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封じられし者たち

「そこは……シンリちゃんが前に話してくれた星々の海『宇宙』のようだった……」


 パンドラ姉さんは、そう言って目を輝かせた。

 彼女が魔眼の魔力を遡った先に見た景色は、黒い不思議な空間。だが、ただ黒いだけではなく、場所によっては青または紫系統のグラデーションが美しく広がっている。

 そこに、まるで散りばめた宝石のように輝くのは、幾億はあろうかという小さな光たち。

 あまりにも荘厳で幻想的な景色に圧倒されていると、すぐにその中でも一際強い輝きを放つ七つの光の元へと引き寄せられていったらしい。


「一瞬で移動出来たとはいえ、そこはとても遠い……いいえ、異なる世界であるように感じたわ」


 たどり着いた七つの光の中に、その者達は存在した。

 それらは、こちらの世界でほぼ敵無しの強者である彼女さえ身慄いを覚えるほどの、圧倒的な存在。思念だけの状態でなければ、実際に身体は震え、冷ややかな汗をかいていたあろう。

 それ程の存在が、しかも七体。穏やかで優しい、母の胎内を思わせる光の繭の中には、赤子と呼ぶにはあまりにも禍々しい……異形なる者たちが、その姿に不釣り合いなほど安らかな表情で眠っている。


「すぐに『悪魔』という言葉を連想したわ。だって、それでしか言い表せないと思ったから……」


 やがて、だんだんと思考が落ち着き、状況がはっきりと認識できるようになると、今の自分が黒い鎖のような物を伝っているのだと理解する。その一方は後方へ彼方まで伸び、もう一方はその光る繭たちを縛るようにしてしっかりと絡み付いていた。

 念じると、さらに視界は黒い鎖の中を進み、光る繭越しに『悪魔』の姿を間近で捉える。


「恐らくだけど、あの光る繭自体が何らかの『封印』なのだと思う。シンリちゃんから伸びた黒い鎖は、その封印を上書きして彼らの『力』をそこから引き出していたのね。開眼の度に膨大な魔力を必要としていたのも納得だわ」


 そうして彼女は、さらにその観察を続けた。

 当時、開眼していた魔眼は五つ。よって二体はまだ上書きがされていない状態だろうと思い至り、その姿を見ようとした時だ……。


「……錯覚。いいえ、やはり間違いなかった。私は『ヤツ』の視線を感じたのよ!」


 上書きをされていない二体にも、不可視だが確かに『鎖』が巻きついているのは感じられたという。それが俺と悪魔らを繋ぎ、開眼して封印を上書きする事で、黒くなるのだろう。

 ただ、透明な鎖には彼女の思念は入ることが出来なかった。仕方なく最も近い位置から観察しようと近付いた時、ぞわりと背中を撫で付けられたような悪寒を覚え、一瞬その『視線』を感じたらしい。

 彼女は、迷うことなく戻ることを決め、そう強く念じた……瞬間、再び景色が変わり、水面から浮上するようにして魔眼である左目から外に出ることに成功した。


「出た瞬間はまだ、シンリちゃんの魔眼の魔力と同調していたから『ソレ』を見つけることが出来たの……巧妙に隠され、私たちの魔力に逆に同調するようにして外に出て来た……細い、透明な『鎖』……」

「それがヤツなんだね」

「……ええ、ごめんなさい。結果的に私たちは利用されてしまったの。アイツが外に出るための手段として……」


 そう言うと下唇をぎゅっと噛み、表情を曇らせ彼女は俯いた。

 それ以降、姉さんは冥府の森全体に自身の魔力を張り巡らせ『ヤツ』が俺に近付けないようにしていたらしい。

 そして、『その時』のために懸命に俺を鍛え上げたのだ。『ヤツ』が如何な策を用いて来ようとも揺るがない、そんな強さを身に付けさせるために……。


「本当にごめんなさい。それに、黙っていた事も……」

「いいや。姉さんの判断は間違っていなかったと俺は思うよ。あの時これを聞かされていたら、俺は森を出ることを躊躇っていたかも知れない。そうなっていたら、今の……大切な『家族』たちとの出逢いは無かったのだから」


