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転移の失敗と棺の少女

 スクナピコナの姿を見てすっかりその美しさに魅了された様子のアリス。

 ガブリエラも美しかったはずだが、彼女の黒髪と白装束がとても新鮮でまぶしかった様だ。まあ、確かに巫女服もいいものだ、気持ちはわかる。


『超回復丸』を幾つか受け取ったが、体が縮小している状況で普通(・・)の人間であるアリスがそれを飲むのは危険だというので、二人で転移して屋敷に戻った。今後はアリスも俺と一緒なら転移で神域との行き来が可能である。

 ガブリエラに見てもらいながら、まずは一粒。


「くう、痛いっ!足が……え!足に感覚が……あ、痛い!でも、あああ!」


 使われてなかった骨や筋肉が、急激にその状態を戻していくので多少の痛みを伴うのは仕方のないことだ。

 足に痛みの感覚があることに驚きながら、再び襲う痛みに耐える様はなんとも忙しそうである。


「落ち着いたかい。ではもう一粒。頑張って!」

「はあはあ……。は、はい」


 そうして合計で四粒飲んだ頃には、骨と皮だけのようになっていた彼女の足はほんのりと赤く染まり、すらっとしていながらもそれなりの筋肉がついた状態になっていた。


「足が、足が熱いです!それになんだかムズムズして……」

「あはは。まあそうなるだろうね。足に感覚があるのには慣れたかい?」


「あんっ!……は、はい」


 俺が彼女の足の小指に軽く触れると、艶やかな声を上げて顔を真っ赤にしながらそれに答えた。


「主君、経過は順調なようです。このまま慣らせばおそらく二、三日で走ることが出来ましょう」

「走る……本当に、でもでもこれ夢……ですよね?」

「にゃに言ってるにゃ、夢にゃんかじゃにゃいんだにゃ!」


 そう言ってアリスの車椅子の近くにいたチロルは、プニッと彼女のほっぺをつねる。


「いひゃい、いひゃい!いひゃいれすぅ!」

「ほらにゃ!」


 痛そうにほっぺを撫でるアリスの姿。だんだん実感が湧いてきているのか彼女の目の端に光るものが溜まってきている。


「アリス、足を地面につけてごらん」


 俺は車椅子についてる足置きをずらし、彼女の足を板張りの床の上にそっと置いた。


「つ、冷たい……」

「床の感触が伝わるだろう。じゃあゆっくりでいいから足の筋肉に力を伝えてごらん」


 近くで見ていると彼女の太ももやふくらはぎで筋肉がヒクヒクと動いているのがわかる。


「大丈夫そうだね。じゃあまずは俺の手を持ったままでいいから起き上がってみよう」

「……は、はい」


 ゆっくりと手を引きながら彼女の上体を持ち上げていくと車椅子から腰が浮き、そして前のめりに倒れかかるようにして俺の体に抱きついた。


「しばらくは抱きついたままでいい。でも感じてごらん、寄りかかっているけど今アリスは自分の二本の足で確かに立ってるんだよ」

「あ、ああ……ほんとだ。わかる、私の体重を自分の足が支えてる感覚……」


 落ち着いた彼女は徐々に俺に預けている体重を全て自らの足に移し始めた。


「いい感じだ。じゃあゆっくり俺は離れるからね」


 彼女の手を解きながら一歩、二歩と後ろに下がる。三歩下がったところで彼女の手は俺の手から離れ、ついに彼女は自らの足だけで立つ事に成功した。


「おめでとう!」

「よかったねお姉ちゃん!」

「やったにゃん!」

「感動した……なの」

「やるじゃんよ!」


 いつの間にかリビングに集まってその状況に注目していた屋敷の全員が、共に喜び拍手を送る。


「成功です。歩く練習はゆっくりなら今日から始めてもいいでしょう。ただ階段の上り下りと走るのは三日待ってからにしてください。特に走って階段を下るのは止めてください。足への負担が大きいですから」

