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六華無双 ナーサ編2

 シンリと共に転移したナーサは明らかに緊張の色が濃く俯いたままで表情も暗かった。


「大丈夫かナーサ?」

「…………」


 そんなシンリの問いかけにもただビクっと身体を震わすだけで応える事が出来ない。無理もないだろう、これは彼女にとっては初めての単身での対人戦。それも相手が完全に武装した軍勢である為に彼女は緊張と重圧に押し潰されそうになっていた。シンリの敵となる者達を殺めるのに躊躇いはない。しかし強力な魔物達と契約を交わしても尚、彼女は未だ本当の意味で自分に自信が持てないのだ。


「怖かったら逃げ出したっていい」


 突然シンリにかけられた言葉。ナーサは聞き間違いかと思い、再度その言葉を求めるようにシンリを見つめた。


「ナーサが怖くてどうしようもないなら、逃げ出したって構わない。俺も仲間達も誰もそんなナーサを責めはしないさ」

「……でも、でもここの人達は?」


「そうだな……皆を送った後で俺が戻って来てもいいし、正直言うと俺は見知らぬ者の命などどうでもいいとさえ思っている」

「そんなっ……」


 さも当然のようにそう言ってのけるシンリの表情は、いたっていつも通りであり彼女を責めるでも憐れむでもない。一瞬驚いた様子を見せたナーサだったが、そんなシンリの表情がかえって彼女の頭を落ち着かせた。シンリが本心からそんな事を言う筈がない。彼は自分の事を気遣いそんな事を言っているのだと。そして、そこまで私の事を心配してくれる彼が、平然と何の不安も見せずに私に任せると言ったのだから、私には彼がそこまで信頼するだけの力が既に備わっているのだと。


「……もっと私は…自信を持っていいのかな……」

「ん?何か言ったかナーサ?」


 ふと漏らした呟きを聞かれたかもしれないと真っ赤になって俯くナーサに代わり、ダスラが二人分の気持ちを代弁する。


「何でもない、もう大丈夫じゃんよ!」


 その瞳の強い輝きはナーサに戻っても色褪せない。安心したシンリはその頭をガシガシと撫でた後、他の仲間達の元に転移した。


 シンリを見送ったナーサは、元老院本館を襲撃する敵の本陣と思しき一角を目指して歩き出す。その姿を見た敵兵から怒鳴り声や罵声が飛ぶが、そんなものはお構いなしだ。今の私は最強のパーティ黒装六華ブラッディシックスブラックの一員。そのリーダーたるシンリに信頼されこの場を任された者。

 数人の敵兵の前で一旦歩みを止めると、せめてもの情けと撤退するよう忠告したのだがすげなくあしらわれ、仕方なく彼女も心を決めた。

 意識を集中し召喚魔法陣を作る。敵兵の数が多く側に仲間もいない為、戦闘力の低い自分自身をも守りながら戦わなければならない。だがそんな手段を彼女はジャンヌの修行の傍らでシンリと共に習得している。


 召喚したスライムのアオマルが姿を見せるとナーサは召喚状態を維持する為に内に潜み、表面にはダスラが現れる。


「アレやるぞ、アオマル!」


 頭から被ったアオマルの粘体が彼女の身体を包み込みフードの付いたレインコートのようになる。見た目にはややグロテスクにも見える光景だが、アオマルが彼女の身体を濡らす事は一切ない。アオマルは巧みに自らの体組織の状態を操作しているので彼女にはサラサラとしたコートを羽織った時のような清涼感さえ感じられるほどだ。


 そんな彼女に敵兵が数人襲いかかる。だが完全に舐めているのだろう、下品な笑みを浮かべてまるで隙だらけ、剣さえ抜いてない者もいる。しかし先頭の兵士の伸ばした手がダスラに触れようとした瞬間……。


 ……彼の意識はそこで永遠に終わりを告げ、残された肉体はまるで砲弾のように吹き飛んでいった。


 彼に続いていた兵士達は見た。ダスラの纏う半透明のコートから伸びたあまりに巨大な二本の腕を……。

 その手から滴る血が地面に落ちて飛び散るまでの間には、彼等も最初の一人と同じ運命を辿っていく。さらにはその後方の者までもその巨腕の餌食となり、およそ七名ほどいた敵兵は尽く吹き飛ばされその場から姿を消していた。


 このダスラとアオマルの合体状態『溺愛する粘着者(スライムストーカー)』(命名もちろんシズカ)は元々シンリとブリトニーの技なのだが、彼女自身の防御強化に有効だろうとシンリが教えたものだ。無論、その辺のスライムを使っても到底出来るものではない。明確な意思を持つまでになった強力なスライム本体。さらに装着者とスライムの間には愛情に近いほどの信頼関係が必要であり、その防御力は愛情の深さに、破壊力は嫉妬の激しさにそれぞれ比例する。マザーブリトニーから能力のみを受け継ぎ、シンリへの愛情の部分を消去され別の個体として完全に白紙の状態で産み出されたアオマルは、召喚主と決めたナーサをまさに産まれたての動物の赤子さながらの刷り込みで、一目で異常なほど愛してしまったのだ。

 ちなみにシンリとブリトニーのこの状態を見たシズカが付けた名前は『災悪の巨人(デイダラボッチ)』だ。その恐ろしさは……今回はご想像にお任せしよう。




 敵将カールツアイスの放った必殺の一撃が蛇が獲物に襲いかかるが如くダスラの背後を襲う。しかし彼の想像した血飛沫は一滴も舞わず、ただ一度ニチャっという音がしただけで愛剣の刀身はカランとその場に落ちた。


「な、何が起きたっ!」


 彼が手元の柄にあるもう一つの突起を押すと今度はジャラジャラと鎖が巻き取られ落ちていた刀身も手元に戻る。完全に勝ちを確信していた彼は目の前で起きた事が全く理解出来ずに混乱する。

 これこそが『溺愛する粘着者(スライムストーカー)』の防御力。その多様に変化する体組織を駆使して装着者を襲う脅威をほぼ全て無効化してしまう能力だ。


「ちいいっ!」


 相手が仮に強者であるならば様子見など愚策。後手に回る事こそ避けなければならないと感じたカールツアイスは今度は最初から鎖を開放状態にした剣を巨腕目掛けて一気に振るう。鞭のようにしなりながら巨腕に迫ったそれはぐるぐるとちょうど手首にあたる部分に巻きついた。


「まずは一本、もらったぜ!」


 そう言いながら彼が勢いよく剣を引き戻すと、巻きついていた鎖をなぞるように刀身が巨腕をぐるりと斬りつけていく。びちゃびちゃと半透明の飛沫が舞う様を見た彼はこの異形の怪物が剣で傷付けられる事に安堵し、そこに勝機を見出した。


 イケる。勝算ありとふんだ彼は再び口元に下卑た笑みを浮かべる。

 だが、ここで大きな判断ミスを犯していた事に彼は気付いてはいなかった……。




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