マイロード!
怠惰から放たれた無数の黒い拳が着弾する……そして轟く轟音……。
「クフフ、やったか? 案外あっけない最期でしたね……」
『悪辣な黒』の能力を過信し、自らの勝利を疑いもしないヤツは、その違和感にさえ気付かない……。
実際のところヤツは、自らの持つ最大の切り札である能力を投じ、さらにはこの一戦に残された魔力を全てつぎ込んで戦いに臨んでいる。ここまでやって倒せなければもう勝機はない。相打ちではこの『暗黒消滅空間』ごと消滅させられてしまうのだから、それでは負けたも同然。すなわち、初めから背水の陣で臨む怠惰には、余裕など全くなかったのだ。
そうでなければ気付かないはずがない……あれだけの直撃を受けた俺が、ほとんど後ずさりもしていないという事実に……。
「言ったな……馬鹿め、お前のそれはフラグだよ!」
「な……んだと……」
次の瞬間、俺に殺到していた黒い手がまるで糸が切れたように、力を失ってバタバタと地面に落ちていく。その先には、ただ腕でガードしただけの状態で全くダメージを負った様子もない俺の姿……。
「馬鹿な……いや、そんなことありえない! 私の『悪辣な黒』は【憤怒眼】の『狂戦士化』と同程度の威力。それを……貴方は【憤怒眼】を使わずに数十発もその身に受けたはず……。それでなんでその場に立っていられるのだ!」
「お前は、まだ気付かないのか?」
「な、なんだ! 何のことを言って……うぐっ!」
聞き返す途中で、ヤツは突然ふらついてその場に片膝をついた。同時に地に落ちていた無数の黒い手がポロポロと崩れはじめ、灰のようになりながら消えていく。
「……き、消える。私の『悪辣な黒』が……」
「やれやれ、やっとか」
「き、貴様……いったい何をしたぁ!」
力が入らず思うように動かない身体、固有能力の維持さえままならない。つい今しがたまで勝利を確信していたがために、ヤツは判断が鈍り自らの陥った状況を冷静に分析することが出来ないのだろう。
しかも、膝をついて俺を見上げている姿はまるで屈服しているように見え、それがさらに奴の苛立ちを煽っている。
「何って……そんなの決まっているだろう。魔眼を使ったのさ!」
「魔眼だと……しかしこれは、いや……まさか!」
「ほう、気づいたのか?」
「まさか貴様は……【憤怒眼】と【強欲眼】を同時に発動していたというのか……しかし、いつ……」
「ふん。お前のセリフをそっくり返してやろう……いつから、俺が声に出さないと魔眼を発動できないと勘違いしていたんだ!」
そう、俺は先ほどの攻防の最中に【憤怒眼】のみを発動させていると見せかけて、同時に【強欲眼】を使いながらヤツから徐々にその魔力自体を奪っていたのだ。今のヤツは、いわば膨大な魔力で形作られた魔力体。【憤怒眼】のラッシュによる一撃一撃がヤツの『悪辣な黒』に触れるたび、それはゆっくりだが確実に、文字通りヤツのその身を削っていたのである。
「…………くっ、このワタシガグガガガ……」
ヤツにはすでに、自らの姿を安定させるだけの魔力も残されていないのだろう。師匠の外見を真似ていた姿が明滅するように崩れはじめ、徐々に人型を辛うじて止めるだけの真っ黒な液体のようなものへと変化していく。
「どうやら……勝負あり、だな」
「ヴァ、ヴァダジガァァァァーゴンワァァァー!」
人型を保つのさえ難しくなったのか、ついにはその体がドロドロと流れ落ちるように崩れていく。発する音ももう言葉として聞き取れるものではなく、ただの咆哮のようだ。
「大人しく在るべき場所へ還るがいい。喰らえ【暴食眼】!」
「ヴ、ヴィヴァァァァァァーーーーーーーーーー」
そう言って左目の眼帯を外すと、そこから眩いばかりの光が放たれる。それは、通常の暴食眼の発動では起こりえない現象だ。
その光は黒い液状になった怠惰を包み込み、徐々にその物体の輪郭や存在を光の中へと消し去っていく。
同時に、魔眼内部にドクンという覚えのある衝動が走った。これはそう、新たな魔眼が開眼する前兆……。
「くっ、ギリギリの賭けだったが……どうやら成功したみたいだ……な」
俺は、そう言ってその場に倒れ込み、仰向けになって寝転んだ。
【憤怒眼】の最高出力での連続使用に加え、【強欲眼】の同時使用や、実際はヤツの魔力残量を調べるために【嫉妬眼】も同時に使っていたのだ。肉体的な負担はもとより精神や魔力の消耗は計り知れない。
(クフフフ。やれやれ完敗ですよ、我ら魔眼のご主人様)
ふと心の中に響く、負け惜しみというよりかは随分と晴れやかな雰囲気の声。いや、幻聴だったのかも知れない……。
「……約束は守ったよ……姉さん……」
そう呟き、俺の意識はそこで途絶えた……。
◆
『飛兎より兎二号へ。北東方向より進行してくる敵影あり。数は約五千。このままの速度ならおよそ三十分ほどで接触しますと当機は告げます』
次の村を目指すシズカらのもとへ、その飛行能力を活かして高高度から偵察を行うアオイより指輪を通して通信が入る。
「ありがとう。飛兎はそのまま上空に待機、敵のさらなる増援を警戒されたし」
『了解』
連絡を受けたシズカは、一旦団を止める。
「……五千とはね。いよいよ本腰を入れて来たってことなのかしら」
「どうしますシズカさん?」
シズカにそう尋ねながらもアイリは手に装着した雷狼爪牙の爪を開閉しカチャカチャと音を立てていて、やる気十分だ。帝国の内乱で一対多数の戦闘を経験し、それに圧勝した彼女には敵の人数などあまり気にもならないのだろう。
「マリエたち医療班と親衛隊は、団員を率いて離脱。最も近いコロニーに向かいなさい。今回の敵には、悪いけど生贄になってもらうわ。ワタクシとアイリ、ツバキ、場合によってはアオイの力を使ってこれを殲滅します!」
五千もの規模の兵力を注ぎ込み、それが全滅したとなれば神聖国の中枢に与える精神的な打撃はかなり大きなものになるだろう。
当然、次は万の軍勢、さらには聖園の守護騎士が出て来ることとなり、まさにシズカたちの目論見通りの展開になるに違いない。
「各自行動開始! 急いで!」
シズカの指示に従い、団員のほとんどは進路を変えてその場を離れていく。
もとより、好意で同行してくれた親衛隊や戦闘に不慣れな亜人たちを生死を賭けた戦闘にまで参加させるつもりはないのだ。
「さあ、ツバキ、アイリ気合を入れなさい! 全てはワタクシたちの目標、お兄様の国を手に入れるために!」
「オオォォーッ!」
コクコク!




