集結!
「あああぁぁぁぁーっ!」
戦場にシズカの悲鳴が響く。
とはいえ、その声は誰の耳にも届きはしないだろう。
戦場に響くのは、彼ら曰く『聖歌』であるらしい。彼らが崇拝する聖母を讃えるというその歌声だが、一万にも及ぶ聖歌隊の合唱はそこに込められた魔力と共に凶悪な超音波と化し、異端なる者たちを苦しめるのだ。
耳から血を流しながら苦しむ彼女の足下にはツバキとアイリも蹲って苦しんでいる。特に人より聴力に優れたアイリには地獄の苦しみであろう。
大軍勢の到着と共に天幕から姿を現した聖園の守護騎士フィリップ。彼の合図で三万の軍勢の中から『聖歌隊』と呼ばれる一万の兵が前に出てこの狂気の聖歌を合唱し始めたのだ。
その歌声には様々な呪詛や魔法が込められており、討伐隊残党や劣化吸血鬼たちはすでに全身から血を噴き出して絶命していた。
それらの呪詛や魔法には何とか抵抗した三人であったが、単純な音による鼓膜や三半規管への影響により身動きがとれなくなっているのである。
自らの持つ超再生能力によりすぐにそれらが回復するシズカは、もう幾度もそれを破壊される苦痛を繰り返し味合わされているのだ。
(アイリの電撃が放てないのは痛いわね。このメンバーじゃ遠距離攻撃の手がないのが歯痒いわ……)
シズカなら痛み自体には徐々に慣れる。だがついに意識を失った二人をこの場に置いて、自分だけ反撃に出るわけにもいかない。
シズカの視線の遥か先、まるで指揮棒を振るような素振りを見せて余裕たっぷりなフィリップ。その態度がさらにシズカを苛立たせる。
だが、そんなフィリップの余裕は突如戦場に巻き起こった爆炎によってかき消された。
「ほほほ、しばらく見ぬうちに随分弱くなったと見える。貧相なのはその乳のみで良かろうに、のうシズカよ?」
「あ、貴女!」
嫌味を言いながらふわりとシズカたちの側へと降り立つ真紅の髪色。
さらに……
「舞え、クラウソラス!」
爆炎で混乱する敵目掛けて、上空から無数の光剣が襲いかかる。
「ガブリエラ……貴女まで」
シズカの表情がふわりと緩み、そしていつもの不敵な笑顔が帰ってくる。
マリエの報告で文字通り飛んで来てくれたであろうガブリエラと、ずいぶん久しぶりに仲間たちの前に姿を見せた頼れる爆炎の魔法使い……。
「駄肉エルフの分際で、ずいぶんいいところ持っていくじゃないエレノア!」
「ほほほ、真打ち登場というヤツじゃ。やはり持っている者はひと味違うということじゃのう」
そう言ってエレノアはその豊満過ぎる双丘をこれでもかとばかりに持ち上げアピールする。
ぐぬぬと睨み合う二人の隣では、地上に降り立ったガブリエラがアイリとツバキをすぐに魔法で回復させた。
「正直助かったわエレノア、ガブリエラ。でもコロニーの方は大丈夫なのかしら?」
「ええ。あちらはあちらで、心強い援軍が現れましたので。通信の不具合が気になり先行しましたが、あと一時間もせずに後続もこちらに参りましょう」
ガブリエラが言うには、かつてデジマールの学園で知り合い、神聖国からのマリエ救出にも協力してくれたヴェロニカが自国メリッサ公国の軍勢を率いて加勢に来てくれたらしい。一部の兵と共にミスティとマリエはコロニーに残り、ナーサとアマルティアは公国軍とこちらに向かっているのだそうだ。
「じゃあ、戦力も揃ったところでさっきの仕返しといきましょうか!」
「やられっ放しではシンリ様に合わせる顔がありませんからね!」
コク!