 そう言って真っ直ぐと見つめる俺を見て、姉さんは罪悪感から俯いてしまっていた顔を上げ、瞳の端に溜まっていた涙を指で拭った。


「それより姉さん、その『鎖』は確かに俺の中から外に続いて(・・・)いたんだね?」

「ええ、あの時以降私にもミスティにも見えないけど、確かにアレは今もシンリちゃんの魔眼の中と繋がっている。だから前回のような『暴走』を内部から起こし、短時間だけど意識を奪えたのだと思う」


 ……やはりか。向こうがその繋がりを利用して行き来が可能だと言うのなら、きっと……。


「ありがとう姉さん。これで確証が持てたよ」

「でも……本当にいいのね?アレを使えば、まず自力での脱出は不可能よ。例えシンリちゃんであっても」


 これこそが俺が今回、パンドラ姉さんを訪ねた本当の目的。俺は姉さんに彼女の闇属性究極魔法アルティメットオリジン暗黒消滅空間(ブラックホール)』を使ってもらうために来たのだ。

 この魔法は、発動するまでに時間がかかり、使う魔力量も膨大。しかも、制御中の彼女は全く動けず、完全に無防備な状態となってしまうという欠点があり、実戦での使用は難しい。

 だが一度発動して、その空間に捕らえられてしまったならば、内部でいかに強力な魔法を放とうとも脱出は不可能。そして彼女の意思ひとつで内部の者は身体のみならず、その魂に至るまで全てを『消滅』させられてしまうのだ。


「だからこそだよ。俺が全力を出す事態も考えられるし、何より……」


 続く言葉が何なのか、姉さんはすでに理解しているのだろう。悲しげな瞳をして、そっと瞼を閉じる。


「もし、俺がヤツに乗っ取られてしまうようなら……全て消滅させてもらいたい。他の誰でもない、パンドラ姉さんの手で!」


 残酷な願いだと思う。

 かつて……愛した者を失い、自ら腐龍と化して世界を滅ぼすほどの悲しみを味わった姉さんに、再びそれを強いているのだ。それも今回は姉さん自身の手で……。


 だけど……


「約束するよ」


 俺は、愛する姉さんを……


「俺は絶対に負けたりしない」


 悲しませたりしない!


「あの怠惰バカを屈服させて、きっと姉さんのもとに帰って来るから!」


 顔を上げた姉さんの瞳には、溢れんばかりの涙が溜まっていた。だけど彼女は、真っ直ぐに俺を見つめ、言葉を絞り出す……


「うん!」


 ◆


 あれから準備に一時間ほどを要して、俺と姉さんは再びあの場所で向かい合う。

 俺の足下には、緊急の事態を想定した結界の陣が描かれ、死の山の周囲にはクロ親子をはじめとした選りすぐりの屈強な魔物たちが集まり警戒してくれていた。


「シンリちゃん、準備はいいわね?」


 長い詠唱を終えた姉さんが俺に問いかける。

 彼女の頭上には、魔法によって生み出されたバスケットボール大の真っ黒な球体が浮かび、そこから圧倒的な魔力の気配を感じる。並みの人間なら、これを見るだけで意識を失ってしまうだろう。


「ああ、いつでもいいよ。姉さん」


 俺がそう答えると、姉さんは小さく頷いた。

 そして彼女が俺の方に右手を差し出しと、頭上の球体がゆっくりと動き始め、俺へと向かう。


「シンリちゃん……約束よ」


 球体をはさんで、俺と姉さんは見つめ合う。


「ああ、約束する。俺はきっと帰って来るから」

「うん。……待ってるよ」


「じゃあ、行ってきます!」

「うん!」


 その瞬間……俺の身体は、吸い込まれるようにしてその球体の中に消えた……。


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