は驚いて少し身構えた。

無理もない。この国の王子とカフェでばったり出会うだなんて、思いもしなかっただろう。


「突然すみません。僕はカイル・アスタリアと申します。以前からお二人のファンでした。よければ、サインをいただけますでしょうか?」

事前に用意していたノートとペンを手渡すと、二人とも警戒を解いて快くサインをしてくれた。


「まさかカイル殿下からサインを求められる日が来るとは思いもしませんでした。恐縮です」

「えへへ。ご丁寧にノートとペンまであるなんて、お前、用意周到だな」


レディーナ様の言葉に、少しドキッとした。

偶然居合わせたハズなのにノートとペンがあるのは、少し不自然だったかな?


「レディーナ様。失礼ですが、いくら賢者様とはいえ王子殿下を『お前』呼ばわりするのは無礼です。言葉遣いを改めてください」

「うるせぇ奴だなぁ。別にいいじゃん。王子サマがそんな小さいこと気にするかよ。な、カイル!」


「えっ? あ、はい」

彼女の話し方はさほど気にしていない。

けど、いつも『ウイン』と呼ばれているせいか、カイルと呼ばれて一瞬焦った。


「ほら! 王子サマだって『いい』って言ってんじゃん!」

レディーナ様の態度に、アンサムは眉間に皺を寄せて嫌悪感を示す。

…そんなことより、早く本題に移ろう。


「そういえば、ウイン様はいらっしゃらないのですか?」

僕はウイン(ぼく)の話を振る。

するとフィーネ様の表情は曇り、罰の悪そうな顔をして黙ってしまった。


沈黙が流れる。

このままだと話が広がらず、終わってしまう。

こうなったら多少強引でも、話を進めるしかない。


「やっぱり、賢者様達が不仲だという噂は本当だったのですね。フィーネ様は、なぜウイン様を嫌っているのですか?」

「「「えっ?!」」」


僕の話に、フィーネ様どころか、レディーナ様もアンサムも、驚いて大きな声を出した。


「ウインとフィーネって、そんな噂まで出ていたの?!」

「俺も初耳です」

当然だ。そんな噂なんて無いんだから。


「僕が聞いた話だと、フィーネ様は露骨にウイン様のことを避けているそうだよ」

「それは…!」

フィーネ様は気まずそうな表情を変えずに、小さな声で話し始めた。


「ウイン様は、何も悪くありません。私が…私が、いけないのです」

「フィーネ様が悪いのですか? もしよければ、お話を聞いてもよろしいでしょうか?」


「…実は以前、悪魔憑きと戦った際に敵の攻撃を受けたのですが、その攻撃のせいで精神が錯乱して、それで私は…ウイン様に破廉恥なことを…!」

彼女はあの時のことを思い出してか、顔を赤くして伏せた。

するとアンサムは突然、呆れたようにため息をついた。


「どこかの誰かさんに、そっくりですね」

彼女にそっくりな人?

誰のことだろう。


「そんな下らないことでウイン様を避けているのですか。このままですとチームワークに悪影響だというのは理解されているのですよね?」


「はい。それはよく理解しているのですが…」


「でしたら錯乱状態の時のことなどお忘れください。ウイン様も恐らく、貴女のことなど気にしていませんから」


「ウイン様が気にしていなくとも、私が気にしてしまうのです!」

彼女の顔は、湯気が出そうなくらい真っ赤だ。


困ったな。

これじゃあ、ウインの姿で彼女を説得した時と変わらないじゃないか。

彼女とまた以前のように普通に話すのは無理なのかな?


「フィーネ、無理にアイツと普通に接しようだなんて、考えなくてもいいんだよ。ウインのことだから、フィーネと会話できなくても全然気にしてないって」

いいえ、レディーナ様。

その点については、凄く気にしています。


「それにウインがいなくても、私とフィーネがいれば悪魔憑きの10人や20人、朝飯前だよ!」

「……馬鹿が」


ん?!

さっきアンサムの口から、信じられない言葉が出てきたような…。

いや、流石に気のせいだよね?


