深くシズカに遂行せよ!
「……みんな、シンリちゃんが認めた娘たちだもの。さっきも言ったように、とてもいい娘なのはわかっているし、私も認めているわ」
全員がひとしきり泣いた後、落ち着いたところでパンドラは彼女達に言葉をかけた。
「後悔も反省もここまで! それよりもこれからの話をしましょう」
「ええ、お姉様。そうですわね。これからのワタクシ達は、ただ主人公についていくだけのハーレムラノベのヒロインじゃない! それをお兄様にお見せしなければ!」
「らのべというのはわからないけど……まあ、シズカの言うとおりよ。私はずっとここに居るわけにはいかないから、今のうちにみんなで話し合いましょう」
その言葉を聞いて、全員の視線がパンドラの両側にいるガブリエラとミスティに向けられた。パンドラこそ冥府の森の瘴気の発生源。この両名がいなければこの地にも大きな影響を与えてしまっただろう。
「まず、シンリちゃんにはガス抜きが必要ね。せっかくこっちにいるんだからちょっとお出かけさせましょう。だから、シンリちゃんは居ないものとして考える事! いいわね?」
『パンドラが何をさせるのか不安だけど、今のシンリが精神的に参ってるのは事実。息抜き自体は賛成ね』
「ひどいわねミスティ。まるで私がとんでもない事をさせるみたいじゃない?」
「いえ、お姉様。ワタクシも何やら嫌な予感しかしませんわ……」
「シズカまで! もう、大丈夫よ。たぶん殺されたりはしないから」
「お姉様、たぶんて……」
かつて、冥府の森でパンドラからシンリに課せられた『修行』や『お使い』という名の荒行の数々。それらを知るミスティやシズカは、当時を思い出しているのか不安を拭えないようだ。
「もうっ! いいから話を続けるわよ。これからみんながどう動くべきなのかを……」
それから、全員で現状の確認と今後の対策についての話をじっくりとし、ある程度の方向性とその内容が決まる。
そして、目覚めたシンリに『お使い』を言い渡すと、パンドラはサマエルで出来た『扉』をくぐり、冥府の森へと帰って行った。
◆
まだまだ多くの亜人種の難民や流民が存在する。その対応のためにコロニーの運営や拡大を続けていくのは当然のことだ。
それと並行して、今後今回同様の悲劇が起こらないように神聖国の人族に対しても、何らかの干渉をしていく必要がある。そこでパンドラが考え出したのは、彼らに亜人種ではない新たな『敵』を作り出すことであったのだ。
「そこでワタクシの真祖の能力の出番というわけですわね!」
今回のようにして村をそっくり丸ごと『魅了』で洗脳し、適当な武装をさせて砂漠以外の肥沃な地に存在する町を襲撃させる。口々に言わせるのは砂漠地帯に追いやられたことへの不満だ。
当然、一つの村だけでは戦力に乏しいので複数の村での合同である。これにより、国内にそんな不満が高まっていて不安な情勢であると国民の誰もに関心を持たせることが狙いだ。
当然、国から反乱分子として認識され、討伐する戦力を派遣される事態となるだろう。
そこで起こるであろう虐殺にも似た国家による蹂躙は、すぐに国民にも広く伝わって、シズカによる洗脳がなくとも国家への大きな不満となって民衆の心に積もり湧き上がる不満や怒りとなっていくに違いない。
「……とは言っても、所詮は力なき貧しい村人達。彼らだけではすぐに鎮圧されてしまうでしょう。それを陰ながら支援し、尚且つより多くの民衆を引き込んで大きな勢力を作り上げるのがワタクシ達の使命ですわ!」
舞台の片付けの手を止めて、偉そうに箱の上にふんぞりがえったシズカがマリエらに熱弁をふるっていると、村の中を捜索していたアイリとツバキが数人の亜人種の娘や子供を連れて戻って来た。村人達の意識を奪っている間に、捕らえられている亜人種を助け出すのが彼女達の任務だ。
「……生き残っていたのはこれだけです。シズカさん、いつものように村人を使って亡くなった者達の埋葬をお願いします」
……コク。
