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狂信国に潜む闇

 聖都マリアナ。

 グランマニエ大聖堂の最奧に向け三人の男女が歩を進めていた。

 デザインは違えども、いずれも白銀の鎧と純白のマントを羽織る彼らは、聖母直属の最高戦力聖園の守護騎士(パラディーゾ)である。

 とはいえ、これより奧のエリアには使用人や従者、さらには警備の兵なども一切おらず、また立ち入ることも許されていない。神聖国の存在自体が全て聖母のその身を護るために存在していると言っても過言ではないこの国としては、ややおかしな話に聞こえるかも知れないが、これは建国以来の絶対の掟であり、かつて興味から侵入を試みた者もいたらしいが誰一人として帰って来なかったという。

 一行がさらに奥の豪奢な扉を開いて中に入るとそこで景色は一変する……。


「さすがに……こりゃあ誰にも見せられないよねえ」

「あらそう、私は好きよここの雰囲気。ああ、とっても落ち着くわあ」


 見た目女性のようにも見える優男フィリップが室内のその異様に顔をしかめると、魅惑的な女性ベラドンナがそれを否定し妖艶な笑みを浮かべる。


「口を慎め。ここはすでに聖域なるぞ!」

「はあーい」

「もう、シュツットガルドは体と一緒で硬いんだからん!」


 巨軀の男性シュツットガルドに注意を受けた二人は、さほど萎縮した素振りも見せずやや茶化した返答をすると黙り込んだ。

 彼らの進む異様な空間。それを例えるならば密林であろうか。

 先ほど扉を開けた場所から、そこはもう室内と呼ぶにはあまりにも荒れていて、先が見えぬほどに生い茂った木々や草花に、まるで蛇のようにそれらに絡む太い蔦のような植物が室内全てを蹂躙している。僅かに足元に残る石畳と、上方に僅かに見えるステンドグラスのはめ込まれた天井が、辛うじてそこが室内であることを示すのみだ。

 しかも、自生するそれらの植物は皆毒々しく、中にはその茎や根元に幾つもの白骨を抱き込んだものまであり、それらがここの植物たちが決して普通の植物などではないのだと物語っていた。


 さらに進むと一際大きな巨木にその進路を阻まれるが、三人は立ち止まることなく歩いて行った。巨木にぶつかるかと思われた瞬間、三人の身体はすうっと抵抗なくその中に消える……。


