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悪魔の囁き

一部、残酷な表現が御座います。苦手な方はご注意ください。

 俺が一歩前に踏み出す毎に興奮の度合いを高め精一杯その身を大きく見せながら威嚇する黒いコッコアポッポ。

 俺にもしものことあれば飛び出そうと身構えるアマルティアや解放軍の面々に掌を見せ、動くなと軽く威圧する。


 グッグルァァ……グァ。


 その威圧を発した存在がいかに危険であるのかを野生の勘ともいうべき感覚で感じ取った黒いコッコアポッポはピタリと固まったように動きを止めた。

 そして、次の瞬間……。


「そ、そんな……野生のコッコアポッポが……」


 今、自分の目に写っている光景が信じられないといった表情のアマルティア達。

 野生のコッコアポッポ、そのボスともいうべき巨大な個体が一人の人間の前でゆっくりとその足を曲げ、まるで跪くかのようにして身を低くして首を垂れていく。静かに瞼を閉じた表情は、死すら容易に受け入れるかのようだ。


「ありがとう。よろしくな」

 ポッポ、ポロロッポー!


 俺が差し出された頭を撫でながらそう言うと、先ほどとは打って変わってまるで鳩のような可愛らしい声を上げた。

 これは、名前の由来にもなっている特徴的な鳴き声で同種の、それもよほどの信頼関係で結ばれた個体間でのみ確認される珍しいもの。長い付き合いのあるアマルティアの乗る個体であっても一度も聞いたことがないと、何やら彼女もショックを受けているようだった。


 シズカは勝手に自らの赤い個体に『シナンジュ』、俺の十文字模様のある個体に『サウザー』などと名付けてご満悦だったが……きっとどこかからお叱りを受けそうなので『シナン』と『サウザ』で我慢してもらう。

 念のため、それ以外の全ての個体には魔眼を使って支配下においておいた。これなら、今後は誰でも問題なく乗ることが出来るだろう。


「農場への迎えまで時間がある。少し慣らしに行ってみないか」


 俺はシズカとアマルティアを誘い、早速コッコアポッポで出かけてみることにした。目的地は、以前来た時にまた来ると約束した亜人種の少女ペポのいる村だ。

 思い浮かぶのは、数種族の混血である彼女の、頭にちょこんと一本だけ生えた小さな巻きツノとあの無垢な笑顔。すぐに会いに行きたかったのだが、難民の受け入れ環境を作るのが忙しく、まだ顔を出せてなかった。俺の手伝いに奔走しているアマルティアも、顔を出すのは久しぶりだという。


「お兄様、飛ばし過ぎですわーっ!」


 ペポを想いながらサウザを走らせていると、遥か後方からシズカの声をが聞こえる。やはりこの個体は特別なのだろう、気分良さそうに走るサウザに比べ、二人の乗る個体は息を乱していて随分と苦しそうだ。

 その後はペースを落とし、しはらく走ると村が見える場所まで来た……だが。


「救世主様、あれは煙……それにあの数は異常です!まさか村が……」

「ああ、わかってる。村の入り口には行ったことがあるからな……先に行く!」


 村があるはずの場所から立ち昇る、幾筋かの煙。村とはいっても寄せ集めの木材で作った囲いに布で出来た粗末なテントのような住居の集まりだ。竃などあるはずなく、食材の調理の煙などという選択肢は存在しない。

 だとすれば……俺は以前村の前までは行ったことがあるのでサウザと共にすぐに転移した。






 村の入口に転移した俺が目にしたのは、もはや村とは呼べぬほどに破壊され尽くした残骸の野。

 各所で、かつて住居とされていただろうものが燃えていて、煙と不快な匂いが辺りに充満している。


「……熱い……助け……」

「ああ……うああ……」


 生きたまま火を放たれたのだろう。苦しそうな呻き声がその下から漏れ聞こえている。

 俺はすぐにミスティに消火を始めさせた。そしてガブリエラを召喚しミスティと共に一人でも多くの者を助け出すよう指示をする。

 村の中を進むとその惨状はさらに凄惨なものとなり、常人が目にしたならば気を失うか、吐き気をもよおすほどの地獄絵図となっていく。

 そのあまりに非道な所業。各所で行われる凌辱は言うに及ばず、ある者は両目に木の枝が刺され、ある者は足が切り落とされ、ある者は自らのはみ出た内臓を大切そうに抱き抱えている……。


