空中戦
「シズカさん、あれは!」
敵本陣の天幕に注意を払いながら戦っていたシズカに近くにいたアイリが慌てた様子で声をかける。
「な、何よアレは!しかも……なんて数なの」
シズカが視線を向けると聖都方向から夥しい数の敵の援軍がすぐ近くまで進軍して来ているのが見えた。その後続はどこまでも途切れず、たった今戦った敵の数倍なのは間違いない。
「さっきの通信……やはりアオイにも何かあったと考えるべきね。彼女がこれほどの規模の敵を見過ごすはずはないもの」
速やかに撤退してしまえば自分たち三人は逃げ切れるかも知れない。だが、あの規模で追撃をされればいずれコロニー自体が発見されてしまうだろう。
「せめて、あの駄肉エルフがいたなら……」
引くことは出来ない。
どう転んでも劣勢にしかならない戦いを前に彼女は今この国にいないもう一人の仲間を思い出す。彼女の持つ広域殲滅魔法なら……。
「弱気になるなんて、らしくないわね」
そう言って彼女は空を仰ぎ見て息を吐いた。
◆
時は少し遡る。
上空で警戒にあたっていたアオイは、聖都方向から信じられない速さで進軍してくる大規模な敵の増援を発見した。
彼女はすぐに地上のシズカに報告すべく指輪を通して連絡を取る。
「飛兎より兎二号へ。急速に接近する……」
その通信は突然の爆発音により掻き消された。だが着弾前に感知し反応したアオイは回避して無事である。
しかしその爆発物には、通信を阻害する何かが混入してあったのだろう。再度試行してもシズカとの通信は繋がらなかった。
「警告。速やかに投降し、機能を停止しなさいと当機は告げます」
空中のアオイは爆発の煙の向こうに、そう警告を発する。
煙が完全に晴れると、そこには全身を重火器と思しき武装で包んだ一体の魔動人形らしき敵が姿を見せた。
『障害ハ排除ジョジョジョジョジョジョジョジョジョジョスルルルルルル…………』
「……?」
言語回路の不具合だろうか。いつまでも続く無意味な発言にアオイが疑問符を浮かべたかどうかはともかく、彼女はすぐさま目の前の機体に解析をかけた。
「解析完了。魔動人形試験機タイプアルファを素体とし魔力回路への換装と未知の重装兵器を装備。火力特化型の機体と推定」
アオイ同様の成人女性型の体には、やはりぴったりとした黒いボディスーツを着込み、全身を覆う武装や装甲は深い緑色。肩口には大きな大砲のようなものが四門。頭の上半分は目の部分まで被さったヘルムのようなものにすっぽりと覆われている。肩の両端には内部に何らかの武器が仕込まれているであろう角ばった大きな箱状の武装。それに似通った箱状の武装は背部、左右の腰部、太腿部にも装着されており、いびつで大きなブーツ状の脚部には重くなった機体に最低限の機動力を確保するためか、ブースターのようなものが取り付けられていた。
肩口の砲門が熱を帯びるのを感知するとアオイはすぐに高機動型武装へと換装し、連続して撃ち出される魔力弾を目にも留まらぬ速さで回避していく。
次いで、アオイの後方に浮遊した六つの白いティアドロップ状の武装から反撃とばかりに収束したマナレーザーが放たれる。
だが、敵に襲いかかったレーザー光は、胸部装甲が展開して中から照射された拡散型の魔法兵器に相殺され命中には至らない。
「全武装展開。全弾発射シャシャシャシャシャシャ…………」
重武装の魔動人形『紫電改特弐式』の全身の箱状装甲が展開すると中から魔力を推進力としたミサイルのような物が一斉に撃ち放たれた。あまりの反動に耐えきれず射出しながら押されるように高度を下げる紫電改。
だが、発射された弾には追尾機能があるのだろう。それらは不自然に方向を変えながら、高速で回避行動を続けるアオイを追いかけていく。
アオイは、追いつきそうな追尾弾をレーザーで撃ち落としながら高速で天を駆け巡る。だが、発射された弾は実に二百発以上。回避をしつつそれら全てに対応するのは困難だ。
やがて回避は限界を迎え、彼女に殺到した百数十発の追尾弾は大爆発を起こし、辺りはもうもうと舞う灰色の爆煙に包まれた……。
「遠距離狙撃型特殊兵装を換装。ターゲットロック……」
爆発の煙が舞う位置からさらに五百メートル上空。そこに長いライフルのような武器を構えたアオイの姿があった。
彼女は回避中に追尾弾を解析。それに対応したデコイを作り出し誘爆。その爆発に紛れて遥か上空へと逃れていたのだ。
彼女が構えた蒼い銃身がキラリと輝く。射線上に捉えているのは爆煙より遥か下方にいる紫電改の姿。
「狙い撃ちます!」
人間であった頃、スポーツ競技としての魔動射撃をしていた時の口癖を無意識に呟き、彼女の指が引き金を引いた。
放たれる高圧縮をかけたマナの光弾。光速で放たれたそれは火力を重視した機体である紫電改では回避は不可能。光の軌跡が到達すると次の瞬間紫電改であった者は大きな爆発音とともに消し飛んだ。
『あーあ。紫電改ちゃんったら、やられちゃったかぁ』
突然の声。
大破して僅かに頭部と配線で辛うじてぶらさがっている両腕を残すのみとなった紫電改の残骸が空中で突如落下を止める。するとその残骸を片手でぶら下げたもう一体の桜色の魔動人形が透明化を解いて姿を見せた。
新たな敵の出現にアオイは速やかに銃口を向ける……だが。
『私に構ってていいのかなぁ?急がないとお仲間さんたち……死んじゃうよぉ?』
アオイの脳裏に先ほど報告し損なった敵の大軍勢とそれに相対するであろうシズカたちの姿が浮かぶ。
『じゃあねぇ〜!』
一瞬の硬直、だが高速を誇る桜色の魔動人形『桜花』が、アオイから逃げ切るにはそれで十分だった。加速した彼女はあっと言う間にアオイの射程から外れて飛び去っていく。
その姿を見送ったアオイは、すぐに装備を変えて迷わずシズカたちの元へと向かっていった。
◆
アオイの姿が遠くなるのを確認し、桜花はその速度を落とす。体内の魔力機関にチャージされた魔力は有限であり、極力無駄な消費は控えなければ北の果てにある本拠地まで飛行するのが難しくなるからだ。
『あれが世界で唯一の完成品。前世界の魔動技術の粋を集めた特別機か。あれはヤバいねぇ』
そう言って桜花は透明化して観察していたアオイの戦いを思い出す。機動力特化型の自分と比べても遜色のない回避能力。追尾弾を迎撃したレーザー兵器や遠距離武器でありながら魔動人形を一撃で破壊した銃器などの脅威としか言いようのない火力。すぐに追尾弾の特性を解析してデコイを作り誘爆させた適応力。
『まるで、私たち三機を一つに合体したみたい。かつて単機で世界を敵にしたってのもあながち嘘じゃなさそうだ……』
言葉とは裏腹に、人間の人格を移植したアオイと違い、桜花には凡そ人の持つ感情というものはない。
『とりあえず、タエさんにこの腕付けてもらおっと。現存するパーツは貴重だからね〜。桜花連斬が四連になっちゃうぞぉ!くひひっ』
そう言いながら彼女は神聖国の北端にある山脈の向こうへと飛び去った。