「百歩譲ってレディーナ様達だけで悪魔憑きを倒せたとしても、悪魔王を倒すにはウイン様の力も必要でしょう?」


「そうよ、レディーナ。悪魔王を倒すには、ウイン様も、勿論あなたも、誰一人欠けても駄目なのよ。二人とも大切な仲間なんだから『いなくてもいい』だなんて言わないで」


フィーネ様が僕を仲間だと思ってくれていて、少し安堵した。

あまりにも会話してくれないから、もしかしたら嫌われ始めているのかと若干心配だった。

レディーナ様はフィーネ様に注意されて、少し気落ちしていた。


「ところでカイル殿下。フィーネ様の話を聞いて、どう思いましたか?」

「えっ?」

アンサムが唐突な質問に、僕は意図がわからず戸惑う。


「そうだなぁ……強いていえば、あまりウイン様のことを気にしない方がいいと思うな。悪気がなくても、露骨に避けるのはウイン様が可哀想だと思う」


僕の言葉が刺さったのか、フィーネ様は表情を曇らせる。

アンサムは僕になんて答えて欲しかったのだろう?

彼の望むような答えを言ったからか、アンサムは無表情で話を続けた。


「…その言葉、殿下にそのままお返しします」

僕の言葉をそのまま返す、って、どういうこと?

アンサムの言いたいことが伝わらずポカンとしていると、彼は説教をするように語気を強めて話し始めた。


「緊張して素直に喋れない? 恥ずかしくて、まともに見れない? そんなこと、避けられている相手からしたら、どうでも良いです。むしろ相手を傷つけるだけです。カイル殿下がフィーネ様の態度について『可哀想』だと感じたように、俺も貴方に避けられている彼女が『可哀想』だと思いますよ」


アンサムに言われてハッとした。

フィーネ様のウイン(ぼく)への態度は、僕がジュリー嬢にしてしまう態度と同じなんだ。

嫌いじゃないのに、避けてしまう。

だけど、そんな自分をどうすればいいのか、わからない。

何で今まで、気づかなかったんだろう?


「えっと…お二方、何のお話をされているのでしょうか?」

「カイル殿下も想い人に素直になれない、という話です」


すると、さっきまで呆然としていたフィーネ様が、目を輝かせて食い気味で話しかけてきた。


「その話、本当ですか?! カイル殿下に想い人がいらっしゃるなんて、初耳です。もし良ければ、どなたなのかお聞きしてもよろしいでしょうか?」

「私も気になるー! カイル。お前、誰が好きなんだ? 白状しやがれ!」


二人に聞かれるのは少し恥ずかしいな。

フィーネ様もレディーナ様も、プライベート(カイルの姿)では知り合ったばかりとはいえ、言うのは照れ臭い。


「…強いていえば、由緒正しい公爵家の令嬢で、誰もが目を奪われる程の美貌を持つ女性です」

「ちょっ、アンサム!」

僕の気持ちを無視して、勝手に話さないでくれ!


「由緒正しい公爵家の令嬢で…?」

「絶世の美女、かぁ」


二人は口を閉じて真剣に考える。

するとフィーネ様は、花が開いたような笑顔になって、嬉々として喋りだした。


「わかったわ! あのお方ですね♪」

「えっ? フィーネ、誰かわかったの?!」

「ほら、あの人よ。この前、貴女が叫んでいた令嬢の名前を覚えてる? 男爵令嬢の午後に出てくる、悪役令嬢のモデルになった人物のことよ」

「あぁ〜! あの女か」


男爵令嬢の午後、か。聞いたことがある。

ジュリー嬢を悪者として書いているロマンス小説のことだ。

彼女を貶めるような小説だから、タイトルを聞いただけでも嫌な気分になる。


しかし『公爵家の令嬢』と『絶世の美女』という情報だけで、一発で当てられるとは思いもしなかった。

二人がジュリー嬢と会っているところを見たことがないけど、それだけ彼女が有名人だということか。

それとも、実は二人ともジュリー嬢の知り合いだったりして?


