六華無双 アイリ編1
「こいつ!ババアのくせになんて強さだっ!」
冒険者ギルド帝都本部とは名ばかりの廃墟の如き建物の門前で数人の一団が、周囲を取り囲む多くの兵士と戦っていた。
「さあ、どんどん来なよヒヨッコどもがっ!」
ギルド側の戦力はバービーについた冒険者と職員、それに護衛任務中のイチョウ。合わせてたった十人足らずの戦力である。少数にも拘らず敵兵が攻めあぐねているのは、彼等の中心で一人気を吐く老兵バービーの意外なほどの強さ故だ。長い棍棒の先に多くの棘のある鉄球を取り付けた愛用の武器『破壊棍』を振り回すその姿はとてもとうの昔に引退した隠居間近の老婆には見えない。彼女は敵兵渾身の攻撃を易々と受け止めると、返す横薙ぎで数人纏めて次々と吹き飛ばしていく。
この強さは彼女が持つユニークスキルも関係しているのだが、それにしてもこの老婆、無双が過ぎる。
ちなみにもう一人の実力者イチョウはというと、里の掟で人前で影に潜る事を禁止されている為に手に持つ小刀と自身の体術のみで対処をしているのだが、強いとはいえ多勢に無勢、流石にバービーのようにはいかずやや苦戦中だ。
残る冒険者達の実力は……まあ、心意気は十分だとだけ言っておこう。
そんな最中突如バービーを取り囲む敵兵から歓声が沸き起こる。輪の中心を見てみると一人の巨漢が、手に持つ大きく太い丸太の様な棍棒でバービーの『破壊棍』を見事に受け止めていた。
「久しぶりだなぁババア!」
「ぐっ、アンタはケン!この馬鹿孫がぁっ!」
拮抗していた互いの力はバービーが大声と共に力を増すと均衡が崩れ、ワザとそれに弾かれるようにして後退した巨漢が距離を取った為に、二人はお互いの武器の間合いの外で対峙する形となった。
「どこほっつき歩いているのかと思えば逆賊の手先かい?そこまで堕ちてやがったとは呆れるよ!」
「可愛い孫がババアに引導渡しに来てやったんだ。感謝して欲しいぜくそババア!」
この巨漢、ケンはバービーの実の孫であり現在は『緑光十二聖』序列十二位。『剛腕』のケンと呼ばれている男だ。
冒険者としての彼のランクはC級止まり。この強さからすれば意外なほど低いランクだが、決してバービーが身内である為に評価を厳しくしている訳ではない。彼は討伐等の依頼を数多くこなしはするものの、それに倍するほどの問題を次々起こしている為に昇級が見送られているのだ。
どちらともなく動き出し再び衝突するも二人の力は拮抗しどちらも主導権を握れない。しばし押し合っただけでまた互いに距離を置く二人。
「せっかく天から授かったスキルを、ちったあ人様のお役に立てようとは思わないのかい馬鹿孫!」
「けっ、冗談じゃねぇよ!これは俺のだ!俺が好きに使って何が悪い!」
二人の会話の通り、このケンも実は希少なユニークスキル保持者だ。バービーとケン、この両名に共通するユニークスキルの名は『剛力』。この世界では比較的よく知られたスキルである。
力のみが常人よりやや強くなる『怪力』。その上位スキルが力のみならず肉体自体も強化されるこの『剛力』だ。
ちなみに冒険者ギルド王都本部長ダレウスが持つ『金剛』はこの肉体強化系スキルの最上位である。ああ見えて、金剛さんは実はとても凄い人なのだ。
互いに接近戦にしか活路の無い二人は幾度も距離を詰め鬩ぎ合う、それが繰り返されるにつれケンはある事に気付き始めていた。
(ふん、やはりババアはババアって事か……)
それは、傍目には拮抗している二人だが、衝突を繰り返すうちにその位置がじりじりとバービー側にずれてきている事。つまり僅かずつだがケンの力がバービーのそれを上回りつつあるという事だ。無理もない、彼女は高齢なうえ、襲撃開始時からずっとほぼ一人で多くの敵兵と戦い続けてきたのだ。疲れないという方が無理と言うものである。
「お前らぁ!このババアは俺様が押さえる。てめえらは雑魚の冒険者共に攻撃を集中しやがれ!」
「ケン!アンタという奴はどこまで腐って……」
彼に対して悪態をつきながらもバービーの注意が仲間の冒険者達に向いた僅かな隙をケンは見逃さなかった。力比べの最中に一瞬だけ自ら力を抜き、それに釣られて前のめりにやや態勢を崩したバービーにケンの棍棒によるフルスイングが命中する。腹部に強烈な一撃をもらった彼女の身体は朽ちた外壁目掛けて吹き飛ばされた。
「お年寄りは大切にしなきゃいけないんですよ!」
そう言いながら、飛んできたバービーの身体を受け止めたのは救援に駆け付けたアイリだった。
バービーは受けた衝撃で意識が朦朧としているものの血を吐くなどの深刻なダメージは受けていないようである。それを確認するとアイリは彼女を駆け寄って来たイチョウに渡し、ケンの前に歩み出た。
「あああん、誰だてめえ!関係ない犬ッコロは引っ込んでろ!」
「私ですか?私は黒装六華のアイリですよ、おデブさん!」
肉体強化系スキル保持者といえばダレウスのようなマッチョを想像してしまうが、確かにケンはお世辞にも肉体美を誇れるような身体つきではない。いや、むしろかなりぶくぶくと太っているのだが、それは本人もかなり気にしている事だったようで……。
「てんめぇぇ!デブと言ったか、デブと!てめ死んだぞごるぁぁ!」
「ええええ!怒っちゃいました?んと……あ、そうだ!いい意味でですよ、いい意味で!」
「は?いい意味?」
「はい。いい意味でかなりのおデブさんです!」
「やっぱ死ねごるぁぁぁぁっ!」
「えええええ!シズカさんはいつもこう言うんですよ。なんでダメなんですかぁぁ!」
やれやれ、シズカが持ち込んだ間違った言葉の使い方を覚えた者がここに一人……。ともあれケンはこれ以上ないほどに激怒し滅茶苦茶に棍棒を振り回しながらアイリ目掛けて突進する。
そういえば今日のアイリの手にはいつも持っているお気に入りの北風の魔槍がない……。




