里帰り
「おらあ、若けえんだからもっと来い!うらあ!」
「く、もう一丁。うおおおおおお!」
「く、私の蹴りを躱しもしないなんて…。これは屈辱ですね」
ああ、うるさい……。今、屋敷の庭ではダレウスと他二名による組手の真っ最中。
最初はやけに緊張していた二人だったが、見かねたダレウスの提案で庭に出てからはすっかり元気になって、全力でダレウスと戦っている。ダレウスは『金剛』を発動すらしてないのだが、やはりそこは経験の差。二人は軽くあしらわれているようだ。
「それで……なんで貴女までここに来てるんですかシルビアさん?」
そう、屋敷の中に入るとラティやセイラ達に混じって、エプロン姿のシルビアの姿があった。
ヴェロニカや帝国出身の二人は知らないかもしれないが、彼女は実はこの国の王女。こんなところに居ていい存在ではないのだ。しかもエプロン姿で……。
「でも知らなかったわ。シンリさんとマリエさんが以前に出会っていたなんて」
「私もまさか王……いえ、シルビア様がギルドにお勤めだったなんてびっくりです」
彼女がマリエと会ったのは学園に出発する前の一度きり。多くを語る時間があるはずもないのでシイバ村での一件を知らなくて当然だ。ちなみに話が面倒になるといけないので本来の立場については箝口令を出した。
「でも、会う度に新しい女性が増えるのねシンリさん……」
「……はあ」
いや別に俺が声をかけまくっているわけではないだろうに。しかもなぜそこで俺が睨まれる……。
「マリエさんはともかく、今回の方はずいぶん可愛らしいのですね。真っ白な髪で……白い髪……まさか」
俺から向き直り、ソファに掛けたヴェロニカを見たシルビアは、その白い髪を見て言葉を詰まらせている。
「貴女まさか、北の軍事国家メリッサの……ホッフェンハイム家……」
そこまで言ったところで、シルビアは再び言葉を詰まらせた。いや、正確にはいつの間にか彼女の耳元で何やら呟いているイケメン執事姿のゲルンストによって、言葉を遮られたというべきか。
シルビア以外の誰にも聞こえぬその呟きだが、俺にははっきり聞き取れた。
『お互い知られぬ方がいいことも多いでしょう?それに彼女は本当に魔法の勉強に来ているだけ。しかも今は毎日とても楽しそうだ。私はそんな生活を守ってあげたいんだけどねえ』
結局、シルビアはこの後ヴェロニカとも形ばかりの挨拶を交わし、キッチンへと戻って行った。
「さて、今日は行く場所が多い。とりあえずマリエ、シイバ村に行くよ」
「はい。シンリさん!」
「マリエの村、私も見たい」
「わかった。じゃあヴェロニカも一緒に行こう」
そう言ってまずはマリエの故郷、シイバ村に転移する。
「おお!おかえりマリエ。シンリさんもお久しぶりです」
出迎えたのはマリエの両親、エバンスとカトリーヌ。
この世界では、飛竜などを自由に使えない一般の者が移動するには長い長い時間がかかるものだ。その為、こうして卒業もせずに会うことなど絶対に無理だと思っていたのだろう。三人は感動して泣きながら抱き合っている。相変わらず仲のいい家族だ。
ふと見れば、ついて来たヴェロニカが俺の陰に隠れながら随分と羨ましそうにその光景を見ている。屋敷での一件といい、彼女も色々と抱えているものがあるんだろう。俺はそんな彼女の頭を優しく撫で続けた。
「エバンスさん、ご提案なんですが……」
あまりに再会を喜んでいるので、このまま引き離すのもどうかと考えた俺は、エバンスに一緒に俺の屋敷に来ないかと誘ってみた。ウチで食事をしながらゆっくりと再会を喜び、夕方になったら俺が両親をシイバ村に送ればいい。
「ありがとうございます。では妻の料理を幾つか準備いたしましょう」