「くっ、ここまで……ここまで人は残忍になれるのか……」


 俺自身がこれまで多くの者をこの手にかけている。そんな俺が口にするなと、手にかけた者達はあの世で嘲笑うかも知れない。

 だが、俺には彼らを討つ理由があり彼らにもまた討たれるだけの業があった。


「……だが、これは何だ。この村人達がいったい何をしたと……」


 貧しいながらも、必死で日々の生活をしていただけ。そう、ただ生きていただけ。


「それが……亜人種だったという理由だけで……」


 残酷な光景をある意味見慣れてしまっている俺でさえ、不快のあまり吐き気と共に心の底からどす黒い感情が湧き上がってくる。

 そんな中、俺の耳に聞き覚えのある声が響いた。


「いやだぁーっ!助けてぇ、痛いよぉーっ!」

「ひゃっはっは。このケモノ、いっちょ前に人様の言葉を話してやがるぜ!」

「殺せ!さあ、やっちまえ!」


 声のした方向に急ぐと、そこは村の中心部の広場。三十人ほどの人間の男女が集まり殺気立った喧騒が巻き起こっているその真っ只中に、彼女はいた……。

 二頭の馬に繋がれた縄。その一方は彼女の両足に、そして一方はあの可愛らしい巻きツノに……。

 以前、追われていたペポを助けたこともあったが、心のどこかでこの愛らしい少女に対してはいくら亜人種嫌いの人間達だとしても、所詮からかう程度のことしか出来ないだろうと安易な考えを持っていた。その想像と目の前の光景のあまりに大きなギャップのためか、スローモーションのように全ての動きがはっきり見えているのに、何故か身体が固まったように動かない。

 そうしているうちにも下卑た笑い顔をした男達が、振り上げた鞭を馬たちの尻目掛けて振り下ろそうとしている。目に浮かぶのは、その数秒後に少女に襲いかかるであろう悲劇……だが動かない。

 いや……動けない。


 嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ……。

 止めろ止めろ止めろ止めろ止めろ止めろ……

 止めろおおおおぉぉぉぉっ!


 ドクン。


 突如暗転する視界。

 何も見えない闇の中で、ただその『声』だけが聞こえる。


『あいつらが憎いかい?』

 ……誰だ。

『そんな事は今はどうでもいい。奴ら人間が憎い、そうだろ?』

 …………。

『そんなに悩む必要はないさ。じゃあ、全てを私にまかせなよ』

 お前に……任せる?

『そうさ。こんな現実、許せないだろう?』

 ……ああ、こんなもの俺は許さない。

『だけど相手は人間。それも一般市民だ。それが判断を鈍らせている……そうだね?』

 確かに……だが。

『大丈夫。……私に身を委ねればいい』

 ……委ねる?

『そうさ!ただ委ねていればいい。何も考える必要はない。君はただゆっくりと身を任せていれば、それだけで全て上手くいくよ……』

 ……上手くいく?

『もちろんさ。だから、さあ力を抜いてごらん。ただ楽にしていればいいんだよ』

 …………。


『そう君はただ…………【怠惰】に!』






(あれはガブリエラ……ミスティもいるわね。それにしても何てことを……)


 シンリの後を追い、短距離転移とその驚異的な身体能力でアマルティアよりずっと早く村に到着したシズカは、その現状を確認しつつ先行した兄の姿を探していた。


「……ッ!」


 突然現れた、その凶悪なほどの魔力を放つ者の気配を感じて彼女は足を止める。離れた場所ではミスティとガブリエラもそれに気づいて身構えていた。


「……これはお兄様?……いや、それにしては何かが……」


 未知なる脅威に備え、彼女は警戒しつつその魔力の発生源へと歩を進めた。


「……嘘よ。こんな……」


 そこで彼女の瞳に映ったのは……圧倒的な魔力をその身に纏う、異形の姿であった。

猛暑による体調不良と激務でダウンし、更新がすっかり遅くなってしまっています。

楽しみにしてくださっている皆様には大変申しわけありません。

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