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守り人の村

 ひたすら山頂を目指して、まるで駆け足のようなペースで登り続けておよそ四時間あまり。

 少し前から、俺達一行の周囲に複数の気配が追走しているのだが、彼らから敵意のようなものは感じない。恐らくはアマルティアの村の者たちだろう。


「救世主様、見えました。あれが我が村です!」


 そう言って彼女が指差す先。

 まるで山頂を水平にぶった切って作ったような不自然に平坦な土地に、幾つもの住居らしい建造物が立ち並ぶ集落がそこにはあった。

 ふと脳裏に浮かんだのはかつてテレビ番組などで見た天空都市と言われる『マチュピチュ』だ。石造りらしい四角い住居群も、まさに古代遺跡さながらである。


「おそれながら。村の者を刺激せぬよう、これ以降は御身をシンリとお呼びする事、御許し下さいますでしょうか?」

「ああ、構わないよ」


 余計な刺激を与えぬよう、村が見えてからはゆっくり歩きながらそこを目指していると、申し訳なさそうにアマルティアがそんな許可を求めてきた。人族と共生しない事を選択した彼らの心情を考えれば、それは当然の配慮だろう。

 村を赤く照らす夕陽が徐々に傾き、次第に影による闇が広がっていく様は、なんとなく俺が近づくことへの拒絶のようにさえ感じられた。


 まあ、確かに歓迎などされてはいないのだろう。長い石段を上り、村の門らしき場所から中へと入ってからも、多くの気配に見られている感じはあれど、その気配の主たちは決してその姿をこちらに見せようとはしない。

 集落の最奥、最も大きな造りの家の前に着くと、しばし待つように言われ、十分ほど後に中へと入ることが許された。

 玄関らしき扉から廊下を進むと、大きな石の円卓が置かれた広間に出た。円卓の中央部には大きな穴が開いており、中からはメラメラと炎が立ち昇っている。暖房の用途も兼ねたテーブル式の囲炉裏といった感じなのだろう。

  炎を挟んだ向こう側には、アマルティアが長老と呼んでいた人物と思しき者が座り、鋭い視線をこちらに向けている。そこに込められた感情は、やはり歓迎とは程遠いものだ。

 純粋な山羊人族の男性はほとんどの場合、山羊そのものの顔で生まれるという。目の前の老人も顔つきは髭の長い黒山羊そのもの。左右の巻角と額の両側から後頭部に向かって湾曲して伸びた角の計四本の角はいずれも立派なもので、彼がそれだけ長い時間を生きてきたのだという事を物語っている。

 ちなみに、女性はアマルティアの様に、人の様な顔つきになるとのこと。


「ふん……我が代で、まさか人族なぞをこの村にいれようとはな」


 不快感を隠そうともせず、開口一番彼はそう呟いた。


「爺様、これがシンリ。さっき話した始祖様の手紙を託されし人族だ」

「はじめまして、シンリと……」

「まずは座るがよかろう」


 アマルティアに紹介されたので挨拶をしようとしたのだが、まるで俺の声すら聞きたくないとばかりにそれを遮られ、座るよう促された。彼らの人嫌いの根はかなり深そうだ。

 ……しかし、始祖様って何だ?


「ほら、チロル。そろそろ起きろ、もう着いたんだぞ」

「……にゃ? もうごはんの時間かにゃ? ……ん、ここはどこにゃシンリ?」

「しっかりしろ。アマルティアの村に来たんだろ」


 俺に背負われたまま、ずっと眠っていたチロルを起こして隣に座らせ状況を説明する。どうもまだ寝ぼけているみたいだ。


「そ、その者は……ま、まさか、ケットシーではあるまいな!」

「ん? にゃーっ! 山羊にゃ! 喋る山羊がいるのにゃっ! ふぎゃん!」


 チロルの姿に驚いて口を開いた長老に向かい、いきなりとんでも無いことを言い出すチロルの腿をテーブルの下で強めにつねる。

 そんなことを言ったら、チロルたちケットシーは二足歩行の喋る猫だ。山羊人族のことをどうこう言えたものじゃない。


「構わぬ! それで、そなたはケットシーで間違いないのか? 他に仲間は? お前一人なのか?」


 チロルの暴言よりも、俺が彼女に何らかのお仕置きをしたことの方により不快感を表しながら、長老はさらにチロルに質問を続けた。


「そうにゃ! チロルはケットシーにゃ。でもチロルは一人じゃないにゃ。ニャッシュビルに帰ればたくさんの仲間がいるのにゃ」

「おお! そうか……うんうん。そうか、ケットシーはちゃんと生き残っておったのか……。素晴らしい! 今日は何とめでたき日ぞ!」


 チロルの言葉を聞いて、長老は涙を流しながら歓喜した。彼らの中でもケットシーは、人族の手によって不遇の最期を迎えて滅びた種族であると認識されていたのだろう。


「チロルと申されたか。我は村長のグワンキじゃ。そなたの訪問を心より歓迎いたしますぞ!」

「よろしくにゃん」

「……ところで、その人族とはどういった関係なのじゃ? よもや隷属させられておるのではあるまいな!」


 質問と同時に、静かだが、強烈な嫌悪感と敵意が俺に向けられる……だが


「シンリは、チロルの未来の旦那様にゃん!」

「なっ!」


 それらは、そんな間の抜けたチロルの答えで、まるで風船に針を刺したように一瞬で霧散した。


「は……ははは。人族と番になろうとはご冗談を……。アマルティア、始祖様の書状とケットシー生存の件、これより王にご報告せねばならん。チロル嬢のお世話、任せるぞ」

「はい、爺様」


 そして俺はいない者扱いか……。まあ、仕方ないのだろうが。

 俺たちは長老の部屋を出て、アマルティアの案内でその建物の三階に上がった。そこは簡単な客間のようだ。


「先ほどは大変申し訳ない。爺様に変わってお詫びいたします」


 そう言って頭を下げるアマルティア。だが、こうなるであろうことは彼女に事前に聞かされていたので、気にしてないと言っておいた。

 その後、彼女が下から食事を持ってきてくれたので三人で食べ、少し話してからチロルと二人でその夜は眠った。


 ◆


 翌日の昼少し前、村人を刺激せぬよう朝食後もチロルと部屋でゴロゴロしていると、アマルティアが俺たちを迎えにきた。


「この先の祭壇がアースへの『門』になる。もちろんシンリを連れてアースに行くことは出来ないが、中央より高官が始祖様の書状を確認しに来られるらしい」

「なあ、昨日長老も言っていたが、その始祖様ってのは?」

「ああ、それを話すべきかどうかも含めての書状の確認なんだ。すまない」


 そう言って彼女は申し訳なさそうに目を伏せた。これ以上聞いても無駄か……。


 村長の家の裏を進み小高い丘の上の広場に着くと、そこには村人たちが既に集まっていた。

 痛いほどの好意的でない視線にさらされながらアマルティアについて最前列に出ると、そこには石造りの祭壇のようなものがある。畳三畳ほどの広さの石舞台の上には二本の丸柱が立っており、地面には見慣れぬ魔法陣のような紋様が刻まれていた。


 それから五分ほど経った頃だろうか。

 突然、その魔法陣が光を放ち、柱と柱の間の空間が波打つように揺れた。


「……ッ!」


 そこから、ヌゥッと顔を出したのは二メートルを超す巨躯を持った獅子の頭を持つ獣人だった。


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