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番外編(ルカ視点)

 日差しが強い。なんだか、ぼうっとしてきた。

 広々とした庭の隅に、僕はいた。

「夏だなあ……」

 じょうろを地面に置き、空を見上げる。

 眩しい日差しが、目に入ってきた。

「暑い」

「ルカ坊ちゃん。そろそろ休憩しましょう」

 壮年の庭師のベンがにこやかに提案してきたから、頷いた。

 木陰に入り、持参した水筒に口をつける。

「少し休憩したら、またやるから」

「ルカ坊ちゃん、頑張りますねえ」

 ベンは何を当たり前のことを言うのだろう。

「ナディアの花壇なんだ。僕が世話をしなくちゃ意味がないよ」

 ナディアが好きだと言った花は、僕にとっても大切なものだ。

 僕自ら育て、ナディアに見てもらう。

 その時、ナディアはどんな顔を見せてくれるだろうか。

 きっと、輝く笑顔を見せてくれるはずだ。ナディアはそういう子だから。

「愛ですね」

「うん」

 ベンとは幼い頃からの付き合いだから、素直になれた。

 僕は、ナディアが好きだ。

 ずっと一緒にいると言ってくれた時から、ずっと好きだ。

 婚約が決まった時なんか、嬉しくて小躍りしたぐらいだ。

 兄さんからは、「無表情で怖い」と不評だったけど。

「坊ちゃんが花壇を作ると言った時は驚きましたが、最後までやり遂げましたね」

「ベンが手伝ってくれたからだよ」

「いやいや、手際が良くて驚きました」

 ベンの言葉に口のなかで、「まあ、二度目だから」と呟く。

 そう、花壇を作るのは二度目だ。ルカとしてなら、初めてだけど。

 前世、とか。頭がおかしいと言われるかもしれないけど。僕には前世の記憶がある。

 はっきりと自覚したのは、ナディアとの婚約が決まった後だ。

 それまでは、ぼんやりとしたものだった。

 エミリオという、優しすぎたお人好しが僕の前世。

 最愛の人を失ったエミリオの絶望は深すぎて、生まれ変わりである僕にまで影響が出た。

 小さい頃から、生きたいという気持ちが持てなかった。

 無気力で、無為に過ごすだけで。家族には本当に心配をかけてしまった。

 今なら申し訳ないと思える。

 ナディアに出会い、光を取り戻した今だから。

 初めは、鬱陶しいと思って無視していた。

 何をしても楽しいとは感じないのに、幼いナディアは僕を放っておいてくれなかったのだ。

「花を見ようよ!」

 と、庭に連れ出され、にこにこと笑いかけてくるナディア。

 その笑顔に、少しだけ胸がざわついた。

 不可解な感覚で、そして懐かしいとも思った。

「この絵本面白いの!」

 と、本を僕に読み聞かせるナディア。

 途中から感情移入したのか涙ぐんできたナディアを見て、僕は困惑したのを覚えている。

 どうして、君はそんなに色んな感情を持っているのだろう、と。

 僕は全てを失ったのに、とも。

 まだ完全に記憶を思い出していない状態でも、自分が誰かを失い絶望していることは感覚的にだけどわかっていた。

 だから、ナディアが不思議だった。

 どうして、笑えるのだろうと。

 同時に、ナディアの笑顔が忘れられなくなった。

 いつも笑いかけてくるナディア。

 僕といても、楽しそうなナディア。

 いつからか、僕はナディアの訪れを待つようになっていた。

 兄さんが一緒にいた記憶はないから、遠慮してくれていたのだと思う。

 そうして、ナディアと過ごしていくうちに、僕は気づいてしまった。

 ナディアといるのは、楽しい。

 嬉しい、と。

 そして、恐ろしいとも。

 だって、僕は失ったのだ。大切な誰かを。

 また失わないという保証はどこにある?

 だけど。

 怖くなった僕に、ナディアは言ってくれた。

「ずっと一緒にいる」と。

 そうだ。ナディアは、一緒にいてくれるのだ。

 僕にとって、ナディアが光となった日。

 それは、恋の始まりでもあった。

 生きる気力がわいた僕を見て、家族は喜んでくれた。

 そして僕に変化をくれたナディアとの婚約を、彼女の両親に願い出てくれたのだ。どれだけ感謝しても足りない。

 そんな時に思い出した前世は、エミリオからの警告だったのだと思う。

 失ってからでは、遅い。

 だから、僕は学ぶことにした。人の悪意を。

 大人は、覇気のない子供の前ではぺらぺらとよく喋った。油断していたのだろう。

 笑顔の裏にある悪意を知り、それを子供ながら躱す兄さんから処世術を学んだ。兄さんは、本当に良い教師だ。

 ナディアは、僕をやる気のない人間だと思っているかもしれない。

 だって、僕はナディアの前だと気が抜けてしまうんだ。安心して素をさらけ出せる。愛しているからね。

 ただ、うまく言葉にできないけれど。

 僕もまだ思春期だから。

 だけど、いつまでも子供のままではいけない。

 ナディアを愛していると、これからちゃんと言葉にするんだ。

 最近周りをうろついている子も、なんとかしないと。

 不機嫌に接しているのに、迷惑だとわかってくれないのは本当に嫌だと思う。

 ランドルフみたいに、はっきり言葉にしてもいいけど、それで変に執着されても困る。

 兄さんに対処方法を教えてもらおう。

 ランドルフのおかげで、過去とは決別できたんだ。僕はルカとして、前を見よう。

「よし、休憩は終わり」

 さあ、ナディアの為にも、最高の花にするんだ。

「ところで、ルカ坊ちゃん」

「なに、ベン」

 ベンがかぶっている麦わら帽子を、少し上げて花壇を見た。

「ナディアさまは、なんでひまわりを選んだんでしょうね?」

「種を食べてみたいんだって」

 本当に、ナディアは可愛い。

 僕は輝く笑顔を思い浮かべて、微笑んだ。

 ああ、本当に幸せだな。

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