「カイル、あんな女が好きなのか? 正直、悪趣味じゃない?」

「なっ…!」

レディーナ様も、彼女を悪く言うのか?!

ジュリー嬢の何を知っているんだ?

彼女の言葉に、不快感が湧き上がる。


「確かに美人かもしれないけどさ、あの女、性格が終わってんじゃん。人として残念なレベルだろ」

凛々しくて気高い彼女が『人として残念』?

レディーナ様は本当に彼女と会って、話したことがあるのか?

ちゃんと彼女と話したことがあれば『性格が残念』だと思うはずがない。


「レディーナ様は、何を根拠に彼女の性格を否定するのですか?」

声を荒げてしまいそうなのを抑えながら、あくまで冷静にレディーナ様に尋ねる。


「だってアイツ、王子サマには色目使って媚びるくせに、平民には露骨に差別してくるじゃん?」

「彼女は誰にだって優しいですよ。露骨に差別するなんて、有り得ない」


「まぁ、お前は王子サマだから、そう見えてるのかもな。お前の前だけでも『差別をしない優しい女』を演じて媚びているのかも」

僕に媚びるため?

それだけのために、ジャズさんやブーケさん、それにキャリーさんと仲良くしているとは思えない。


「それにあの女、しょっちゅう誰かを罵倒して悪魔憑きにさせてるだろ? この前だって、キャリーをいじめていたらしいしさ」

「それはきっと、周囲が誤解しているだけです。彼女は誤解されやすいので、普通に話しただけでも『罵倒された』と勘違いされるのです。ましてや、いじめなんか、するような人じゃない!」


いけない。

怒りが湧き上がって、思わず怒鳴りそうになった。

このまま怒りに囚われて悪魔憑きになったら、ジュリー嬢に幻滅される。

僕は湧き上がる怒りを抑えるために、大きく息を吐いて頭を冷やした。


「あー、…ごめん。あんな奴でも、お前の好きな相手だもんな。悪く言うのは良くなかった」

僕の怒りを察して、レディーナ様は気まずそうに謝ってくれた。


「いえいえ。わかってくだされば結構です」

これ以上、彼女の悪口が続いていたらレディーナ様と仲違いするところだった。


「しっかし、なぁ〜…。同じ公爵令嬢でも、相手がジュリーだったら、普通に応援できたのになぁ」

「…ん?!」


さっきまで、あれだけ彼女を罵倒していたのに?

レディーナ様の矛盾した発言に、言っている意味が理解できず、目が点になった。


「…カイル殿下。もしやレディーナ様は、違う人物と勘違いされていたのでは?」

アンサムの冷静な状況分析のお陰で、ようやくレディーナ様の言葉の意味が理解できた。


「レディーナ様。少しお聞きしますが、僕の好きな相手は誰だと思って話されていたのですか?」

「えっ? ロザリア・フォルティーナじゃないの? ねっ、フィーネ!」

「えぇ。お美しい公爵令嬢と聞いて思いついたのは、彼女くらいしか いませんでした」


なるほど!

どおりで話が噛み合わないわけだ。

確かにロザリア嬢も美人だし、公爵令嬢だ。

それに彼女はよく悪魔憑きになるから、二人とも接点が多い。

美しい公爵令嬢と聞いて、真っ先に思いつくのが彼女だというのも納得だ。


だとしたら、さっきまでの悪口はジュリー嬢のことを言っていたわけじゃないのか。

レディーナ様に怒っていたのが馬鹿馬鹿しくなり、思わず笑みが溢れた。


「ははは。お二人とも、違いますよ。ロザリア嬢はただのクラスメイトです。僕が好きなのは別の女性です」


「えっ?! でしたら、殿下のお好きな方は一体、どなたなのでしょうか?」

「それは秘密です」


「もしかして、ジュリーだったりしてな」

笑いながら喋るレディーナ様に、一瞬、驚かされる。

彼女は冗談のつもりで言ったのだろうけど、正解を当てられて言葉を失った。

そんな僕とは対照的に、フィーネ様はよほど可笑しく感じたのか、クスクスと笑いだした。


「フフ。面白い冗談ね、レディーナ。そんなはず、ないでしょ? カイル殿下はむしろ、ジュリー嬢のことが嫌いなのよ? ですよね、殿下!」


「えっ?」

僕がジュリー嬢が嫌い、という発想はどこから来たのだろう?