「まあ、なんにせよだ……。おめでとう、君の足は治ったんだよ」


「シ、シンリさん。本当にこんな日が来るなんて……私、私はどうやって報いればいいのでしょう」

「何もいらないよ。でもそうだな、君の笑顔は心を温かくしてくれる。だからその笑顔を、これからも俺に見せてくれるってことでどうかな」


 それを聞いたアリスはぐいっと流れていた涙を拭き、顔を上げて俺に最高の笑顔を見せてくれた。


「あらあら、こうやってシンリは無意識に殺し文句をばら撒いているんでしょうねえ」

「か、母さん!」


 ラティの陰に隠れるようにして悪戯っぽく笑いながらセイラが言う。


「わかってますよ。シンリが下心や打算じゃなく。ちゃんとみんなの事をいつだって真剣に考えてくれているんだってことは。そうじゃなきゃ関わった全員がこんなに幸せそうな顔をしてはいないでしょう、もちろん私も含めて……ね」


 そう言って少し赤くなったセイラは、キッチンの方へと戻って行った。


「……っと、いかんな思ったより時間がかかり過ぎた。そろそろ戻らないと騒ぎになるかも知れん」


 アリスを再び車椅子に座らせ、皆と言葉を交わした後、俺達は再びシズカ達が待つ学園の四葉寮に向けて転移した。





 ……はずだった!


「なんだ今の違和感は……。ここはいったい?」

{どうやら学園の防衛結界の干渉を受けたみたいね。}


「だが、出るときはなんともなかったぞ」

{防衛用だからね、出て行く分には干渉しないんでしょう}


 俺達の周囲はただただ真っ暗な空間が続いているだけ……感覚的にはどこかへと落ちていっているような。


{シンリは再度転移を試みて。長居するとその子が負担に耐えられないかも}

「わかった、なんだあれは……」


 俺達が落ちていく先。そこに青く光る何かが見える。


{わかったわ。シンリ、ここは学園の地下よ。ううん違うわね海中といったほうがいいのかしら}

「海中?」


 それからのミスティのイメージをまとめてみると、学園の下部には海底から伸びた巨大な構造物があり、浮島に見える部分はいわばその上階部分にあたる場所らしい。


「海底から突き出た高層ビルの最上階が学園って感じか。一体なんなんだ」

{ここはその最下層にあたる場所。つまりは海底付近だわ}


 徐々に大きくなる青い光。それらに僅かに照らされた空間にあったのは、まるで向こうの世界の発電所や工場で見たような夥しい数のパイプ類が、まるでうねる蛇のようにして全体を埋め尽くした大きな部屋。

 その中心部で、そのパイプ類が集中する先にあるのがその青く光る物体のようだ。


「蒼い……棺?」

「アリス、気がついたか。すまないすぐに寮に戻るから……」


 俺の転移が学園の侵入者対策の防衛結界にぶつかり、あまりに強力な俺の転移は弾かれるどころか座標が狂って学園の最深部に入ってしまったらしい。その衝撃でアリスは意識を失ったのだが、どうやらそれが戻ったようだな。


 異物を検知しました。強制排除を実行します……。失敗。再試行……失敗。再試行……失敗。

 防衛システムの起動プロセスを開始します。起動まで十、九、八……。


{何かやばいわ。シンリ急いで!}

「く、いっけえ!」


 魔力を高めると転移には成功した。転移する瞬間、俺の目に映ったのはアリスの言葉を借りるなら、蒼いクリスタルの棺に入った……美しい女性の姿だった。






 夕日が差し込む四葉寮のテラス。ぐったりとして途方にくれるヴァネッサ達の前に、その夕日を遮って二つの影が突然現れた。


「!……ア、アリス!アリスぅぅ!」

「遅くなってごめんなさい。お姉様」


「いいの、いいのよ。貴女さえ、アリスさえ無事でいてくれたらそれでいいの!」


 アリスに抱きついて号泣するヴァネッサ。


「もう、大変でしたのよお兄様ったら。で、どうでしたの彼女の足は?」

「ごめんなシズカ。まあ、見ててごらん」


 俺はシズカ達の下に歩み寄りそう言って心配をかけたであろうシズカの頭を撫でる。

 いやいやヴェロニカにマリエにツバキまで……。わかってる、撫でてあげるからそんなに頭をこすりつけてくるんじゃない。


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