六華無双 ツバキ編4
「少し潜ってて……」
陣所の中に立つカエデにそう言うと、ツバキは愛刀の一閃で陣所を取り囲む斬糸をたやすく切断した。多くの敵を斬り捨てその血を吸った妖刀『枝垂柳』はその切れ味が一段と高まっており、鉄すら切り裂く斬糸といえど問題にならない。しかしここまでの状態になると神刀『絶華』を持ち合わせていなければツバキの精神を狂わせ凶暴な殺人鬼へと変えてしまっているだろう。
「ツバキさん来てくれてありがとう。一族を代表して御礼を言わせてもらうわ。しかし本当に大した強さなのね。それに貴女は影以外にも潜る事が出来るみたいだし……」
剣閃から逃れる為、影に潜っていたカエデが再び姿を見せ、そう言ってツバキに歩み寄る。褒められたツバキ本人はというと事前に『透過』スキルを付与してくれた彼女の主様、シンリを褒められたのだと勝手に脳内変換し自慢気に胸を張ってご満悦だ。
「ふふふ……ここの後処理は部下に任せるから、よかったら里に寄って行かない?同族と接するのは久しぶりでしょう?」
……………コク。
カエデの誘いにしばらく考え込んだツバキだったが小さく頷き同意を示した。
正直、里の者達とふれあい彼等と知り合ってしまえば自分の心情がどうなってしまうのかわからない。自分はもう世界にたった一人の孤独な存在、自身にそう言い聞かせ諦めたこともある。しかしシンリと旅をするようになった今でも、もしかしたらどこかに同族の生き残りがいるのではないかと考えない日はなかった。いや、むしろシンリと過ごす未知なる驚きに溢れた毎日の中でその思いは一層強くなっていると言える。
それ程までに想い焦がれた同胞達との再会を果たせば自分はどうなってしまうのだろう。彼女の答えに時間がかかったのはその不安故だった。シンリと離れたくはない、だが同胞の側にずっと居たいと思ってしまったなら……。
そんな彼女に答えをもたらしたのはやはりシンリであった。彼がツバキに言い残した「自分としっかり向き合え」という言葉。その言葉を思い出し彼女は覚悟を決めたのだ。
片付けの進む屋敷の横を竹林に向けてカエデと共に歩くツバキ。そんな彼女の姿を全員が思わず手を止め見つめている。
「ごめんなさいね。貴女のその綺麗な黒髪が羨ましいのよ」
そう言うカエデの髪はやや黒いが所謂栗色。彼女によれば普通の人間達との長い共存の歴史の中で徐々に混血が進み、純粋種たる証しの黒髪を受け継ぐ者は現在の里の中でもおよそ二割に満たない。一族の主には当然代々影人としての高い能力の証しでもある黒髪を持つ者が選ばれる為、黒髪であることは一種のステータス。一族全員の憧れらしい。
二人で竹林に入るとすぐに、竹があまりに密集して生えている為にそれ以上先へは進めなくなった。
「ここから先へは影に潜らなければ立ち入る事が出来ないわ。私を見失わないようついて来てね」
コク。
影に潜って進む事およそ一分、しかしツバキにとっては随分と長く感じられる時間が経過しカエデと共に地上に顔を出すと、目に飛び込んできたその光景にツバキの目からは自ずと涙が溢れボロボロと流れて落ち始めた。
ここでは異世界である日本のそれもやや古い時代の町並みと表現するべきだろうか。木造で瓦のような素材の屋根を持つ和風の住居群。こんな風景をツバキは確かに見た事があった。それはとても幼い頃の僅かな記憶であったのだが、彼女の魂がこの景色を懐かしいとはっきり認識し失われた我が家に帰れたような錯覚さえ引き起こしている。
優しく抱き寄せてくれたカエデに胸を借りそこでひたすらに泣き続けるツバキからは溢れる感情を代弁するようにいつまでも嗚咽が漏れていた……。
それからしばらくの後、二人の姿はカエデの屋敷の一室にあった。ツバキの周りには道中で彼女を見つけて集まってきた数人の幼い子供達が寄り添うようにして座っている。 影人は能力至上主義。黒髪でさらには恐らくここの誰よりも強い彼女は子供達の憧れであり、近づきたい、影に入りたいと感じてしまうのはごく当たり前の事なのだ。
そんな中カエデはこの一族が何故ここに住むことになったのか、その経緯を説明してくれた。
それは帝国建国時まで遡る。
当時の帝国領内は幾つもの小国や自治村が互いに牽制し合い小規模な衝突が頻発するやや荒れた地域だった。それらの勢力の中から突如頭角を現し瞬く間に近隣諸国を併合して回ったのが帝国初代皇帝になる男。彼こそが当時の巫女王が選びしオオナムチである。
類稀な武勇と知略を持つ彼は戦に於いては連戦連勝。さらには味方にたいした損害を出す事もなく勢力を伸ばし続けていく。
しかしそんな彼による領土の統一に立ちはだかる四つの勢力がそこにはあった。それらは彼が頭角を現すよりずっと前から周辺諸国に一目置かれていた存在で、その中の一つが当時の主に率いられた影人達の集落である。
当然の如く衝突した両勢力による戦闘は熾烈を極め、初代皇帝側の陣営にも少なからぬ被害が出た。しかし既に幾つもの勢力を飲み込んで数的に圧倒的優位にあった彼の軍勢に一つの集落が敵う筈はなく、残った影人の恒久的な保護を条件に影人の集落は帝国の軍門に下る事となったのだ。
特殊な身体能力を持ち尚且つ忠義心に厚い彼等を歴代の皇帝も大層重宝し、皇城のすぐ傍に作られた彼等の隠れ里は帝国によって厳重に守られてきた。
「……とまあ、簡単に説明するとこんな感じかしらね。当代の一族の主はミツクニ様、稀少な影操術の使い手で里の皆の主様なの」
「そうだよー!」
「ミツクニさまはとっても優しいよ!」
「影があったかいのー!」
ミツクニはかなりの人望があるようで名前が出た途端、子供達は彼の話を次々と自慢気に語りだした。そんな様子をシンリが褒められた時の自分と重ねながら聞き微笑んでいるツバキの様子をじっと見ていたカエデが徐に真剣な顔で問いかける。
「ツバキさん、もし貴女さえ良ければ私達と一緒にこの里で暮らさない?」
夢にまで見た同胞との生活、それは彼女が求めてやまなかったものだ。だがツバキはその問いにすぐに答える事が出来ずにいた……。
 




