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六華無双 ツバキ編3

 抜き身の愛刀を手にゆっくりと敵陣に向けて歩を進めるツバキ。

 先程の矢による急襲がどうやって防がれたのか解らず呆然として彼女を見ているだけだった敵兵達も、その距離が僅か五メートルほどまで縮まると我に返って警戒を一気に強める。そんな中から三人の兵士が剣を手に彼女に向かって先手を打とうと攻撃を仕掛けた。

 左右の兵士は横薙ぎに真ん中の兵士は上段から彼女目掛けて斬りつけていく……だが。


 ギンッ!


 左右から攻撃した兵士の剣が彼女の腰の辺り(・・・・)でぶつかり合い鈍い金属音が響く。


 ガキンッ!ガシャーン!


 続いて上段から斬り込んだ兵士の剣が彼女の頭上から真っ直ぐ(・・・・)下りて左右からぶつかり合っている二本の剣に当たりそれを叩き落した。


「なっ何故斬れない?……はっ!」


 正面に立つ兵士が剣が通り抜けてしまった彼女の姿を驚愕の表情で見つめると、それは突然スーッと色を失って風に散らされる煙のように消え去った。そして彼の首筋に襲う激しい熱と痛み……。

 剣を叩き落された痺れで手を押さえていた左右の兵士が彼の声で顔を上げると彼の頭は首からずれ、そしてゴトンと目の前に落ちる……。


「ひいぃ!」


 血を噴き出しながら倒れる彼の身体の背後に見えたのはたった今まで目の前にあった筈のツバキの姿。しかし彼等の生前の記憶もそこまでだ。何故なら既に背後に回った二人のツバキによって両名とも同時に刺し貫かれているのだから……。


 そんな一連の攻防も敵陣から見ていた者達にとっては本当に一瞬の出来事。だがそんな彼等の思考が追い付くまで待ってやるほど戦闘時のツバキは温くはない。


「一気に殲滅する……『無限幻斬陣《インフィニティスフィア》』!」


 一瞬で距離を詰めた彼女の蹂躙劇が始まる。

 その姿はそう例えるならドーム。半径五メートルほどのその範囲内では七人のツバキが縦横無尽に動き回り前後左右はもちろんの事、空中にもその移動範囲が広がっている。さらには『透過』スキルを併用する事によってその範囲は地中にも広がり、まさに名の通り球体を形成していた。

 その球体の中に捕らわれた者達にとって彼女の動きは最早常識の範疇を超え神出鬼没にして千変万化。その位置を認識する事さえ出来ずに成す術なく斬り伏せられていくだけである。


 日々ボロボロになりながらも訓練に打ち込むジャンヌの姿。もとより努力家で且つ向上心の高いツバキがそれに刺激を受けない筈はなく、日々の鍛錬の量を大幅に増やし、尚且つシンリやガブリエラとの多くの手合わせを経て完成させたのがこの技だ。分身数についてはシズカの御前試合にかなりの刺激を受けたようなのだが、あれは『転移』スキルがあってこそのもの。膨大な魔力を有するシズカだからこそ出来る離れ業であって、魔力量の少ないツバキではそれ以前に『転移』スキルを使いこなせない。

 あくまで肉体能力のみでの七分身にまで至ったというのもすでにとんでもない事だと思うのだが、それをさらに変幻自在の動きで翻弄し相手に無限とさえ錯覚させるところがこの技の真骨頂だ。


「何の騒ぎです。たった一人の雑魚相手に……いつまでも遊んでるんじゃな……」


 外の騒ぎを聞きつけシグルドが陣所から姿を見せる。彼の視界に飛び込んできたのはツバキの『無限幻斬陣《インフィニティスフィア》』の殺戮の球体に次々蹂躙されていく配下の兵士達の姿。


「くそっ!これでは持ちそうに無いな……潮時か?」


 指揮官らしからぬ台詞だがこの切り替えの早さと引き際の良さも彼の『無傷』たる所以だ。冷静に襲撃目標だった屋敷と自陣の状況を分析していくシグルド。当然だが彼の思考の中心はあくまで己のみの身の安全であって、味方の兵士など既に肉の壁程度にしか考えてはいない。

 だが、彼の見立てではツバキを脅威と認識するのが少し遅すぎたようだ。今から全力で逃げたとてもうそこまで迫った彼女からはどうあっても逃げれそうにない。


「シ、シグルド様……我々はどうしたら……ご指示を!」


 そう言って兵士の一人が息を切らしながら彼に駆け寄って来たのだが……。


 ザンッ!


 シグルドまでおよそ一メートルと迫ったところでその兵士の身体には縦に幾つもの線が走り、そこから分断されたただの肉片と化して崩れ落ちた。


「チッ、馬鹿が。バレたらどうするんだボケが!近付くんじゃねえよ!」


 計算高い彼が逃げきれないといってただ諦めている筈はない。この陣所の周囲には鉄すらも切り裂くと言われるほどの強度を持つとある蜘蛛の魔物が使う特殊な糸が張ってあり、陣所の正規の入口以外から知らずに近付けば味方であっても先ほどの兵士のように簡単に細切れとなってしまう。

 この見えない斬糸が彼の切り札。気付かず近寄ればツバキとてただでは済まないだろう。


 そんな物が仕掛けられているとは知らないツバキが目前に迫る。見ればあれだけいた自軍の兵士もこの陣所の前に僅か十数人を残すのみとなっていた。

 その兵士達が舞う木の葉のように無残にその身を散らせ、勢いそのままのツバキが仕掛けた斬糸に触れるとシグルドが確信した瞬間、突然それはピタリと止まり七人のツバキが一人に戻る。


「……はあぁ?な、何してやがる!ほら来いよ、俺はここだぜ!」


 焦ったシグルドが立ち止まったツバキを挑発する。バレてはいない、いやバレる筈がないと必死に自分に言い聞かせて。こうなってしまってはここにしか彼の活路は無いのだから……。


「……うしろ」


 しかしツバキから返ってきた答えは全くの予想外。彼女はただシグルドを静かに指差したままその一言のみを発した。


「後ろ?後ろに何があるってんだ……あっ!」


 振り返った彼の背後には陣所の中の影から姿を現したカエデが立っていた。敵兵がツバキによって殲滅された為影の広がるこの薄闇を遮る物は既になく、影の中を通って近付けば地上に仕掛けた斬糸などカエデには全く問題にもならない。振り返ったシグルドの胸をそんなカエデの槍が容赦なく貫いて……。


「お、オレに傷だと……あり得な……い……」


 驚愕の表情を浮かべたまま崩れ落ちるシグルド。『無傷』のシグルドにとって初めての傷が彼にとって最初で最期の傷となった……。






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