迷宮の真意
チャムロックが出て来た扉を、腰をかがめて皆でくぐると、転移特有の感覚が全身に走り、目の前の景色が一変した。
そこは、中心に一本の塔がそびえたつ、セイナン市程もある大きな街だった。
居並ぶ街並みは、それぞれの家が小さいのもあって、王都に匹敵する程の、多くの住居がある様に思われる。
中心の塔の先端は、天井、つまり迷宮へと伸びていた。
「ようこそ皆さん、ニャッシュビルの村へ」
「いや、チャムロックさん、これはもう村なんて規模じゃ無いですよ!」
控えめに言うチャムロックに、思わずこちらから訂正してしまう。
「それは光栄ですね。ここでは何ですし、私の家にまいりましょう」
「了解したにゃ!」
解放したチロルは、何故か俺達と一緒に歩いてついて来る。
案内されたチャムロックの屋敷は、人間用にはやや小さいものの、周りの住居に比べれば、明らかに一際大きな屋敷だった。
入口や、天井は低いが、腰掛けるとそれほど窮屈でも無い。
もちろん、椅子のサイズに合いそうなのは、シズカやツバキ位なので、皆床の上に直に座った。
「皆さんには、少々窮屈でしたか。申し訳ありません」
「いえ、押し掛けたこちらが悪いのです。お気になさらず」
そう言う、屋敷のお手伝いらしき三毛猫の女性から、全員お茶を注いでもらう。
「さて、シンリ様。私は、全てを語る準備がございます!ただし…皆さんがある条件を飲んで頂けるなら、ですが?」
徐に、チャムロックがそう言って、俺を見つめる。
「是非ともお聞きしたいですね。ですが条件とは一体何でしょう?」
俺達を村に案内すると言った、あの時のチャムロックの笑みが思い出される。
「何、難しい事では、ありません。皆さんがお帰りになる時、ギルドカードに細工をさせて欲しいのです」
「細工…ですか?」
「おっと、これは失礼。この言い方では、怪し過ぎますね。単刀直入に言わせて貰えば、ギルドカードに残る、私達の記録とこの階層への到達記録、それらを消去させて欲しいのです」
成程、確かにここは、迷宮の下層だろう。だとすれば到達記録が残るはず。だが、転移で移動した為、途中で階層が飛ぶのも不自然だ、消して貰えれば、こちらとしてもありがたい。
「それは構いません。ですが俺達の口までは封じれ無いと、お考えにならないのですか?」
「私は、ここの長。見る目はあるつもりですよ」
そう言ってチャムロックは背筋を伸ばし、誇らし気に眼鏡を触ってみせた。
「これは、どんな書類を交わすより重そうだ。分かりました、ギルドカードは渡しますし、俺達は決して、ここでの一切を、口外しないと誓いましょう」
村を護る者として、危険過ぎる賭けだったのだろう。俺の返答を聞くと、チャムロックの表情が、一気に緩む。
眼鏡を外し、軽く布で拭いた後、掛け直した彼は、ゆっくりと語り始めた。
曰く、見た目と人懐こい性格で知られるケットシーだが、実は彼等の魔導の知識と技術は、人間よりもかなり高い。
ギルドカードの改ざん等、彼等からすれば児戯に等しいのだ。
そんな彼等だが、エレノアの話にあった様に、本来の穏やかな性格が災いして、人間からの迫害(と言っても殺されたのでは無く、可愛いから、飼いたいからと、次々攫われたのだが)を受けた。
…その部分を聞いたシズカ達が、下を向く。
殺され無いからと、許される行為では無い。
家族を、知人を奪われた彼等は、その高い魔導技術を使い、奪還を画策する。
彼等にして、実に3年を費やし完成した新魔法により、散り散りになった全ての同胞を奪還した彼等は、地下に安住の地を求め、移り住む。
だが、人間に敵対心を持つ一部の集団が、復讐すべく集まり、密かに奪還作戦に使用された魔法を改造して、とんでも無い怪物を、喚び出してしまった!
怪物の名は『キャスパーリーグ』
天を衝くかの如き巨体の妖猫で、濃い瘴気に覆われ、その姿をはっきりと見る事は出来ない。
纏う瘴気と、漂う魔力で、それが地上に出れば天災規模の被害が出るのは、誰の目にも明らかだった。
あまりの存在を喚び出してしまったと気付いた彼等は、総出でこれを地下深くに封印した。
封印したとは言え、そこから溢れる魔力は尋常では無い。その魔力は、次々と魔物を生み出していく。
魔物達により、村人に少なからず被害が出た頃、当時の指導者主導の元、作られたのがこの迷宮『遊戦帝の住処』だ。
彼等の魔導技術の粋を集めて作られた迷宮は、魔物の発生から、迷宮の補修、各種機能の稼働に至るまで、『キャスパーリーグ』の魔力を使用している。
これにより、魔力の発生を抑制し、更には上層にて、冒険者達に発生した魔物を倒させる事により、少しずつ魔力を削いでいるのだ。
「……結果として、我々に被害は無くなり、その魔力の活用により、生活も豊かになりました。ですが、弱らせたとは言え、我々の下に、天災級の脅威が、眠り続けている事に変わりは無いのです」
「それを、悪戯に刺激する様な存在、つまり俺達にあれ以上進んで欲しくは無かったと言う事ですね」
「はい。シンリ様の戦闘で発する魔力の波動は、あまりにも濃密で高い。その為、地下の『キャスパーリーグ』を刺激してしまいかねませんので」
確かに、特に今回は『聖霊装身』を使用しているので、より高い魔力の波動を放っている事だろう。彼の心配と、ここまでの決意は納得出来る。
そこまで、思いつめた様な顔で話したチャムロックは、ふいに憑き物が取れた様な、すっきりした顔をした。
「我々の世代の者は、迷宮内の冒険者を監視する以外で人間を知りません。まさか人間の方と、この様にお話しする機会があろうとは、正直、夢にも思いませんでしたよ」
彼は、先代の村長が、常々言っていた事を思い出していた。
自分達が、人語を公用語として使い続けるのは、いつかまた彼の者達と触れ合い、語り合う日が来ると、信じるからかも知れない、と。
「ふふふ、まさか私の治世に、こんな歴史的な事態があろうとは…」




