六華無双 ガブリエラ編2
「まったく……硬ってえなあ。流石は皇城の城門、鉄壁の防御ってヤツか?」
「まあ落ち着きなよ。数では圧倒的にこちらが有利なんだ。いずれ消耗するさ」
爪を噛みながら悔し気に陣所に戻ってきた小柄な男は『緑光十二聖』序列十一位『炸裂』のクリケット。室内の椅子に足を組んで座り、手にした酒を飲んでのんびりと構えている女性は同序列七位の『酔蓮』のイビザである。
特殊な素材に加え防御系の魔法までかかっている正門には、彼の二つ名の由来である『炸裂』の魔法では威力が足りず、魔力が切れかけた彼は仕方なく一旦陣所に戻ったのだ。
「だいたい、俺達が到着するまでには中から開門されている手筈じゃなかったのかよ!潜入したキルファングはどうしてやがんだっ!」
「だから落ち着きなって。キルはアンタより遥かに格上の序列三位。『瞬殺』の二つ名は伊達じゃないって!あんまぐだぐだ言うとアンタ……散らすよ?」
そう言って酒が注がれたグラス越しにイビザが殺意の篭った視線をクリケットに送ると、彼はごくりと唾を飲み込み近くにあった椅子に大人しく腰掛けた。
「まあ、近衛兵の援軍が来てないところを見る限りキル達が潜入に成功したのは間違いなさそうだし。ちょっと手間取ってるだけだろう?果報は飲んで待てってね……」
「でもよう、警備の奴等壁の中に引きこもってて出て来やしねえ。城壁の上の弓兵と撃ち合ったり城壁越しに攻撃してたんじゃ埒が明かねえよ」
攻め始めて以降、大きな戦果も得られぬまま膠着している現在の状況に変わらず苛立ちを見せるクリケット。
「アンタは『瞬殺』のキルファングの戦いを見た事がないのかい?奴ぁ心底規格外な男だよ!敵があいつの姿を見つけた時にゃ、そいつはもう殺られてるんだ……。初めてアレを見た時は震えが止まらなかったもんさ」
「そ、それほどなのか……」
「そうさ!それに最大の障害だったエドワード将軍が死に。残る二将軍は『狂王』様が仕留めてくださる。ミツクニだって中の近衛とまとめてキルの奴が殺っちまってるに違いない。シグルド流に言えば今回の作戦は始まった時には勝ってるってヤツさ!まったく、楽して味わう勝利の美酒は堪らないよ!」
本当に楽しくて仕方がないといった様子で再びグラスに酒を注ぐイビザ。だが彼女がそこまで実力を買っているキルファングはというと、彼はアルテイシアを助けに向かったシンリによって皮肉だが二つ名同様すでに『瞬殺』されている。その死に様は威圧にこそギリギリ耐えたものの名乗りやスキルを使う暇さえ与えてもらえず雑兵の有象無象に交じってのあっけない最期であった。
ちなみに城内の警備兵達は出来るだけ敵を城壁の周囲に張り付けておくようにとだけ指示されており、挑発的に城壁の上から度々攻撃しているものの、誰も攻め出ようとする者はいない。
これは各襲撃箇所の状況が好転するまで、敵の主力と思われるこの大部隊を少しでも長くここに足止めしようというボルティモアの策であった。
そんな彼等の上空高く……。
羽ばたく美しい天使の姿がそこにある。
上空から敵兵の配置を再度確認していたガブリエラはゆっくりと聖剣[クラウ・ソラス]を抜く。そして徐にその愛剣をさらに上空へと投げ放つとポツポツと彼女の上には光の剣が現れ始めた。
彼女の超絶剣技『千剣円舞曲』は、約千本ほどの光剣を自在に操るものだ。だが彼女が所持した時の[クラウ・ソラス]が光剣を千程度しか作れないわけではない。あくまで自身の制御下に置いてその動きを誘導、操作する事の出来る限界が千本前後というだけなのだ。
眼下の敵兵を凄まじい早さで捉えていく彼女の目に同調するように、光剣もその数を増しみるみる空を埋め尽くしていく。今回は簡単に言ってしまえば敵の頭上に作り出した光剣をただ落とすだけ。誘導や操作が必要ない為その数は既に二千をゆうに越えており、星というにはあまりにも密集しているそれは、例えるなら天空に輝く壮大なシャンデリアのようだ。
それが完成するのとほぼ同じくして彼女がゲルハルトに告げた三十秒が経過した。到着した時点で城壁の外には敵兵しかおらず、警備側が城壁内部にこもって戦っているのは確認していたのだが、これは自身の技の準備時間とあくまで念の為に設けた時間である。
「殲滅せよ『光剣流星雨』!」
彼女の声に応え、その無数の光の刃が一直線に降下を開始する。その様はまさに光の雨。ただしその雨の一粒一粒が眼下の者達に滅びをもたらす死の流星。音もなく空から降り注いだその殺戮の光が敵陣を蹂躙する。空に舞う天使とは対照的に、地に広がるのは夥しい数の敵兵が呻き血を流す地獄さながらの光景だ。
「ぐぁ、はあはあ……な、何がおきやがった」
即死を免れたクリケットが破れて落ちた陣所の天幕を押しのけてよろよろと立ち上がり辺りを見回すと、まず目に飛び込んできたのは椅子に座った姿勢のまま胸を光る剣に貫かれて絶命したイビザの姿。
陣所の周囲には同様に刺し貫かれて骸と化した同胞達と即死だけは辛うじて免れた負傷者達の呻き声が充満している。
「ごふっ!……て、天使だと?これは天罰だとでも言う……つもり……か」
腹部を光剣により貫かれていたクリケットがついに血を吐き天を仰ぐと、そこには純白の大きな翼を広げたガブリエラの姿があった。その本物の天使の姿を目に焼き付けて……彼も物言わぬ骸と化した。
上空で彼女が右手を伸ばすと地上を埋め尽くしていた光剣が全て消え、そこに白銀に輝く細剣[クラウ・ソラス]が戻ってきた。愛剣を彼女が鞘に収めるのと時同じくして、同行している小人族のプラムがシンリから連絡が入った事を告げる。
「ガブリエラか、状況はどうだ?」
「おおよその敵は排除出来ました。残りは警備隊で対処可能でしょう」
「そうか……では後は警備の兵に任せておくとして。続けてで申し訳ないがもう一箇所向かってほしい場所がある。俺が転移で行きたいところだが、そこは正確な位置がわからないので転移する事が出来ないんだ」
「主君に頼られるとは光栄の至り。このガブリエラ、いかな死地とて喜んで向かいましょう!」
シンリから目的とそのだいたいの場所を聞かされたガブリエラは、再び上空に舞い上がり南を目指して飛び去って行った。
 