「わかったわ。しかし、慣れたとはいえ本当に酷いものね。あのお優しいお兄様が、悪魔に心を渡してしまいたくなるのもわかる気がするわ」
そう言ってシズカは、瞳の色を完全に失ってしまい、まるで人形のように固まってしまっているウサギ耳の少女の頭をそっと撫でる。少女は一瞬ビクッと身を震わせたが、抵抗はさらなる暴力として自らに返ってくると身に染みているのだろう。再び人形のようになって、じっと動かなくなった。
「これが単なる外道の所業であれば、相応の報いを与えるのに躊躇する必要もないのですが……」
シズカの視線の先には、彼女の魅了によって人形のように立ち尽くす『人間』の少女の姿……。
「これらは明らかに、国家主導による意識誘導によって人為的に作り出された状況と思想。心が痛まないと言えば、嘘になるわね」
パンドラとの話し合いや彼女達の行動計画の会議において、この国はもう取り返しのつかない状態に至っており、流血を伴わない改革は不可能であるとの認識を共有している。
それを理解していても尚、やはり心が傷むのは仕方のないことであろう。
本来であれば、この『人間』の少女と『亜人種』の少女が、手を繋いで一緒に遊びまわっている光景。そんな可能性もあったのかも知れない。ある意味では、どちらも『被害者』なのだ。
「お兄様……」
そう呟いて空を見上げたシズカに続くように、彼女達もシンリを想いじっと空を見上げるのであった……。
◆
「ここからは道がさらに険しくなります。コッコアポッポはこの辺りに置いていきましょう。生半可な魔物がどうこうできる相手ではないですし、一度背中を預けた者の呼びかけには多少時間を経たとて必ず応えてくれますので」
「そうか、わかった。また帰りになサウザ」
現在、俺達は神聖国の北東部に聳える山脈に差し掛かっていた。
そこからの道は確かに狭く、というより道無き道をいく登山という方が相応しい道のりだ。そこで俺達はアマルティアの指示でコッコアポッポと別れ、徒歩で彼女の村を目指すことにする。
ここまで護衛の意味でついて来た者達もここで夜営して待つことになるらしい。同じ亜人種ではあるが、山羊人族ではない彼らはアマルティアの村には立ち入ることが出来ないそうだ。
「これを登るのかにゃん……」
目の前に聳えるのはまるで地面から巨大な剣が突き出したような鋭く険しい山並みである。さっきまでコッコアポッポの背ではしゃいでたチロルも不安そうだ。
「日が暮れるまでには村に入りたいので先を急ぎましょう」
「……ああ」
「……にゃー」
これを半日かけずに登れというのか……さすがは金剛持ちだけのことはある。俺は王都のギルドにいるであろうハゲ頭のいかつい親父の顔を思い浮かべつつ、走るような足取りで登山を開始したアマルティアの背を追いかけるのだった。
「さすがは山羊人。これなら普通の人間が近寄れないのも納得できる……」
登り始めて二時間あまり。
すでに獣道と呼べるようなものさえ見当たらず、辺りにはただひたすらにゴツゴツとした岩肌が露出した崖がそそり立つだけである。
先導するアマルティアは、まるで階段を上がるような軽い足取りで、その急斜面をポンポンと跳ねるように駆け上がっていくのだ。
「まあ、人ひとり抱えてそれについて行く俺も大概か……」
そう呟き、思わず渇いた笑いがこぼれる。一時間ほど前に俺達のペースについて来れなくなったチロル。俺はそこからずっと、彼女を背負って走っているのだ。
その状態でも全くペースを落とすことなく、すんなりとついて来る俺を見て、アマルティアもやや呆れ顏になっていた。
登った高さは、すでに千メートルどころではない。慣れているアマルティアはともかく、俺やチロルはミスティによる『加護』が無ければとっくに高山病などで倒れてしまっているだろう。
そんな険しい山を、俺達はさらに上へと登っていくのだった……。
「……シンリぃー、もう食べられないのにゃ……むにゃむにゃ」
……チロル、寝てるし。




