誘拐
{シンリ、彼女についていった光妖精たちがざわついているわ。何かあったみたい!}
(彼女……マリエにか!)
そろそろ宴もお開きにしようかと考え始めていた頃、突然ミスティが俺に報せてきたのは、故郷のシイバ村にて両親と過ごしているマリエの身に何か起こったという悪い報せだ。
「お兄様……」
「シンリ様」
流石に、長い付き合いなだけはある。俺の僅かな表情の変化を感じ取り、シズカとアイリが反応する。
俺がそれに応えて頷くと、二人は俺が自然に場を離れられるようにと動き始めた。勘のいいセイラもそのことに気付いているようで、俺は誰に悟られる事なく場を離れた……はずだったんだが。
「水臭いじゃねえかシンリ!」
「まったく、アンタは変わらないねえ」
部屋に戻り、コートと刀を手にした俺を扉の前で待ち構えていたのはダレウスとバービー。場数の違う彼らの目は、誤魔化せないという事か……。
「……俺も、まだまだだな」
ここで言い訳を並べたところで、この二人は引くまい。何より時間の惜しい俺は、二人と共にシイバ村へと転移した。
「こりゃあ酷えな……」
村に到着すると、エバンスの家の周りにはすでに騒ぎを聞きつけた村人たちの人だかりが出来ている。
その中心には見る影も無く破壊された家と、中から村人によって助け出されたであろうエバンス夫妻、そしてハンスら数人の姿があった。
夫妻とハンスは特にかなりの重傷であったのだが、幸いにも三人とも死んではいなかったので、すぐに持参した『超回復丸』を与える。
そして他にも巻き添えで怪我をした人々もいるようだったので、少し離れた場所でガブリエラを召喚し、共に戻るとハンスがすでに意識を取り戻していた。
「シンリ、狙いはマリエだ。ハンスの話じゃ、賊が持っていた剣や鎧に、御光と女の横顔の紋章が入っていたらしい」
「御光と女性……」
ダレウスがハンスから聞いた話をまとめると、全員に揃いの装備を纏ったある一団が突然エバンス宅を襲い、抵抗した夫妻と夕食に呼ばれていたハンスや村人たちがその被害に遭ったのだという。
その中には魔法を使う者もいて、容赦無く家の中で魔法を放ち、家屋を破壊したらしい。
そして、誰もが抵抗出来なくなると彼らはマリエを連れ去っていったのだ……。
「思い出した!そりゃあアーネスト神聖国の紋章さね」
「神聖国……だったら簡単だ。奴らは港町ハクダに向かったに違いない」
「港町?」
「ああ、神聖国に戻るのに飛竜で一気に飛ぶのは不可能だ。それにここまで強引に動いた以上、一刻も早く王国を出ようと考えるはず。まず間違いねえよ」
「くそ……」
間違いなくマリエを攫ったのは、先日の一件に関わった者に違いない。ずいぶん簡単に引き退ったものだと思ったが……。
この時点で元聖少女騎士団員とジャクソン達とのやり取りなど知る由もない俺は、あまりに自分の警戒が足りなかったことを強く悔いていた。
{見つけたわシンリ。ここから北にまっすぐよ}
「わかった」
ミスティに探索させると、敵はまだそう遠く離れてはいないようだった。
だが、やはりダレウスが言う通りの北方、つまり港町ハクダがある方角を目指しているようだ。
俺はすぐさま、村人の治療を行っているガブリエラに頼んで運んでもらい、空から賊を追いかけることにする。
「ガブリエラ、見えたぞ。一旦追い越して前方の丘の上に降りてくれ」
「かしこまりました」
ほどなく、村からおよそ二十キロほどの場所を走る数頭の騎馬と一台の馬車を含んだ一団を発見した。村人達の証言とも特徴が一致するし、彼らがマリエを攫った者達で間違いないだろう。
上空から彼らを追い抜いた俺達は、その進路上の一キロほど先にある丘の上に降り立ち、岩陰に身を潜める。
このまま、俺一人で敵を殲滅してもいいのだが、先ほどの話から察するに他の国との問題になりかねない事態だ。それにうっかり敵を殺してまたそれを問題にされたのでは、他の仲間や、俺を気にかけてくれる人々にまで迷惑をかけることになるだろう。
