出航!
「そんな!どうして全員で神聖国に乗り込みませんの?」
待ち合わせ場所にした旧妹茶館二階の個室に、そんなシズカの声が響く。ちなみに妹茶館はフェスタ用の出店だったので当然フェスタ終了とともに閉店となったのだが、再開を望む声がすでに出始めているらしい。
「当然だ。今回の救出行は速さと隠密性が求められる。わざわざ大勢で押し掛けて敵に存在を報せることもあるまい」
「それに……シンリの仲間は人目を引きすぎる」
「……そう、ですわね」
ヴェロニカの言葉を受け、シズカが今室内にいる仲間達を見回し、顔を伏せる。
確かに、黒髪忍者、ケモミミ、天使、魔動人形……エレノアやナーサ不在とはいえ、ここにいる面子だけでも十分過ぎるほど、濃い。
ちなみにシズカ……お前もかなり濃いからな。
「でも、どうしてその二人なんですの?隠密性や速さなら大差無いと思いますが」
今回の救出行。俺と共に潜入するのはガブリエラとアオイに決めていた。それは二人の高い機動性と、両名ともに姿を消せるという絶対的なアドバンテージがあるからだ。
「飛行能力と透明化だ。これ以上、今回の作戦に打ってつけなスキルは無いだろう」
「……ですが」
『それにですね。アイリさんやツバキさんのような亜人種の方は、あの国には近付かない方がいい。いや、行くべきではないと私がシンリさんに進言しました』
そう、今回の作戦の人選をするにあたって、ゲルンストからは亜人種の仲間を連れて行かないようキツく言われている。見た目は人と変わらないツバキでさえ、目立ち過ぎる黒髪のため同行しないほうがいいと言うのだ。
というのも、神聖国では過度な亜人種差別思想があるからということらしい。
聞けば聞くほどおかしな国だ……。
「とにかくだ。今回はこの二人を透明化して同行させる。ミスティも一緒だし、それに奪還作戦に必要であれば転移でいつでもお前達を迎えに来れるだろう」
「……仕方ありませんわね。でもお兄様、くれぐれもお気をつけ下さいますよう」
ついに諦めたのか、そう言ってしおらしく頭を下げるシズカ……さて。
「話が纏まったところで……シズカ、お前に幾つか言っておくことがある」
「あら、なんでしょうお兄様?」
「アオイ!」
『御用件は何でしょうと当機は告げますロボ。私の旦那様ロボ』
今朝早く、アオイをみんなに紹介し仲間になった経緯などを説明した。その後、シズカがアオイに俺達全員の事を色々教えておくと連れて行ったのだが……。
「アオイ。語尾にロボを付けるのはナシだ」
『了解。命令内容が変更されたと当機は告げます。私の旦那様』
確かに、アオイのキャラは際立っていてイジリたくなる気持ちもわかる。だが、シズカの元から帰った彼女は色々と間違った要素を加えられていたのだ。
「それに、その某ボーカロイドを完全に意識した髪型も不許可だ。結ぶなら……そうだな、ポニーテールなんか似合うと思うぞ」
『了解。旦那様の好みが最優先であると当機は告げます』
そう、彼女の長く美しいブルーの髪。それは頭の両側で束ねたツインテールになっていた。……というかシズカよ、ツインテールはお前のアイデンティティじゃないのか。
「面倒だな。アオイ、シズカに新たに命令された事項を言ってみろ」
『了解。再生します……ザ、ザザ……いいこと、好物を聞かれたらドラ焼きと答えること。ネズミが苦手ってのもいいわね。決め台詞はやっぱり「◯ックミ◯にしてあげる!」よね。あと、出かける時は「アオイ行きまーす!」これ言うとお兄様は喜ぶわ。あと…………」
「アオイ、もういい……とりあえず、その時のシズカの命令は全て消去していいぞ」
『了解。命令の消去を実行したと当機は告げます。旦那様』
うん。悪ノリし過ぎだシズカ。まあ、昨夜は落ち込んでいたから、その反動なんだろうが……。
「いいかシズカ。アオイは確かに人間ではない。だけど俺は人として扱うし、お前達同様家族になったという認識でいる」
『家族。つまりは愛妻であると当機は告げます』