「ほほほほ、妾が来たからには皆の出番なぞありはせぬぞ!」
「…………」
頼れる仲間との合流に士気の高まる一同の中で、ガブリエラはどこか微妙な表情を見せる。
「どうしたのガブリエラ?」
「いえ……何と言えばいいのか。あの敵からはよくないものを感じるんです。説明は難しいんですがとても嫌な感じがして……」
嫌悪感を隠そうともしないガブリエラ。彼女がここまで感情を顕にするのは珍しい。
先ほどの攻撃で多少の被害を与えたとはいえ、敵の数は未だ三万近い。シズカは再度気を引き締め、敵陣をじっと見据えた。
◆
「やれやれ、せっかく気持ちよく歌声に浸っていたのに……邪魔するなんて不粋な異教徒どもだ」
そう言って体にかかった砂埃を軽く払うフィリップ。強力な遠距離攻撃手段を携えたエレノアやガブリエラの登場にも、彼は特に動揺した様子はない。
「ん?はあ……せっかく先に異教徒を殲滅して聖母様にお褒めいただこうと思ったのに。もう追い付かれたのか……」
つまらなさそうに彼が見つめた先には、新たな増援が激しい土埃を上げながら進軍して来ていた。
それらの先頭に立つのは彼と同じ聖園の守護騎士。
「なあにフィリップったら?抜け駆けしたくせに、まだ倒せてないだなんて!」
フィリップ同様の約三万の兵を率いるベラドンナ 。
「ふん、無駄口を叩くな」
そして他の二名よりやや多い四万の軍勢を率いているのがシュツットガルトだ。
今ここに神聖国が誇る最強の軍勢約十万がシズカたちを討つべく集結した。
とはいえ、これが神聖国の持つ戦力の全てではないところがこの国の恐ろしいところであろう。この十万の軍勢はあくまで聖母直轄の精鋭部隊。各枢機卿が保有する騎士団や領兵は含まれていないのだ。
いずれこの世界の全てを聖母の愛という名の侵略行為で手に入れるつもりのこの狂国は、隣国メリッサこそ世界に害なす軍事国家であるとの噂を意図的に流布して他国の目を逸らし、着々と来たる日に向けた軍備を整えてきていたのである。
ただ、ここに集いし軍勢に比べれば各枢機卿の軍など質、量ともに足元にも及ばず、この場に揃いし直轄部隊こそ神聖国の主戦力であり、最強の軍勢であることは間違いない。
「ちょっと遊んでいただけさ」
「よく言うわね」
「ふん」
シズカたちの前の平原を埋め尽くす見渡す限りの騎士、兵士たち。その中央に集まった三人は揃いの純白のマントを風に靡かせながら彼女たちを見下ろした。
「これから死に逝くキミたちだが、僕たちをこうして出向かせた褒美に名乗ってやろう。僕らこそ聖母様の忠実な使徒にして全ての悪を裁くことを許された絶対者、聖園の守護騎士。僕は極光のフィリップ」
「同じく、慈愛のベラドンナよ。聖母様の大いなる愛に包まれて死ねることを感謝なさい!」
「断罪のシュツットガルドだ」
ローブを纏った聖歌隊と比較的軽装な装備の兵たちで構成されたフィリップの軍。それに対してベラドンナの率いる兵は長槍や剣、弓などと多彩な武器装備をしている。そしてシュツットガルドの率いる兵士は、大きな盾や頑強そうな鎧に身を包んだ重装備の兵士たちだ。
◆
「あちらさんは随分自信があるようね」
『ザザ……飛兎より兎二号へ』
「アオイ!無事だったのね!」
敵将の名乗りを聞いて気を引き締めるシズカの元へ通信が不通になっていたアオイから連絡が入る。彼女たちが使うアオイ特製の指輪での交信はあくまで彼女を経由することで通信が可能になっているのだ。先ほどまではそのアオイ自身が通信障害を受けていたために、コロニーやガブリエラとも連絡が出来ない状態だったのである。
『肯定。多少の妨害を受けていたと当機は告げます』
「無事ならいいわ。現在地は?」
『およそ五分二十秒で合流予定』
「ありがとう。正直助かるわ!」
目の前には待ち望んだ神聖国の精鋭約十万。
そして、遠距離かつ広範囲殲滅を得意とするエレノア、ガブリエラそしてアオイの合流。さらには、ヴェロニカに率いられた隣国メリッサの軍勢もじきにここに駆けつけるだろう。
「ふふふ。状況としては出来過ぎね。これが厄介なフラグでなければいいのだけど……」
ちらりと、シズカは未だ強い警戒を示すガブリエラの方を見る。彼女ほどの者が敵の人数が多いくらいでこんな反応を見せるとは考え難い。
かといって、この状況で動かないのはそれこそ愚策。シズカはパンパンと自らの両の頬を叩いて気合を入れる。
「さあ、一気に行くわよ!」
そう言って再びその手に裁ち鋏弐式を握った彼女は敵陣目がけて地を蹴った。
それを合図にしたように、再び戦場には爆炎と光剣が乱れ舞うのであった。