すぐにでもマリエを助けてあげたかったが、焦る気持ちを抑えて俺は村に転移し、ダレウスとバービーを連れて再びその岩陰に戻った。ちなみに、ガブリエラは村にて残っていた軽傷者の治療をさせている。
「俺がなんとかして足を止めます。お二人はそれから、いいですね?」
「おう、任せとけ!」
「年寄りは労わるもんだがねえ、まったく」
血の気の多い年配者だ……。二人の身から溢れ出る波動はとっくに臨戦態勢になっていた。
「さて、どうやって止めるかな……」
足止めを考えていた俺の脳裏に、ふと実技の授業中にヴァネッサが見せた『岩の巨人』が思い浮かんだ。だが、そのまま俺がそれを使えば、とんでもないことになるのは目に見えている。
かつて師匠にも注意されたのだが、俺にはこの世界の魔法発動に使う呪文自体がどうやら合っていないらしい。それも俺が普通に魔法を使うと暴走する原因の一つとなっているらしいのだ。
ともかく、俺は魔法を使う時、ほとんどの場面では脳内でイメージしたものをそのまま発動しているに過ぎない。
こっちの世界では、よほど高位の魔導士か、相応の修練を積んだ者の中にごく稀に無詠唱で発動出来る者が現れるらしいのだが、俺は単にその方が簡単だからという理由でそうしているだけ。なんとも贅沢な話である。
「そうだな……手だけ。うん、手だけならどうだろう。それも人と変わらぬ大きさの手。それで馬たちの足を掴めないか試すとしよう」
そう考えた俺は、早速地属性のオレンジ色の光を身に纏いヴァネッサの見よう見まねで術を発動させた……。
以前、シンリ達と少々トラブルのあった元学園の生徒で、かつて聖少女護衛騎士団団長を名乗っていたクロード・エステヴァン。
彼の実家、エステヴァン家は本国に於いて現在、実質二番目に大きな権力を持つ名家である。
護衛騎士団などと名乗っていても、彼は所詮学生。しかもエステヴァン家の跡取り候補の一人であれば、当然その身辺を警護するため、多くの本職の護衛騎士が本国より随伴して来ているのだ。
突然学園を退学したクロードに命じられ、聖少女の故郷たるシイバ村を見張るように言い渡されていたこのミヒャエルも、本国から来たそんな護衛騎士の一人である。
「最初にあの命令を聞かされた時は、何ヶ月待たせるつもりかと腹も立ったが……。まさか、こんなにも早く村に戻って来ようとはな」
「まったくですね。我ら誇り高き騎士団がまさか野盗の真似事をさせられるとは夢にも思いませんでしたが。これでエステヴァン家の権力も盤石。我々の将来も約束されたも同然ですよ」
「盤石か……。確かに、他の聖母候補様と比べても、聖少女様は群を抜いているからな。ご当主様もお喜びになるに違いない」
そう言って部下と話していたミヒャエルは、後続のマリエの乗せられた馬車をちらりと見て微笑んだ。
このまま向かえば、港町ハクダまでは一週間ほどかかる道程だが、彼らが一日ほど走った森の中には別働隊が飛竜を待機させている。そこまで逃げ切れば船までは文字通りひとっ飛び。追っ手の心配も無くなるというものだ。
「まあ、追いかけて来る者などいるはずもないがな」
「まったくです。あの、ハンスと呼ばれていた男以外はただの農民ばかりでしたからねえ」
「結局、俺たちが当たりだったって事だな。これで本国に帰ったあかつきには、騎士団長の地位も夢じゃないかもな!はっはっは」
「流石であります。ミヒャエル騎士団長殿!」
「あっはっは。馬鹿が、からかうんじゃ……。おい!な、なんだこの揺れ?」
「くっ、馬が……。落ち着け、この!こ、これは地揺れ……?」
呑気にそんな事を話していた彼らの足元が突然小刻みに振動を始める。
敏感な馬たちは、各所で足を止めて動揺を見せ、騎士達はそれを鎮めるのに必死になっていた。
……だが、その振動の波は徐々に強く激しさを増す。




