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「…………とまあ、以上が俺が見てきた神聖国の実情だ」


 冒頭で、俺は先日マリエ救出の際に見てきた神聖国の状況を説明した。

 やはり対外的には情報操作がなされていて、豊かな国だという評判ばかりを聞いていたのだろう。皆一様に下を向き、言葉を失ってしまっている。


「こないだ村が襲われた辺りから、どうにもキナ臭い感じはしてたんだけどねぇ」


 最初に口を開いたのはギルドの帝都本部長バービー。彼女は先日シイバ村が襲撃された際には、マリエ救出戦に参加していた。


「まあな、まさか各国が目を光らせているデジマールでまで騒ぎを起こすなんざ、さすがに予想外だったがな」


 そう言ってバツの悪そうな顔をするダレウス。彼は正体を隠して参加した武闘会で、まさにその被害に遭った当事者だ。


「ふう。シンリさんには隠す必要もないですね。皆さんもこれからお話しする内容は忘れてくださいますよう……」


 徐にシルビアが口を開いた。面識があるボルティモアなどにはすっかりバレバレだが、彼女はこの王国の第一王女。表向きではない情報を得ていたとしても何ら不思議なことはない。


「報告によれば、あの国はここ数年急速に軍備を増強しています。先ほどの話に出てきた人間の平民達。彼等が貴族階級を目指す最も簡単な方法をご存じですか?」

「まさか……」

「いいえシンリさん、その通りなんですよ。身内を志願させて軍に入れること、そしてその者が軍内部で手柄を立て出世することで、家族もただの平民から抜け出すことが出来るんです」


 なるほど……そうしてひたすらに他人を蹴落とし、己の功績のみを欲する兵達は周囲への影響など全く考えることもなく、あまつさえ先日のような暴挙にまで出るということか。


「……そして、そんな立身出世の志さえ持てないゴミ共は、亜人種迫害して憂さ晴らしってか。どこまで腐ってやがる!」


 胸糞の悪くなる話が続き、ダレウスはそう言って柱を叩く。……だが止めろ、屋敷が壊れる。


「それらを踏まえた上で聞いて欲しい。これは俺の仲間達、いや大切な家族である皆にも、まだ話していないことだ……」


 重苦しい雰囲気の中、俺は皆の輪の中心に立ち話を続けた。


「俺は再び神聖国に行く!」


 勘のいいシズカやセイラは表情を変えなかった。アオイやガブリエラはさも当然ですといった感じで頷いている。

 やや動揺した様子のツバキ、ナーサ、そしてアイリ。ツバキやナーサはこの手の差別や迫害といった話題が正直苦手だ。アイリに関しては、さらに外見が最も迫害の対象となりうる獣人である。


「シンリさん……それはどれくらいの期間を考えているの?」

「そもそもシンリ。お前さん何をやらかそうってんだ?」


 シルビアとダレウスが続け様に質問をする。シルビアには今、王国からの援助で学園に通わせてもらっているし、ダレウスはもっと別な意味で不安に感じているのだろう。


「いつまでになるかは、正直わからない。何をやるか……いや、何が出来るのかもまだよくはわかっていないんだ」

「なんだい、なんだい!何もわかっちゃいないけど行きたい?アンタは物見遊山にでも行く気かね?」


 あまりにも無責任な答えに聞こえたのだろうか。問いかけるバービーの口調には、明らかな苛立ちが含まれている。


「そんなノリでサクッと神聖国を滅ぼしちゃうのがお兄様ですわよね!」


 険悪になりかけた場の空気を和ませるように、シズカがそう言ってやや物騒な茶々を入れた。ってか、数人うんうんと頷いているけど、まさか俺ってそんな印象なのか……。


「俺やシズカがよく知る主人公最強系ラノベなら、ここは当然そんな場面なんだろうな……。だけど、実際にここで圧倒的な戦力を以ってあの国を蹂躙したとして、それでどうなる?ただ支配者が変わるだけで、後には戦火に巻き込まれ傷付いた民衆と荒れ果てた国土が残されるだけじゃないのか……」


