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六華無双 ツバキ編2

「ツバキさん、貴女も影人なのね?」

「……そう言っている。それより時間が惜しい、何故ここを放棄しない?」


 初めて見る自分達以外の同胞の姿……。カエデの動揺とその反応は至極当たり前のものだ。それはツバキも同じこと……。いや、むしろツバキの方がその感激と動揺は何倍も強く感じているだろう。だがツバキはまずはシンリに与えられた任務を遂行する為に努めて冷静に、やや冷たいほどの態度で接するよう心掛けていた。そうしなければ身体の中からこみ上げる感情を抑える事が出来なくなってしまいそうなのだ……。


「ごめんなさい。同胞である貴女には隠す必要は無いわね……。実はこの竹林の奥には我々の隠れ里があるのよ。だからそれを隠す為の竹林もこの屋敷も焼かれるわけにはいかないの!」

「……里からの増援は無いのか?」


「今、戦力の殆どは皇帝の密命で出払っているわ。帝都に残った者の多くも要人の警護の任に就いていて……。そう言えばイチョウやモミジには会っていたわね」

 ……コク。


 そうしている間にも次の火矢が屋敷に向けて放たれる。すると、カエデですら見失うほどの速さで外壁上に移動したツバキが迫り来る火矢に向けて飛び上がり、その身は突然七人に増えた。驚愕で唖然とする同胞達の姿をよそに七人のツバキは火矢の尽くを外壁の外に叩き落としていく。

 そうして全ての火矢をたった一人で防いでみせたツバキが再びカエデの前に着地する。


「……貴女はいったい……」

「状況は理解した。貴女達は引き続きここの守護を、アレは私が殲滅する」


「えっ、いや貴女一人でなんて無理よ!それに影を封じられているの、わかるでしょう?」


 ツバキの言葉に激しく動揺するカエデ。ツバキが生半可な強さでない事は先ほどの動きで理解している。それでも、影を完全に封じられた現状では勝算は低い。ツバキはやっと出会えた貴重な同胞、ここでむざむざ死なせる訳にはいかない。


「問題ない」


 しかし、それだけを言い残すとツバキの姿は外壁の向こうに消えてしまった……。




「シグルド様、遂に敵が出てまいりました!」


 敵陣では、そんなツバキの姿を見つけた兵士が慌ただしくシグルドの下に報告に訪れていた。


「ほほう、出て来たか。それで人数は?」

「ひ、一人です!」


「……ぷっ、あっはっは!あぁーはっはっは!」


 ツバキが一人で出て来た事を聞いたシグルドは、突然腹を抱えて笑いだした。報告に来た兵士もよく分からずにそれに釣られてヘラヘラと笑っている。


 パァンッ!


 そんな兵士の頬が力強く引っ叩かれ詰所の端まで吹き飛ばされた。


「笑ってんじゃねぇよ無能がっ!一人だとぉ?そんくらいさっさと片付けやがれ!」


 突然人が変わったように激しい怒りの表情を見せたシグルド。言葉遣いもすっかり変わりまるでガラの悪い暴漢のようだ。

 吹き飛ばされた兵士は頬を押さえながらヨロヨロと立ち上がると慌てて持ち場に戻っていく。その姿が見えなくなるとシグルドは両手で髪をかき上げ息を一つ吐いて顔を上げた。その表情はいつもの冷静な彼のものであったが、呟きには未だ鎮火せぬ苛立ちが漏れている。


「無能……最も嫌いな言葉です。彼には何か適当な理由を付けて死んでもらいましょう……」




 敵兵が放つ眩しい光にやや目を細めながらツバキはゆっくりと歩いていく。彼女に敵兵の注意が集中する事で火矢の次射は止まっていた。


「おいっ!ライトで奴を包囲しろ!逃げ場を無くして矢を放つんだ、急げっ!」


 慌てて戻った先ほどの兵士が自らの苛立ちをぶつけるようにして大声で指示を飛ばすと、魔道士達が幾つかの『ライト』の光球を移動させツバキを光が包囲した。


「ツバキさん、矢が来るわ!早く逃げてぇ!」


 屋敷の方からカエデの悲痛な声が響いたが、それは多くの引き絞られた弓から矢が放たれる音とほぼ同時……その場にいる誰の目にも、ツバキの死は決定的だと思われた。

 ……ツバキ本人を除いて。


「ふふっ」


 夥しい数の矢に迫られながら、それでもツバキはその時確かに笑っていた……。そんな彼女に無数の矢が到達し幾つもの衝突音が辺りに響き渡る。


「……うそでしょ」


 その様子を見てがっくりと膝をつくカエデ。たった今出会えたばかりの貴重な同胞を止める事も出来ずにみすみす死なせてしまった。襲いくる後悔と自責の念に苛まれながら彼女は呆然と、まるで剣山のように地面に突き刺さった無数の矢が立つ一点をただ見つめている……。





 敵兵達から無数の矢が放たれる。


 ……ここまで主様は読んでおいでだったのだろうか?


 矢がツバキの眼前に迫った。


 ……私は、こんなにも主様に護られているんだ。


 トプン!


 まるで足下の地面が突然なくなったかのようにツバキの身体が急速に沈み、消える。


 ……やはり貴方は、いや貴方こそが……


 ツバキが消えた地面に無数の矢が次々と突き刺さっていく。


 ……私の主様!




「ツバキさんっ!」


 呆然としていたカエデの視線の先では矢が突き立つ場所のすぐ隣にツバキがスーっと地面から姿を現していた。それも全く影の存在しない地面の中から……。


 ツバキはジャンヌの屋敷でシンリと共に過ごした時に彼から[壁移動]スキルを付与されている。迷宮の魔物からシンリが奪ったこのスキルがあれば影にこだわる事なく、どこにでも潜る事が可能になるのだ。


 ちなみに迷宮の[ウォールシャーク]から奪ったこの[壁移動]スキルだが、シンリのように高位の術者が保有する事によってより高度な『透過』というスキルに昇華している。このスキルは文字通りあらゆる物をすり抜けられる能力なのだが、扱いを間違えば立っている地面すらすり抜けどこまでも際限無く落ち続けてしまうほどの制御の難しい能力である。パーティの中でも自らの手でこのスキルを習得したシンリと、これまで影の中を日常的にすり抜けながら生活してきたツバキのみが使いこなせる特別な力である。


「私は主様によって影からも解放された。今の私は何にも縛られる事はない!」


 そう呟いてツバキは愛刀『枝垂柳』を静かに抜いた……。

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