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夜景見物と奇妙な夢

 アイリが本戦出場を決めたその日の夜。俺と仲間達の姿は寮の屋根の上にあった。


「綺麗ですわね。まるであちらの世界の夜景みたいですわ!」


 店の片付けを済ませてきたシズカは、屋根上に座る俺の右肩に寄り添っている。

 彼女はこの二日間妹茶館(システリア)にかかりっきりで、フェスタで賑わう街をろくに見てもいない。そこで今夜くらいは店を早めに片付けて、名物の夜景を一緒に見ようと誘ったのだ。

 膝の上にはツバキ、そして左肩にはアイリが寄り添う。

 マリエやヴェロニカは誘わなかった。それは、今夜は『家族』のみでフェスタを楽しもうと考えたからである。


 学園都市内も綺麗だが本土市街地の夜景は圧巻の一言に尽きる。大小様々なランタンの優しい光。それらは並び重なり合って幻想的な光の野を作り出していた。


「ところでお兄様、彼女達もいずれ家族に迎え入れるおつもりなんですの?」


 そんな美しい夜景を楽しんでいると、ふいにシズカがそう問いかけてくる。アイリやツバキも気になるのだろう、顔を上げ俺の答えを待っているようだ。


「マリエはそれを強く望んでいるようだな。狙われている件もあるから学園では行動を共にするつもりだが、仲間としての実力不足は否めない。今後の旅に同行させるかは、正直まだわからないな」

「うふふ。彼女にとってお兄様はヒーローそのもの。その強い憧憬が愛情へと変わっていても不思議はないですわね」


 シズカの意見にあの事件の現場に立ち会っていたアイリもうんうんと頷いている。


「ヴェロニカはいい娘だよ。だが些か状況に不明な点が多い。好意を寄せてくれてはいるようだが……」

「彼女は、まあそうでしょうね。キャラとしては是非欲しいところですが、現状では仲間にしたその先に危険なフラグが待っているような気が……」


 どことなく俺達と似たような匂いのするヴェロニカ。そんな彼女に対して仲間達も好意的な感情を持ち始めている。しかしシズカの言う通り、深く関われば何かしらのトラブルに巻き込まれそうな予感がするのだ。


「では、後の二人はどうなさいますの?」


 再び俺の顔を覗き込み、シズカは悪戯っぽく微笑みながらそう尋ねる。


「ヴァネッサもアリスも、待つ人々や帰る場所がある者は、無理に俺達に関わらせたくはない。残る魔眼の件や黒の使徒との因縁……。俺達の向かう先には常に危険が付き纏うだろうからな」

「あら、お兄様。ワタクシ『二人』としか言っておりませんのに。すぐに女性を連想されるなんて……まさかあのドリルにハートを貫かれましたの?」

「なっ…………」


 反論しようとしたのだが、そんな俺の反応を見て本当に楽しそうに笑う彼女の笑顔に、すっかり溜飲を下げられて続く言葉を飲み込んだ。


「すべて手に入れればいいのです……」

「…………っ!」


 そんな呟きを残し、隣のシズカの姿が消える……。

 どうやら転移を使ったらしい。気配を追って振り返ると後方にある屋根の尖った部分の先端にちょこんと彼女が立っていた。


「ご存知ですかお兄様。この世界の王族や一部の貴族階級には重婚が認められているんですわよ」

「それは聞いたことがあるが、そんなものにホイホイなれるわけがないだろう?」

「簡単なことですわ!お兄様が国を作り、その国王になればいいだけではありませんか」

「何を馬鹿なことを……。そんなのはラノベの中だけの話だ。現実にはありえないよ」


 自分が治める理想の国……それはニャッシュビルを訪れ彼らの境遇を聞いた頃から考えてはいることだ。

 常に野盗や盗賊、魔物達によって命の危険に曝される村々。オニキスのような子が望んでも通える学校もない。

 それらの問題を解消する最も単純で同時に最も難しい手段が、自分の国を創るということ。

 だが、ある程度国々の線引きが済んだこの世界で新しい国を興そうとするならば、それは即ち他国の領土を奪うことに他ならない。

 自分の理想のためとは言っても、平和に暮らす人々からその土地を奪うような真似は絶対にしてはダメだ。そうやって奪った国土で、誰が笑顔で暮らせるものか……。


「うふふ。宣言してもいいですわ!……予言かしら?いいこと、お兄様はいずれ王になる!」

「おおー!」

 コクコク!


