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魔力の逆流

 ガシャァァーン!


 連撃を繰り出していたアイリが、突如前屈みに倒れ両手を地面に着いた。

 見れば、対するダレウスの『金剛気』も消え、珍しく地に片膝を着いている。


{シンリ、何かおかしいわ。会場中から魔力が奪われているみたい!}

「さっき一瞬、妙な波動を感じたからな……。事情を聞きたい。すまないが彼女(ロロ)にも加護を」


 会場全体を襲った異常事態。ミスティの加護を常に受けた俺にはもちろん何の影響もない。だが観客や結界発動の魔力補助に呼ばれた魔導士達もすでに地に伏せ立ち上がることが出来ずにいる。

 この感じは、あの魔法科訓練室での魔力徴収によく似ている。だとすればここのシステムを誰よりも熟知しているロロに意見を求めるのが一番だろう。俺はそう考えてミスティに頼み、膝の上でぐったりしているロロに癒しと加護を与えてもらった。


「こ、これは……。これもおぬしの力か、すまんの」

「そんな事はいい。それより何が起こっているんだ?」


 彼女は未だやや虚ろな目で会場中を見回す。


「ふむ。結界自体は保持されたまま……いや、より魔力が必要な闘技場部分の結界はすでに消えかけておる。これは恐らく、魔力供給システムの暴走による逆流じゃ……しかしそんな事が、なぜ」

「考えるのは後だ。ミスティに影響緩和の結界を張らせておいたのが幸いして観客に死者は出ていないが、このまま魔力を吸われ続ければ多くの者が命を失うぞ!対応策はないのか?」


 本当に偶然としか言いようがない。ダレウスとアイリの異常な魔力や気に当てられ気絶する者が出ないようにと、観客席をすっぽり結界で覆っていたのが幸いし誰もがギリギリのところで、その命を失わずにいる。だが、魔力は生物の命の根幹から湧き出るエネルギー。それらを吸われ続ければ当然命に関わる。

 一般の人が持つ魔力の総量など微々たるものだ。ミスティの結界がなければすでに会場中で死者の出る大惨事になっていたところ……おっと、いかん。


「ミスティ、範囲を闘技場内に広げてくれ。あのおっさんが死にかけている」

{あら、あの子(アイリ)だけでいいのかと思ったのに。しょうがないわねえ……}

「すまんな。それで、正直どのくらい維持できそうだ?」

{ここまで範囲を広げれば私の結界自体の魔力も少しづつ持って行かれるわ。それに癒す度に魔力が枯渇する弱い者が多過ぎる。彼らはもって三十分ってとこかしら}


 確かに、これだけの広範囲。それも魔力を奪われながら、さらには多くの者を死なせぬように最低限の癒しも与え続ける。いくらミスティでもこれらを同時に続けるのは困難だ。三十分、何としてもこの時間内に事態を収めなければ。


「……シンリよ、ここでは埒があかん。ともかくワシの部屋へ向かおう!」


「ハアハア、シンリ様。これはいったい?」

「アイリ大丈夫か?」


 ロロからそんな意見を聞いていると闘技場の外壁を乗り越え、アイリが俺の下に駆けつけた。ミスティの判断で途中から魔力吸収を遮断したとは言っても、試合での消費と強制的に吸われた魔力不足が深刻なのだろう。珍しく息を乱し、明らかに調子が悪そうだ。


「おいでアイリ……」


 俺は膝からロロを下ろし、跪いた姿勢で肩で息をするアイリの正面にしゃがみこんだ。


「わかるな?」

「は、はい。久しぶり……ですね」


 彼女の顎をくいと上げさせ俺は顔を近づける……


「彼女に魔力を……【色欲眼(アスモデウス)】!」


 魔眼を発動し魔力を譲渡するべく口づけをした。横であわわと言いながらロロが見ているが、今は非常事態。仕方あるまい。

 仲間達と比べても俺の魔力の総量は異常だ。急いで流し込めば相手の総量をあっさり超えて内部からその体を破壊しかねない。シズカほどの容量を持たないアイリならなおさら。俺は十秒ほどの時間をかけ、ゆっくりと彼女に魔力を譲渡した。