『よく来ました。我が愛し子たちよ』


 巨木に吸い込まれるようにして消えた三人は、金属質のつるつるした壁面で囲まれた、薄暗い洞窟のような場所にいた。

 その場の主の声が彼らを出迎える。


「勿体なき御言葉です、聖母様」


 そう言って跪くシュツットガルドに合わせて、残る二人も跪く。


『畏る必要はありません。あなた方は我が子供たちなのですから』


 そんな聖母の言葉に三人は歓喜の表情で顔を上げる。

 だが、仮にこの場に第三者がいればその光景の異様さに驚愕することだろう。


 うっとりとして三人が見つめる先……そこには何もいないのだ。薄暗い空間に声だけが響き、彼らの視線の先にはただ周囲と同質な壁があるだけである。

 そんな『壁』に見惚れている三名は、とても正気であるとは思えない。


『さて、例の件はいかがなりましたか?』

「はっ、件の賊どもの殲滅にはエステヴァン卿が冒険者と私兵五千にてこれにあたることとなりました。相手は高々数十騎、あれならひとたまりもないかと……」

「ふふ、あの家はもう後がないから必死だよね」

「没落……甘美な響きね。何でも腐りかけが美味しいって言うじゃない?」


『それでは甘いわ!』


 圧倒的な戦力差にすでに事が終わったかのような余裕を見せる彼らは、突然厳しい口調になった聖母に指摘されて黙り込んだ。


『あの者たちを侮ってはなりません。それに我が神聖国の安寧を脅かす輩には、相応の神罰を与えなければ!』

「ははっ!」

『我が愛し子たちよ、神が与えしその『力』をもって愚かな神敵に鉄鎚を下すのです!』

「「「全ては聖母様の御心のままに!」」」


 そう言って深々と頭を下げると、三人は再びもと来た方へと歩いて行った。

 その目に尋常ならざる狂気の炎を宿して……。


 ◆


 三人が立ち去った後、その壁の向こう側からは、小さな話し声が漏れ聞こえていた。


「やあやあ、なかなか見事な聖母っぷりじゃないか!」

「久しぶりに顔を見せたかと思えば、態々からかいに来たのかクロノス?」


「いやいや、出来損ないの破滅の御子を探っていたら彼らがこの国に来ちゃっただけだよ」

「先日、アギト様より連絡は受けている。今はヤツの女共が私の庭で好き勝手にやってくれているようだ」


「女共……御子は不在なのかい?」

「ああ、少し前に獣共の国に向かって以降、全く所在が掴めない」


「御子は転移を使うからね。でも虫は付けてあったんでしょ?」

「ああ、だが獣共の結界に弾かれてしまったようだ」


「まったく、閉じこもっているくせに厄介な連中だね」

「まあいいさ。ヤツの不在に女共を皆殺しにしてやればクロノスの望むようになるんじゃないか?」


「そうなればアギト様にも楽しんでいただけるんだけど……今回の御子はとにかくイレギュラーなんだよねぇ」

「それは……まさか、我が子では勝てないと言ってるのかい?」


「……いやいや、止してくれ。僕は戦闘は得意じゃないんだ。キミと戦えば数秒と保たないよ」

「さてな、クロノスが言う数秒が、私の知る数秒と同じであるかもわかるまいよ」


「それでも、キミと本気で殺り合うのは勘弁して欲しいな」

「ふん、食えぬヤツよ。まあよい、我が子がもし倒されるようなら、その時は久しぶりにこの我が地上に出るとしよう」


「キミが地上に出るなんて……そんな大災害は考えたくもないね」


 ◆


 聖都マリアナ南方に広がる草原地帯。

 そこには、騎乗していたコッコアポッポを帰し、武器を手にじっと敵が来るのを待つシズカ達の姿があった。


「あら、見えたわね!いいこと、油断は禁物よ。ワタクシ達の誰か一人でも欠ければ、お兄様は先日の……いいえ、二度と元には戻れなくなるかも知れない。自らの命を守ることこそ、お兄様への忠誠の証であるとお思いなさい!」

「はい、シズカさん!」

 コク!


 ◆


 そのシズカ達へ向け行軍中の討伐軍、その本陣。


「……なあにぃ!敵はたったの三人だとぉ?」


 エステヴァン卿より五千の兵を与えられた指揮官ロニートは、部下からもたらされた報告のあり得ない内容に思わず大声を上げていた。

 もとより相手は騎獣を駆る騎兵五十騎あまりとの情報を得ており、仮に多くの伏兵や援軍があれど、その総数は最大で百名ほどと推測されていたのだ。

 こちらは五千人の大軍勢。敵が想定を僅かに上回ろうとその戦力差は圧倒的である。


「まさか、諦めたとでも言うつもりか。ふざけやがって!」


 本来ならば、敵の降伏は望むところであろう。

 だが、今回の戦いはロニート個人にとって約束された将来への大事な試験を兼ねている。その為に少しでも派手な戦果を求めていたのだが……。


「くそがっ!たかが三人を包囲して俺が倒したところで手柄にもならん!待てよ……そいつらは降伏の意志を示しているのか?」


 ロニートはその三人が降伏を望むのであれば、受け入れるフリをしてアジトへと案内させ、そこにいる者全員を殺してしまえないかと考えた。抵抗されただの、騙し討ちにあっただのと理由は後からどうにでもなる。

 彼は、とにかくより多くの敵を殺し、その屍をより高く積み上げることこそ重要であると考えているのだ。


「いえ、そのような動きはありません」

「チッ!くだらん。もういい、さっさとそいつらを捕らえて来い!賊どものアジトの場所を吐かせるんだ!」


 彼の指示を受け、数騎の騎兵が三人に向けて駆けていく。




 数分後、この憐れな生贄たちから舞い上がる血煙が、この長い長い戦いの始まりを告げる狼煙となるのだ……。

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