 黙り込んだ俺に向かって、シズカは胸を張ってそう宣言した。まったく、今夜のシズカは何のスイッチが入ったんだ。他の二人も同調しなくていいからな。


「わかったわかった……。じゃあそろそろお開きにして部屋に戻ろうな」

「「「おおー!」」」


 ……お前ら、それ気に入ったのか。






 ……ここは、どこだ?

 俺は確かに自分の部屋で眠ったはず……魔眼を……ダメだ発動しない。

 だとすれば考えられるのは『夢』の中だということ。それにしては鮮明過ぎるし、何でこんなに思考が出来るんだ?


 あれから、悪ノリして『おおー!』を連呼する仲間達を寝かしつけ、部屋に戻った俺は気疲れからすぐに眠りについた。

 だが、確かに瞼を閉じたはずなのにやたら視界が明るいことを疑問に思い、意識をそちらに向けると俺はどうやら見知らぬ部屋の中にいるようだった。部屋の中には数人の白衣を着た者達がいて、何やら忙しそうに動き回っている。とりあえず彼らのステータスから情報を得ようと魔眼を発動しようとしたのだが、やはり俺の目は閉じられているようで発動出来ない。

 それは俺自身が未だ睡眠状態にあるということ……つまりこれは『夢』だ。

 でも夢ってこんなに色々考えられるものだったかな。まあ、夢なんて忘れているのが普通だから正解はわからないが……。


「サンプルD-8による実験を開始します」

「うむ」

「点火しました。起動を確認。内部圧力一定量で上昇中……」

「マナは、マナの生成は確認出来たのか?」

「温度の異常な上昇を確認。中和剤投与……なおも温度上昇!冷却装置でも追いつきません。サンプルの組織が融解します!」

「実験中止だ!くそっまたか……」


 まるで俺は固定されたビデオカメラのようだ……。

 彼らは口々によくわからない事を言いながら俺を何度も覗き込み、そして何やらファイルに書き込んで記録をつけている。そしてその責任者であろう男性は悔しげに机を叩き、他の者達が退室した後も一人書類と向き合っていた。


「また徹夜する気?お父さん」


 そう言って入室してきたのは長いブルーの髪をポニーテールにした活発そうな若い女性。


「……か、すまんが仕方ないだろう。今日使ったのは屈強な魔獣の体組織だぞ。あれほどの素材を使っても耐え切れないなんてどうすればいいんだ!」

「ふうん、困った子だね。こんにちは、いやもうこんばんはかな。私は……だよ!よろしくね」

「ふん、装置である『神造炉(デウスカルディア)』に意思などないわ、このおてんば娘め!」


 その女性は人懐っこい笑顔で俺を覗き込み自己紹介した。

 だが、それを見つめる男性。つまり彼女の父親はそれが面白くはない様子。


「あ、ひど−い!ねえ、キミもひどいと思うよね?」

「何がキミだ。お前もいい加減魔動射撃(マナシューティング)など止めて、幸せな家庭を……」

「あーあー。キーコーエーナーイ!」


 何だこの状況は?俺は置物かぬいぐるみ代わりなのか……。彼女は俺を親しげにキミと呼び、父親と話しながらも離れようとはしない。


「お父さんの理論は間違ってない。この子はきっとこの世界全ての人を幸せにするよ!だから私はどうしてもその瞬間を見届けたいの。だからお嫁になんて絶対行かない!お父さん一刻も早く完成させてね、お婆ちゃんになる前に!ふふふ」

「そんなこと言って本当に結婚出来なかったらどうするんだ!」


「その時は……この子と結婚しまーす!うふふふ」


 そう言って彼女は悪戯っぽく笑いながら俺にちょこんとキスをする。

 そんな彼女の姿を見て呆れて頭を抱える父親。

 次の瞬間、二人の光景が一瞬ふわりと波打ったかと思うと、それらはすべて泡のように弾けて消え去った……。

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