「……あんっ」


 唇が離れる瞬間、口惜しそうな声を上げ、俺の唇を追うような仕草を見せるアイリ。

 いや、本当に非常事態なんだからな……可愛いけど。


「アイリ、仮にこの事態が人為的なものだと考えれば、ミスティの力で魔力の吸い上げが邪魔されているのに気付いて誰かここに来るかも知れない。キミにはこの会場全ての人々を護ってほしい!」

「了解しました!」

「じゃあロロ……ロロ?」


 刺激が強過ぎたのだろうか。ロロはブツブツと『キスしたキスした……』などと呟きながらフリーズしてしまっている。


「おいロロ!そんな場合じゃないだろう。時間がない、すぐに学園長室に向かうぞ!」

「あ、ああ!そうじゃったな……す、すまぬ。ひゃあぁぁ!」


 俺はあたふたとするロロを小脇に抱え、走って闘技場の外を目指した。未だ結界の残る闘技場内から転移して、何らかの干渉を受けるのを避ける為だ。


「おかしい……施設の警備システムが全て機能しておらん」


 現在はフェスタの真っ最中。学園関係者以外にも多くの一般の者が出入りしているため、学園施設内への出入りには細かな認証が必要であり、一般に貸し与えられた許可証では入れないようになっていた。それなのに、俺達は一度の認証を受けることなくこの学園長室の中まで到達出来てしまったのだ。


「ステイン!ステインはおらんか!」


 彼女が大きな声で怒鳴るように呼びつけると、並外れた速さで気配が近付き、例の男が姿を見せた。


「これはネザーランデ様、ご無事で何よりです」

「一度しか聞かん、正直に申せ!これはヌシの仕業か?」


 部屋に入って跪く彼の前、机の上に立ち上がってそれを見下ろすロロは射抜くような視線を向けながらそう尋ねる。


「いえ、私は関与しておりません。ただ……」

「ふん、幾人か離反したと言いたいのじゃな。して、ヌシは何とする?彼奴等に加勢してここを崩壊させるか?ああん?」


 あれこれと聞きたいのは山々だが今は一刻を争う事態。事の真偽を問うよりもまずは彼の立ち位置を確認すべく、彼女はさらに高圧的な態度でそう問いかける。


「いいえ。これは一部とはいえ我ら『結界衆』始まって以来の失態。後にいかな処分が下されようとそれに従うつもりでおります!」

「……わかった信じよう!」

「はっ?」

「そちを信じると申したのじゃ。時間が惜しい!指示は一度で聞き取るがよい!」

「は、はは!」


 本当に彼の耳にはこの計画がもたらされなかったのだろう。歯噛みしながら彼がそう言って深々と頭を下げると、彼女はあっさりと彼を信じると言ったのだ。それに驚いてぽかんと口を開けたままのステイン。彼のこんな滑稽な表情は珍しい。


「よいか、ワシはシンリと共に下層へと降りる。そちは残った『結界衆』を纏め、一般客の救護と学園の防衛に向かうのじゃ!」

「ははっ!」


 ロロからの指示を聞き、彼は学園長室を後にした。慌ただしい数人の声がそれに続いて行ったので、まだこちら側に残った『結界衆』も数多くいるということだろう。


「ロロ、ちょっと保険をかけて来る」


 俺はそう言って『妹茶館(システリア)』に転移し、客や他の従業員にわからぬようシズカに事情を話した。これですぐに彼女とツバキが学園の防衛に加わってくれるだろう。それなら仮にこの学園を奪おうと一国の戦力が攻めてきたとて十分防げる。


 学園長室に戻るとロロの巨大な机が天井付近までせり上がり、大きく頑丈そうな扉が出現していた。

 今から向かう第五層とやらにはもちろん行ったことがないので転移は出来ない。時間が惜しい俺達は再びロロを抱きかかえ、その扉から下層を目指して降りて行った。


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