屋敷への招待
「なあ大将、来月のフェスタにはエントリーしないのかい?」
昼食時の食堂にいつものメンツが集まっていると、おもむろにジャクソンが不敵に笑いながら尋ねてきた。
『フェスタ』というのは、年に一度行われるデジマール最大のお祭りで、その期間中、街はどこも華やかに飾られる。
特に夜間、街全体に灯される色とりどりの様々なランプによる光の演出は幻想的で、各地から多くの人が訪れる一大イベントなのだ。
「エントリーって何だ?何か参加するようなものがあったかな」
確かに期間中は街中で様々なイベントが催されるとは聞いているが、はっきり言ってどんなものがあるかまではチェックしていなかった。
「何でい、お二人から聞いてないのかい?」
そう言ってジャクソンは、アイリとツバキの方を見た。
「いえ、我々はシンリ様の許可なくそのような……」
「主様次第……」
チラチラと気まずそうに俺を見る二人。何かはわからんが、それとなく俺の許可待ちな感じは見て取れる。
「魔法科の私達が知らないのも、無理はありませんわ」
そう言ってテーブルに歩み寄って来るのはヴァネッサだ。アリスはすでに俺達のいつものメンツに含まれているのだが、派閥の長たる彼女との昼食会は予約制で、来月までその予約がびっしりらしい。さすがは縦ロールの親玉である。
とはいえ彼女は、食事を早めに切り上げてきては、なぜだかここを訪れる……。
「やあ、向こうはもういいのかい?」
いきなり直球でそう聞いたのはアシュリーだ。
そう言えばこの二人は意外と前から普通に話してるんだよなぁ。もしかして二人は……。
「お兄様……何となく今考えてらっしゃることがお顔から伺えますが……鈍感系主人公でも目指すおつもりですの?」
「何だそれは?」
「……はぁ」
やれやれと、呆れ顔で首を振るシズカ。
すると、アシュリーとひと言二言交わしたヴァネッサが、俺に向かって話を続ける。
「フェスタ中、この学園主催のイベントも開催されます。その中の一つ『武闘会』の事を仰ってるんですわ」
「舞踏会?踊るのか?」
「かっはっは、違えよ大将!武闘のとうは『闘う』のとうだ。つまりは、腕自慢が集まってその強さを競おうぜって話だよ!」
いかんな、ヴァネッサが言うとそっちにしか聞こえなかった。
なるほどな……。
恐らく、普段の授業を受けてみて、アイリもツバキも自分達が周りの者より遥かに強者であることを実感しているのだろう。俺に許可を求めれば、当然彼女たちの意思を尊重するのは目に見えている。出たくはある。だが、俺が言う『目立たず過ごす』というのからは完全に逸脱してしまうと思って言い出せずにいたわけか……。
「普段の訓練を見ていても、どうやらお二人は実戦でないと退屈らしい。それに二人に言わせれば大将はその二人がかりでも足元にすら及ばないほど強いんだとか?」
「さあ、どうだろうな……」
そう言ってちらりと二人の方を見ると、アイリはすぐに気まずそうに顔を伏せ、ツバキはゼンマイ仕掛けのようにぎこちなく横を向く。ふふ、やっぱり二人とも、可愛いな……。
「わかった。二人は出場を許可しよう。俺は、やっぱりやめておくよ」
「俺達じゃあ、大将の刺激にもならねえか……」
途端に、ざわざわと空気が震える。
俺の話を二人に聞いて、是非とも手合わせしてみたいと思っていたのだろう。
ジャクソンはその笑顔とは裏腹に強大な威圧と殺気を俺目がけて放ってきた。さすがは学園最強。無敗の獅子の名は伊達じゃない。
だが、残念ながら彼のそれは父ニコラスほどでは無いし、はっきり言ってこの程度なら冥府の森に行けば下位の魔物でも発するレベル。俺の興味を引くには全く及ばないな……。
「チッ、やっぱダメかぁ……」
特に表情一つ変えることの無い俺を見て、気を引っ込めたジャクソンはそう言って悔しそうに頭をかいた。
この学園という世界の中に於いて、並ぶ者のいない寂しさ。なんとなく彼の気持ちは理解できる。
