赤き龍の旗印
「……夜明けか」
遠くの山肌の一部がにわかにその明るさを増し、白き光が薄闇を蹂躙し始める。
「よし。手筈通り我らも動くぞ!合図をっ!」
太陽が頭を覗かせ眩しいその朝陽に照らし出されて姿を見せたのは、平野を埋め尽くしている大軍勢。そんな彼等が手に手に掲げる旗印は『赤き龍』。これはネフラスガルド軍のもの。『龍姫』が君臨してから一度の敗北も許していない常勝無敗の旗印。
進軍開始を告げる合図の角笛が鳴り響くと、その三万にも及ぶ大軍勢がゆっくりと進軍を開始した。
「待っていろツェリスカ。必ずや『秘薬』を手に入れ、お前を救ってみせる!」
「伝令!火急の報告にてこのまま押し通おぉるっ!」
城門を開け敵兵の残党狩りと死体の処理を行っていたゲルハルト達警備兵の中を一頭の馬に乗った伝令の兵士が血相を変えて駆け抜けていった。皇城にはしきたりとして来賓の馬車や一部の特例以外乗馬したままでの乗り入れは禁止されているのだが、厳罰すら覚悟させるほどの緊急の報告らしい。
「やれやれ、まだ気を抜くわけにはいかんようだな……」
彼の背中を見送りながら老兵ゲルハルトはそうぽつりと呟いた。
ここは皇城の一室。その部屋の中にはボルティモアとミツクニ、それに数人の元老院議員と近衛兵、そしてシンリの姿があった。
「……以上が仲間達からの報告と現在の各施設の状況です」
「ま、まさか朝までに敵を全て排除してしまうとは……正直あなた方の力を見くびっていました。城門における足止めなど全く無用の策でありましたな」
そう言って驚きの表情を見せるボルティモアは、警備の長たるゲルハルトに何とか最低でも今日一日は持ち堪えて欲しいと厳命していた。苦肉の策ではあったがシンリ達が救援に行く各所に敵の増援が向かうのを防ぐ為、最悪門が破られれば敷地内に配置した近衛兵にて足止めし、それすら突破されたなら皇城内に籠城してでも、とにかく敵を引き付け続けて時間を稼ぐつもりだったのだ。
「シンリ殿のパーティは各自がS級相当……いや、かの『生ける伝説』SS級のダレウス殿にさえ匹敵する強さなのでは……」
まさかミツクニからその名前を聞こうとは……。しかも『生ける伝説』とは、金剛さんも随分持ち上げられたものだ。確かに今の仲間達ならアイリやツバキでも彼といい勝負をしそうだなとシンリが考えているところへ、慌ただしく扉が開け放たれ伝令の兵士が倒れ込むように入ってきた。
「馬鹿者!ここが何処かわかっておらんのか不届きものめっ!」
扉付近に立っており心底彼に驚かされた元老院議員によって激しく叱責された兵士であったが、そんな事を気にする様子もない。彼は荒い息を懸命に整えるとなんとか立ち上がってそれを告げた。
「て、帝都の西方イマリ平野に『龍姫』の軍勢が現れました!その数およそ三万っ!」
「イマリ平野だと、帝都の目と鼻の先ではないかっ!」
「既に国内に侵入を許していたとは……関所の兵は何をやっておったのだっ!」
彼等にとっての最凶最悪の懸念事項、『龍姫』の軍勢の接近に慌てふためく議員達。
「落ち着きなさい!帝都内にここまで敵戦力が潜伏していたんです。関所が機能していなくても今更驚く事もないでしょう。それよりも至急帝都外にて迎え撃つ体制を整えなければ!」
そんなボルティモアの言葉によって全員一丸となっての迎撃に関する話し合いが始まった。相手はあの『龍姫』。焦燥感漂う話し合いはどんどん過熱し、いつの間にか二将軍不在の責任問題にまで言及が及んで多くの怒号さえ混じり始める。
「あの……ボルティモアさん発言しても?」
そんな中、いい加減その雰囲気に嫌気が差してきたシンリが発言を求める。先ほどあれだけの戦果を報告した彼の発言を場の全員が待っていない筈はなく。シンリの声に反応して室内は一気に静まり返った。
「何かなシンリ殿?」
「その『龍姫』というのはそんなに強いんですか?」
「ふむ、実際に見た事はないんだがね…………」
ボルティモアの説明によれば、かつて活火山アスラ山とその近郊は大小様々な山賊や盗賊が根城を築きその勢力を競う荒れた地域で、そこを通る旅人からは修羅街道と呼ばれ恐れられていた。数年前そこに一匹の真っ赤な竜を連れた一人の少女が何処からか現れ一つの大きな山賊を乗っ取った。彼女はその山賊の首領として次々と勢力を伸ばし、僅か一年余りで修羅街道周辺を制覇して現在のネフラスガルドの基盤を築いたのだという。赤き飛竜を駆り自身も炎を操るという『龍姫』の実力は底知れず、これまで如何な不利な戦況に置かれたとてろくに苦戦すらした事がない。
建国以降はアスラ山内部に作られた首都にある宮殿に引き籠り、国民にも外部への侵攻や略奪の類を禁じていて現在は商人も安心して通れるようになっており、商業が盛んで国政も安定している。それだけに今回の侵攻は各国により大きな衝撃を与えていた。
「わかりました。『龍姫』の軍勢には俺のパーティのみで当たりましょう。皆さんには帝都内部を引き続き警戒しててもらいたい」
「そんな!シンリ殿のパーティのみでなど……。敵はあの『龍姫』なのですぞ!やはりここは残存している全軍を以て……」
「必要ありません。それよりも逆に誰も街の城壁の外には出て来ないでもらいたい」
「そんな……いや、しかし大丈夫なんですか?」
シンリは先ほど敵襲を受けた各所への対応に関して、仲間が守備兵達と協力して、何とか迎撃に成功したのだとやや控えめな表現で報告している。それ故、まさかどの場所でも仲間一人の手によって敵兵が瞬殺されているとは夢にも思わない彼等が、多少無謀なのではと考えるのは仕方がない事だ。
「大丈夫ですよ。帝都に手出しはさせません」
そんな彼等の思いとは裏腹に、シンリはまたしても何の気負いも見せず淡々とそう言い切った。




