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六華無双 アイリ編2

 ケンの巨体がアイリに迫る。だが彼女は一向に避ける気配がない……。

 巨体の陰に完全にアイリの姿が隠れ、その様子を見ていた誰しもが彼女の惨状を確信した瞬間……。


 ……パチッ!


 一瞬の眩い小さな閃光と何やら弾けるような大きな音が辺りに響き、次の瞬間……ケンは力無くガックリとその場に膝をついた。


「……がはっ」


 ここの世界の住人には馴染みが薄いがアイリが用いたものは我々がよく知る電気。それも百万ボルト超の電圧を左右の手を電極にしてまるでスタンガンのようにケンの身体に叩き込んだのだ。

 スキルで肉体強化されている彼の意識を完全に刈り取るまでには至らなかったようだが、その未知なる衝撃は神経を一時的に麻痺させ身体の自由を奪っていた。


「んんー、まだ調整が難しいですね。それともおデブさんには効き難いんでしょうか」


 淡々と話すアイリの手元では小さな放電がパチパチと光を放っている。

 進化の際に手に入れたこの電気を操る能力。実はこの世界ではあまりに稀少過ぎて、様々な文献などで調べてみてもどう使われていたとか、どんな現象を起こしたとか、そんな一文すら見付けられなかった。

 電気があるのが日常だった記憶を持つシンリやシズカなら何らかのアドバイスが出来そうなものだが、現在のところ本人の自由な発想に任せており何も教えていないようだ。

 未だ技として形になっていない為、シズカによる名付けもされていないこの攻撃手段だが、実はジャンヌとの手合わせの際に発見したものだ。


 その日、黒アイリ状態になっていた彼女は中庭でジャンヌとの手合わせに臨んでいた。

 いつものように気合い十分で挑んできたジャンヌの刺突をアイリが見切り、レイピアの一本をあっさりと左手で掴んでみせる。焦ったジャンヌが残るレイピアで攻撃すると、突然その現象は起きた。

 それはアイリの右手がジャンヌのレイピアに触れた瞬間、パチンという大きな音と火花の如き閃光が走り、ジャンヌの身体は突然一メートルほど後方に吹き飛んだのだ。側にいたガブリエラによりすぐに治療され大事には至らなかったが、確かにジャンヌはその時完全に意識を失っており、実はかなり危険な状態であったらしい。


 これまでも特に意識するでなく電撃を放っていたアイリだったが、雷のように電気を宙に放電するのでは命中率も低いし何より無駄に大きな電気を放出し続けるのは案外疲れることらしいのだ。

 その点、この方法なら接触時のみ電気を流すだけで済むので消耗が少なく、また周囲への二次被害も無くす事が出来る。

 シンリ曰く、今回は相手の生死を気にする必要がないとの事だったので、その能力を試してみようと今日は北風の魔槍(ボレアス)を置いてきたようだ。敵兵とはいえ技の実験台にしようとは……何とも肉食系な発想をするコになったものである。


 朦朧として未だ立ち上がれもしないケンの様子をしばし見ていたアイリだったが、彼に背を向けると次なる実験台を求めて敵兵の中に飛び込んでいった。


「なんだいありゃぁ……まるで雷……」

「気が付かれましたかバービー様」


 イチョウに膝枕された状態で横になるバービーが意識をはっきり取り戻す。彼女の視線の先に見えるのは敵兵を次々感電させて倒していくアイリの姿。放つ放電時の光の軌跡がジグザグとした光の線を残し、それはまるで稲妻のようだ。

 ちなみに電気という概念が一般的に普及していないこの世界では、電気的な現象はほとんど雷に関連付けて表現される。

 付け加えておけばセイナン市の宿屋のおかみ、元A級冒険者『雷神』のアンナロッテは雷使いではない。あれは彼女の性格的な部分から連想して付けられた二つ名だ。


「おいおい……どいつも瞬殺じゃないか。誰だいあれは?」

「確か、冒険者シンリの仲間の一人かと」


 低い姿勢で敵兵の間を駆け抜けるアイリ。バランスを取るかのように左右に揺れる尻尾と周囲を警戒してピンと立った耳。その勇姿はまさに獲物を追う野生の狼そのものだ。

 そんな彼女に触れられるだけで倒されていく敵兵達には既に抵抗する者も少ない。しかし、ひたすら追い詰め狩り続けるアイリ自身は電圧の微調整とその威力の確認のみに集中しており、そんな敵兵の状況などお構いなしである。


 ……さらに十分ほど経つとバービー側以外でまともに意識を保っているのは、スキルのおかげで辛うじて意識を回復させたケンを残すのみとなっていた。彼はふらふらとフラつきながらも両の足に力を込めて何とか気力で立ち上がってみせた。


「ケン……もう止めな。アンタ達の負けさね」

「……るせえくそババア!まだだ、認めねえ認めねえぞ!」


 バービーに諭されたケンであったが、プライドだけは高い彼がそんなものを受け入れる筈はなく、ちょうど彼に背中を向けた格好になっていたアイリ目がけて突進を開始する。しかし麻痺が解けた直後の事、そのスピードや迫力は先程に比べれば見る影もない。重い足取りでアイリに肉薄した彼の眼前に何者かがいきなり割って入り、そして彼の腹部を襲う激しい衝撃……。


「この大馬鹿もんがあぁぁぁぁっ!」


 怒号と共にケンの腹部を下から拳で突き上げたのは、老体に鞭打って咄嗟に飛び込んできたバービー。その破壊力は、あまりの威力に巨体の彼の両脚が地面から浮いてしまったほどだ。

 だが、この一撃が彼の命を救ったのもまた事実。先程、加減した電圧が彼には足りなかった様子を覚えているアイリは恐らく彼に攻撃される事で咄嗟に致死量を超える電圧をかけていただろう。奇しくもアイリを守ったつもりのバービーがケンを救っていたとは……本人は知る由もない。


 ともあれ完全に無防備な状態で同じスキル保持者の渾身の一撃をもろにくらったケンは、今度こそ完全に意識を失い、敵兵は殆どが気絶や死亡。一部が敗走したがそれは冒険者達が追撃中である。

 そんな中、気絶した敵兵達を観察するアイリのもとへバービーが歩み寄っていく。


「アンタはアイリと言ったかい?まずは礼を言わせてもらうよ、ありがとうね!ところで……終わったばかりで悪いんだがシンリに至急伝えて欲しい事がある。頼めるかい?」

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