 俺の仲間達、そして冥府の森の圧倒的な戦力を投入すれば、国落としなど簡単なことかも知れない。だが……。


「向こうにも、その理不尽に武力で抗おうとする者がいたよ。その力はここにいるダレウスさえ凌ぐかも知れないほどの実力者だった」


 解放の戦士アテナと名乗り、今も戦い続けている山羊人族の女戦士アマルティア。俺は彼女の戦う姿を思い浮かべながらそう言った。俺の存在が無ければ、恐らくはこの世界で最も危険視され、単騎で国を脅かしかねないレベルの実力者ダレウス。そんな彼以上との俺の言葉に、一同驚きを隠せずにいる。


「そんな力を持っていてもはっきり言って大した効果は上げられてないように思えた。中身もないのに希望だけを与えて人々を翻弄し、人間達からはさらなる反感を買うだけ……」


 さすがに彼女の言葉に扇動された民衆が黒壁に押し掛けて飢餓状態にあることは明言を避けたが、彼女が精一杯頑張れば頑張るほど、それは空回りにしかなってないように思える。


「今、飢えた者に必要なのは武力じゃない。一切れのパンや水なんだ……」


 あの黒壁前の難民達には、すぐにでもそれが必要だったんだ。それで救えた命がいったいいくつあっただろう。

 何の手段も持ち合わせていなかった、あの時の自分の無力さ……その悔しさは鋭利な刃となって俺の心に突き刺さったまま。


 だからこそ俺は……。


「今日、この場に集まってもらった皆に改めてその目的を話そう」


 ただ、戦って暴れるだけの最強系主人公にはならない。


「俺個人はちっぽけで……そして、無力だ。この両手で救える命なんて、たかが知れている」


 多くの難民達を、虐げられる亜人種の民を、根本から救うには俺だけじゃダメなんだ。


「だから、どうか……」


 今こうしている間にも、多くの命の灯が消えている。もう、知らぬふりは出来ない、俺は……彼らを救いたい。


「皆さん、この俺に力を貸してください。お願いします」


 そう言って俺は、精一杯の気持ちを込めて……深く、深く頭を下げた。






 この場の誰もが、彼が如何に強く強大な力を持つ存在なのかを、これまでの体験で少なからず知っている。目にしてきた異常な強さ。だが、それすらも全力や本気とは思えない。まさにこの世界の常識を逸脱した、規格外な存在。


 そんな彼が無関係な民衆の境遇を憂い、彼らのために頭を下げている。

 彼の力なら、その気になれば金でも食糧でもいくらでも奪ってくることが可能だろう。それどころか、一言脅すだけで全てを差し出す者さえ少なくはないはずだ。


 しかし、彼はそうしない。


 高圧的に脅すでもなく。馴れ合いに甘えるでもなく。ただ、真っ直ぐに、そして真摯に礼を尽くして頭を下げる。


 シルビアは、今はっきりと自らの選択が間違っていなかったことを確信した。

 ダレウスは、流石はセイラさんの息子だと、何故か胸を張る。

 セイラとオニキスは、彼に出会えたこと、家族になれたことに心から感謝した。


 シズカは『チートな主人公による異世界NGO』などと、まるで某web小説サイトにありがちなタイトルを思い浮かべながら、自慢の兄に熱い視線を送る。

 アイリやツバキ、そしてナーサは自らが救われた時のことを思い出し、彼のそんな優しさにこそ強く惹かれているのだと自分の想いを再確認した。


 ボルティモアは計り知れない彼の器の大きさを感じて、改めて帝国と彼とが友好的な関係であることに安堵する。

 バービーは正直にそれを『危い』と感じた。民衆にそこまで肩入れしてしまう彼は、果たしてその民衆にどうしようもない理不尽が襲いかかった時、いったいどうなってしまうのか。その先を考えると、背筋が冷たくなってしまうのだ……。


 ガブリエラは、彼の剣であることに誇りを感じ、アオイは次の旅が『婚前旅行』なのか『新婚旅行』なのかを解析中。

 エレナは、何故か彼に鞭打たれながら砂漠で強制労働させられる自分を想像してヨダレを垂らし、ミリアとラティがそれを冷ややかな目で見つめている。


 彼の周囲では、それぞれのそんな想いが渦巻いていたりもしたのだが、頭を下げたままの彼は、そんなことなど知る由もない。

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