「まあ、アイリやツバキを倒せたら、その時はこちらから相手を頼むとするよ」
「ぜってぇだな!漢に二言はナシだぜ大将!よっしゃああああああ!燃えてきたぁぁ!」
俺のその言葉を聞き、俄然やる気に燃えるジャクソン。
いや、お前で二人に勝てるわけがないだろう……。
迎えたその週の休暇の日。
先週、嫌がるヴェロニカをヴァネッサのところに挨拶に向かわせるのと引き換えに、俺は彼女を屋敷に招待する約束をしていた。
そのために朝から寮を出て、待ち合わせ場所にて彼女の到着を待っていたのだが……。
「……えっと。どうして全員ここにいる?」
待ち合わせ場所には、アリスとヴァネッサを除いたいつものメンツ全員が揃っている。
彼女たち姉妹は、先日のお茶会で迷惑をかけた生徒達への詫びと、改めて全員にアリスを紹介する意味を込め。今日も四葉寮にて、お茶会と簡単な晩餐会だそうだ。
ヴェロニカと仲が良く、俺の膝上を取り合うライバルであるマリエ。そして家族であるシズカ達が来るのはわかる。
「だが、なぜお前達までここにいる?」
そう、当たり前のようにそこにはジャクソンとアシュリーの姿もあったのだ。ここの誰かが呼ぶわけがないのに……。
「水臭いこと言いっこなしだぜ大将!」
「シンリ様から多くのことを学ぶよう父からも言われておりますので」
「はあ。まあいいや。じゃあ行くぞ」
まあ、彼らも悪意があっての事じゃないし、特に断る理由もない。
俺は全員を一カ所にまとめると、屋敷に向かって転移した。
「……これは幻影?」
「ザヴングル城が見えます……って事はここ王都なんですか!」
「おいおい大将……こりゃなんだ。なんの冗談だよ、おい!」
「あは。あはははははは……」
しまった……。
先日のアリスの件ですっかり油断していたが、術者単独で転移。それもこれだけ複数を同時に移動させられる者なんていないんだった。
ヴェロニカはアリス同様、幻だと思っている感じ。マリエは俺なら何でも有りと思っているんだろう。すぐに近くにある城の姿を見つけて、ここが王都だとわかり喜んでいる。
問題はデカい図体の男二名。ジャクソンはあたふたと取り乱し、アシュリーなどは、ショックでちょっと壊れかけているようにも見える。
転移がこの世界にないわけではないのだ。ただそれは魔道士十名以上を必要とする大掛かりなものであり、こんなに気楽に行えるものなどという認識は彼らにはない。
「おおシンリ!久しぶりだなあ」
そんな中、出迎えたセイラやラティに混じって、ダレウスが声をかけてきた。
肩にオニキスを載せている姿は、休日に家族サービスするプロレスラーのようだが、これでも彼はギルド王都本部の本部長だ。
「あら金剛さん、またセイラさんに会いに来られてましたの?」
「ば、いや……。俺は、だな。お前らが今日帰ってくるって聞いたから……」
「だ・か・ら・それを口実に訪ねてきたんでしょう金剛さん?」
「…………ぐ」
おいおい。ダレウスがセイラ狙いなのはもう既に周知の事実。そんなにイジってやるなよシズカ。
「金剛……。ま、まさか貴方があの生きた伝説といわれる……SS級冒険者ダレウス殿!」
「ん?見ねえ顔だな。シンリもついにそっちの気に目覚めやがったのか?」
「違いますよ!学園の生徒で……。まあ、ダレウスだから話すが帝国の重鎮のご子息だよ、二人とも」
俺がそう言うと二人はダレウスの前に並んで立ち、ビシッと背筋を伸ばして、やや緊張した面持ちで挨拶をする。
「ジャクソン・ランパードだ、です!」
「お初にお目にかかります。私はアシュリー・デトスと申します。以後お見知り置きを」
二人が挨拶を済ませるとダレウスは乗せていたオニキスを降ろして、二人に向き直った。
「ほほう。その名……なるほど。こりゃ大物だな。ダレウスだ、こちらこそよろしく頼むぜ!」
そう言って、二人を屋敷の中に案内していくダレウス。おい待て、ここは俺の屋敷のはずだよな……。




