六華無双 ナーサ編1
「守備隊の増援はまだ到着せんのかっ!」
帝都外の自らの領地に自身の屋敷を持つ元老院議員達。彼等の帝都滞在時の住まいと各種会議が行われているこの巨大な建物が『元老院本館』である。上空から見ればちょうど星のような形の建物は強固な塀に囲まれており、出入りできるのは正門一か所のみ。その正門には当然多くの警備兵が配置されているのだが、いかんせん敵の兵力は警備側の三倍以上。劣勢は誰の目にも明らかだ。
冒頭で声を荒げた警備隊長も当然敵の出現と同時に皇城と守備隊本部のジャンヌのもとに増援を要請したのだが、もちろんどこも状況は同じ。他所への援軍など出す余裕はどこにも無い。
「こりゃあ楽勝だな!」
敵軍の最後尾で元老院本館攻撃部隊の指揮をとっていた『緑光十二聖』の一人で元A級冒険者カールツアイスは、最早突破は時間の問題であろう正門を見ながらのんびり椅子に腰かけていた。皇城には帝都に忍ばせた部隊の半数近くが向かっており、ボルティモア直下の近衛兵やミツクニ達は動きが取れないだろう。残る障害だったエドワード将軍も暗殺に成功したとの報告がきており、代理の娘などは最初から眼中になかった。
「誰だっ?」
「おいっ!近付くな止まれっ!」
にわかに、今居る指揮所のさらに後方からそんな兵士達の声が響く。
「おいおいおい、うるせえなあ。いったい何事だ?」
大した障害も無い戦況にちょうど退屈していたカールツアイスは、興味本位で立ち上がると声のする方へと歩いて行った。数人の兵士が人垣を作る先、そこには一人の女性がこちらに向かって歩いて来るのが見える。彼女は呼びかける兵士の声などまるで聞こえてないように全く歩みを止める気配がない。
「なんだありゃあ、売り込みに来た娼婦じゃないのか?」
彼女の姿をその場の誰もがはっきりと視認出来るような距離まで近づくと、それがオレンジのくせっ毛で真っ黒なローブを纏った若い女性である事がわかる。少し手前で足を止めた彼女は、恐る恐るといった様子でこちらに話しかけてきた。
「あの…あのですね。このまま撤退してもらう訳には…いかないですか…なの」
一瞬驚きを見せた兵士とカールツアイスだったが、先程までの自分達の緊張を思い出し皆ゲラゲラと笑い出した。
「ひゃっはっは。お嬢ちゃんそりゃあ無理ってもんだ。面白えから見逃してやんよ。とっとと帰んなっ!」
拍子抜けしたカールツアイスはヒラヒラと手を振って彼女を追い払う仕草を見せる。その仕草を残念そうに見つめた彼女の足下に青白い光に包まれた魔法陣が現れた。
「ちい、こいつ魔法使いか?てめえら警戒しやがれ!」
再び警戒を強めて腰の剣に手を当てた彼等だったが、その魔法陣から姿を見せたのは小さなドッジボールくらいの青いゼリー状の魔物。冒険者が初期に討伐するお手軽な討伐対象のいわゆるスライムであった。
「最期に聞きます…どうしても…ダメ…なの?」
彼女はその青いスライムを大事そうに胸に抱きかかえると、再度彼等に問いかける。だが召喚用の魔法陣に警戒していた彼等も中から現れたのが小さなスライムだったので、すっかり気の抜けてしまった彼等は先程より大きな声で下品に大笑いしていて全く相手にさえしてはくれない。
「…………じゃねえ」
「はあ?なんか言ったかいお嬢ちゃん。ってかまだいたのかよお前!ひゃっはっは」
「無視すんじゃねえつってんじゃんよ!てめえら!」
「へっ?」
声を聞いたカールツアイスが再びからかうと、次の瞬間彼女は人が変わったような強い眼差しを彼等に向け大声で怒鳴りつけた。
「アレやるぞ、アオマル!」
呆気に取られて固まる彼等の眼前では、そう言った彼女が胸に抱えていたスライムを頭上に持ち上げ、まるで水でも被るように自らの頭に叩きつける。バチャッという音と共にひしゃげて広がったスライムは到底元のサイズでは有り得ないほどに広がって彼女の身体をすっぽりと包み込む。それは水色で半透明の、フードの付いたまるでレインコートのよう。
「ちい、聞き分けのない嬢ちゃんだ。お前等適当に遊んでやんな!わかってんだろうが後で使える程度にしとけよ。ひゃっはっは」
彼女の豹変ぶりには驚かされたが所詮はスライムしか呼べない低級の召喚士。負ける事など考えられない。そう判断して、いたぶった後のお楽しみの方に興味が湧いたカールツアイスは指揮所に戻って朗報を待つべく背中を向けた。
ブォン……ガッシャァァン!
そんな彼のすぐ横を何かがすごい勢いで通り過ぎ、目の前の備品の山に命中して木箱を幾つか粉砕する。よく見ればそれは先程まで彼と一緒に女性をからかっていた兵士。だが血だらけの顔面はすでに原型を留めてはいない。
「いったいな……なんだこりゃあっ!」
振り返った彼の視線の先には自軍の兵士の姿はなかった。代わりにそこに立っていたのは未知なる異形。
先程の女性のレインコートからは二本の半透明の巨大な腕が突き出していて、その大樽ほどもある大きな拳からは恐らく兵士達のものと思しき血が滴り落ちている。
「ちっ、バケモンが!」
こんな異形を見せられてなお、彼が戦意を保てるのは普段から魔物に対峙してきた冒険者ならではだろう。彼は愛剣『蛇節剣』を抜き去るとじりじりと異形と化した女性との間合いを詰めていく。
「ひゃっはー!久しぶりのバケモン退治といこうかぁぁぁ!」
奇声と共に一気に残りの距離を詰め目の前で斬りかかるカールツアイス。その剣筋を見切り左の巨腕がガードする動きを見せる……。
(かかった!)
巨腕の動きを確認した彼がニヤリと笑い剣の柄にある突起を押し込む。するとその柄の中からジャラジャラと音を立てて鎖が伸び、その鎖の先に繋がれた刀身は遠心力により彼女の位置を一気に過ぎる。そしてガードに向かった巨腕に鎖の部分がぶつかるとそこを支点にして鎖が曲がり、通り過ぎた刀身は突如向きを変え彼女の背後に襲いかかった。
「もらった!死ねバケモノめぇぇっ!」
彼女は避ける様子もない、いや避けれないのだろう。カールツアイス必殺の一撃。これを初見で回避した者などこれまで誰一人いなかった。勝利を確信した彼の脳裏には背中から血飛沫を上げ断末魔の叫びと共に仰け反る彼女の姿がはっきりと映っていた……だが。