「ママ、私も手伝う!」
そう言ってエバンス一家は家の中に入っていく。
待っている間に南門に移動すると、そこには以前同様に暇そうなハンスが立っていた。
「相変わらずだなハンスさん」
「うおっ!シンリじゃねえか。って、もうシンリさんって呼ばなきゃだったか?」
「シンリで構わないよ」
「おお、なら俺のこともいつも通りハンスお兄ちゃんって呼んでいいんだぜ!」
「……そう呼んだ覚えはないよハンス」
相変わらず暑苦しいノリな奴だ。ギルド間の通達で俺がS級になっている事はすでに知っているようだったが、こうして態度を変えない者のほうが接し易くてありがたい。
それからも少し話し、準備が出来たエバンス一家と合流して俺達は一旦屋敷に戻った。
「ママ、パパァ!もう、しっかりしてってばぁ!」
馬以外の移動を経験した事の無い二人には、転移は刺激が強過ぎたようだ。到着後からしばらく、二人は物言わぬモニュメントと化していた。
そんな彼らをよそに俺は次の移動先への準備をする。同行者はツバキとヴェロニカ。行き先はセイナン市だ。
「あ、ツバキちゃんだ!」
お馴染みの麦の香亭前に転移すると、店先を掃除していたテスラがツバキを見つけて嬉しそうに駆け寄ってきた。
ここに滞在してた間に、歳の近い二人はすっかり仲良くなっていたのだ。
「え、ツバキちゃん、これ貰っていいの?」
コクコク!
ツバキはデジマールで買った魚の形の髪飾りをテスラに渡していた。あれを選ぶのに随分町中歩き回ったが、喜んでくれて良かったなツバキ。
「わあい!お母さん見て、見てぇ!ツバキちゃんに貰ったのぉ」
「なんだいテスラ、そんな大声出して……あら、シンリじゃないか!久しぶりだねぇ」
俺達の声を聞きつけ、アンナが店先に顔を出した。奥を覗き込むと旦那のピエトロが厨房から手を振っている。
アンナ達に挨拶を済ませると俺はツバキとヴェロニカをアンナに預け、一人で次の目的地であるギルドへと転移した。
ギルドの扉を開けて中に入ると、途端に職員達がざわつき始めた。朝の混雑時は過ぎているので一階ホールにいるのはほぼ職員のみ。彼らは皆、俺の昇格を知っているのだろう。
「シンリさん、昇格おめでとうございます!」
軽く会釈をして階段を上ろうとすると、カタリナのその言葉を合図にしたように全職員から祝いの拍手が送られる。嬉しいようなむず痒いような、そんな拍手の雨の中、再度会釈をした俺は階段を上がっていった。
「流石は私のご主人様だな、シンリ殿」
「おめでとうございます!」
支店長室に入ると、ここでもエレナとミリアから祝いの言葉をかけられた。
なんでも、この支店でカードを作った冒険者で初のS級誕生とあって、これほどギルド中で盛り上がっているのだとか。
「いずれは一階のホールにこう、シンリ殿の肖像画を飾ってだな……」
「……絶対止めてくれ」
「では支店長室に……」
「却下!」
まったく……。そんな羞恥プレイは全力で阻止してやる。
とはいえ、俺達の事をまるで我が事のように感じて喜んでくれる人々がいるというのは、正直嬉しいものだ。
エレナとミリアは夕食の招待に応じてくれたので後ほど迎えに来ることになり、今日一日お休みをもらったテスラを加えた四人で屋敷に戻った。アンナとピエトロは夜も店を開けなければならないからと断られたが、差し入れに大量のパンを受け取っている。
「おかえりシンリ!メシの準備が出来てるぜ!」
「おかえり大将!いやあ、いい風呂だった」
「お先に頂きましたシンリ様。それにしても見事な風呂ですね」
屋敷に戻ると、風呂に入ってさっぱりしたむさ苦しい三人組に出迎えられた。
だから……ここは俺の家だぞダレウス。