予想外な発言に、目が点になる。

でもフィーネ様は、まるで周知の事実を告げる時のように、自信満々に僕に同意を求めてくる。


「僕は別に、ジュリー嬢を嫌っていないのですが…?」

するとフィーネ様は、虚をつかれたように頭に はてなマークを浮かべていた。


「フィーネ様はなぜ、僕がジュリー嬢を嫌っているように思うのですか?」

「『なぜ?』と聞かれましても…。逆に、嫌っていないのであれば、なぜあのような態度を取られるのかが理解できません」


「あのような態度?」

「ジュリー嬢とお話しされる時、いつも彼女から目を逸らされているではありませんか。その上、彼女と顔を合わせると、すぐに逸らしますし…。側から見ていると、嫌っているとしか思えないのですが?」


青天の霹靂とは、まさにこの事だ。

僕のジュリー嬢への態度は、第三者からすれば嫌っているようにしか見えないのか。


「…カイル殿下、お気づきですか? これが、客観的に見た貴方とジュリー嬢の関係です」

「あぁ、アンサム。嫌でもわかったよ」


「恐らくジュリー嬢も、貴方に嫌われていると勘違いしているのではないのでしょうか?」


考えたくもないけど、その可能性はあり得る。

…以前、生徒会室で『ジュリー嬢は友達だ』と宣言したから、僕が嫌っていないことは伝わっていると信じたい。


「それと、これはフィーネ様にも言えることですが……素直になれない人は、それだけで損をします。特に、好きな相手に素直になれない人は、素直に気持ちを伝えられる人に負けてしまいますよ」


アンサムの言葉は鋭いナイフのように、グサリと僕の心に刺さる。

ただでさえジュリー嬢に素直になれず、ユミル兄上に遅れをとっている。

その上で、もし兄上が真正面から口説き始めたら、勝ち目がなくなってしまう。


「へぇ。お前、意外といいこと言うじゃん!」

「まぁ、この言葉は小説の受け売りですけどね」


レディーナ様の言葉に、アンサムは少し照れくさそうに口角を少し上げた。

側から見たら今の彼は無表情なのだろうけど、長年一緒にいた僕からすれば、これ程嬉しそうな彼の笑顔は久しぶりだ。


「ちなみにソレって、何ていう小説の言葉? 私も読んでみよっかな」

「…ご自身でお探しください」


また『自分で探せ』か。

減るものじゃないし、素直に教えてくれてもいいのに。


「それと、これも小説の受け売りですが、殿下にこの言葉を贈ります」

また小説の言葉か。

わざわざ引き合いに出すなんて、よほど好きな小説なんだろうな。


「…緊張や恥ずかしさを理由に、好きな相手から逃げる奴は、その相手に相応しくない。本当に好きなら、緊張くらい、好きな相手の前で乗りこなせ」


アンサム、もとい小説の言葉は、僕の心の深いところまで刺さる。

『緊張して逃げるような男はジュリー嬢に相応しくない』というのは一理あるけど、耳が痛い。

緊張を乗りこなせ、か。

難しいことを言うなぁ。


僕がアンサムの言葉を噛み締めていると、フィーネ様は唐突に喋り始めた。


「素敵な言葉をありがとうございます、アンサム様」

彼女も、アンサムの言葉が心に染みたようだ。


「先程のお言葉を胸に刻んで、ウイン様と向き合うようにします」

彼女は覚悟を決めたような凛々しい顔つきで、堂々と宣言した。

その顔を見ていると、次にウインとして会う時に期待が持てそうだ。


アンサムを連れてきて良かった。

彼のお陰で、当初の目的だったフィーネ様との関係改善の目処が立った。


「…僕も。ありがとう、アンサム」


さりげなくアンサムにお礼を言うと、フィーネ様達との雑談を終え、僕達は自分が座っていた席へと戻った。

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