「うん。少し黙ってろ」
『了解』
こういった冗談めいた発言はあれど、彼女に『人間』だった頃の記憶は全くと言っていいほど残ってはいなかった。気の遠くなるような長い長い年月の休眠状態。残されたマナで、その組織や機能の維持を優先すべく、当時のデータと共に『アオイさん』であった記憶も壊れて消えてしまったのだ。
そんな中でも、彼女が当時に『神造炉』と交わしたあの『約束』は、このアオイこと『特攻撃型魔動人形A-01』の最重要項目として保存され、『神造炉』を持つものが迎えに来て、彼女の本当の名前を呼んでくれる日が来るのを、ただひたすらに待ち続けていたのだという。
ちなみに例の認証コードは、もちろん変更済みである。
「今、彼女はこの指輪を通して俺から常時マナを供給されている。そのおかげで、壊れたデータの復元も進行中らしい。無論、完全に復元出来るとは限らないし、それに長い年月がかかるそうだ。それでも、さっきみたいな発言に彼女の中の『人間らしさ』を感じないか」
「確かに、そう言われれば……」
「そうだろ。だから俺はみんなにもアオイは人で、仲間で、そして大切な家族だと思って接して欲しいんだ」
「お兄様……」
俺の言葉を受け、シズカはアオイに侘びの意を込めて頭を下げた。そうして他の仲間達も、改めてアオイと握手を交わしている。
『いやはや、素晴らしい!本当に素晴らしい御人だ、貴方は!』
そんな仲間達の様子を心温まる思いで見ていると、突然ゲルンストがそう声を上げた。
「何なんだいったい?そんな大袈裟な」
『いえね、貴方は私や彼女のように不確かな存在すら、自分と同等に扱われるんだな。とつくづく感心しましてね』
「そんなこと、当たり前じゃないか」
『いぇいぇ、それを当たり前と思えてしまうことこそ、素晴らしいのですよ!やはり貴方こそがあの国へ行くべきなのです』
さっきからゲルンストは興奮しきりだが、俺には何が何やらさっぱり解らない。
だが、神聖国に入った俺はその意味を嫌というほど見せつけられることになるのだが、それはまだ先の話だ……。
「出航っ!」
午後。学園都市の浮かぶアオイ湾の北方、デジマール最大の貿易港『サセボー港』から俺達を乗せた船が出航した。
俺達以外は全員がメリッサの国軍兵士や士官のみ。黒を基調とした制服を見て、日本の学生服を思い浮かべたのは内緒である。
驚くべきなのか、これが普通なのか、彼らの中には半透明や実態化させた『霊』を伴っている者が多く見られた。さっき見たイケメンの士官などは三人の霊体の女性を連れていたが、彼は一体何をしたんだ……。
『……とにかく時間との勝負です。多少荒れてもこちらの航路を……』
ぶらぶらと船内を散策していると、司令所らしき立派な部屋の中でゲルンストを中心として数人の士官が話し合っているのが見えた。もしかして……俺は彼を過小評価し過ぎていたんだろうか。このところ彼は本当に頼れる存在だ。
後ろで不格好な黒い縫いぐるみを抱いたヴェロニカの存在感がすっかり薄くなって……。
……黒い縫いぐるみ……。
「うぉい待てヴェロニカ!」
「ん、シンリ。子作りしたくて来てくれたの?」
いかん、あまりに驚いて声がうわずってしまった。
でもシズカ達の元に残してきたアレが何故だ。あのサマエルは、ついさっきまで見送り組のアイリの肩に乗っていた。船が動き出す時も俺はその姿を見ていたはず……。
まさか、俺が船内に姿を消すのを見計らって、飛んで乗り込んで来たというのか?何てことだ。……ははは、やられたな。
「それはまた今度な。それよりもその縫いぐるみ。それは俺が大事にしている物なんだ。気をつけてくれよ」
「……今度……シンリがついに……ブツブツ」
ヴェロニカには俺の話が聞こえているんだろうか。なにやらずっとブツブツ言っているが……。まあいい、サマエルなら嫌になれば自分で飛んで逃げて来るだろう。
しかし……今回のサマエルはやけに強引だな。学園に連れて行かなかったからなのか……。




