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四日前

「未だ可能性の域を出ない話ですので処分云々は保留としましょう。皆さん、とりあえず今は帝国の防衛のみを考えましょう!」


 場の沈黙を破ったのは宰相のボルティモア。彼の発言でガウェインをはじめ、誰もが顔を上げ気を引き締め直した。


「そうだな。ではまずは南の国境を固めよう!いつ攻めて来るかわからん以上、すぐにでも出発したほうがいいな!」


 真っ先に意見を出したのは『龍姫』の名を聞いて以降、うずうずとした様子を見せていたニコラスである。


「……奴等が得意な飛竜隊の対策に魔法師や弓隊も必要だろう。叶うなら我が赤光騎士団にも参加させてもらえないだろうか?」

「確かに……じゃあ防備の黄光と攻撃の赤光で迎え撃つとするか!なあボルティモア?」


 懇願するガウェインの真剣な瞳に触発されて、ニコラスが防衛の構成を提案する。問われたボルティモアが元老院議員達の顔を見回すと、皆一様に頷いて了承の意思をを示した。


「まあ、それが妥当な線だろうな。『龍姫』の軍勢も見たかったが仕方ない。今回は留守番するか」


 残るエドワードもその案に賛成し、国境にて迎え撃つ体制が決定する。その後、部隊の規模、構成、物資輸送等の話を詰めると、足の遅いニコラス率いる黄光重装兵団の先発隊約五千は、その日のうちに出発する事となった。


 予想される侵攻ルートで敵が進軍するとして、狙われる可能性の高い街道の関所までは帝都から馬で五日程。装備の重いニコラス達では、いかに馬を増やしたとて四日はかかるだろう。

 後発の本隊三万の中心はガウェイン率いる赤光騎士団。彼等の売りは多彩な攻撃手段とその機動性。彼等が駆る馬達であれば三日ほどで到着出来るので、出発は明日準備が整い次第。同日の夕刻には、補給部隊が残りの重装兵団に護衛されて出発する予定である。


 急な招集からの編成だった事もあり、国境に向かう部隊の総数は約五万人規模のものとなった。それでも帝国が誇る将軍二人を要し、その精鋭を中心に構成された軍勢は精強さに於いて、かの『龍姫』の軍に対しても決して劣るとは考えられない。会合は帝国の絶対勝利を疑う者もなく、意気揚々とした雰囲気のまま終わった。

 

 そうして各自が準備の為に去った後の部屋には、宰相であるボルティモアだけが残っている。


「聞いていた通りだ、ミツクニ」


 テーブルの上の書類に筆を走らせながら振り返る事なく彼がそう言うと、その背後にはどこから現れたのか一人の男性が立っていた。

 黒い長髪をかき上げて全て後ろに流した厳しい顔つきの中年の男性で、左の頬には大きな傷が縦に一本入っている。身に着けた衣装は全て黒い布製。足首から脛、手首から肘、それに股間と左胸に加工した金属板が最低限の防具として付いており、その上から長い陣羽織の様な上着を羽織っていた。背中には一本の黒い長剣、いや刀が見える。


「ガウェインからは幾度も催促があった。我等も要人の警護の命があり、先日の件以降陛下と皇后様、それにアルテイシア様の身辺警護も増員している為に、御家騒動などにかまってはおれなかったのだが……」


 ミツクニはややぶっきらぼうにそう言って顔を伏せた。自分達が動けていれば事態は変わっていただろうか。そんな事を考えて自責の念にかられているのは、彼と付き合いの長いボルティモアには一目瞭然だった。


「まあ、君には現在『皇帝』も演じてもらっているしね。先日の冒険者との謁見も見事だった。笑いを堪えるのが大変だったよ」

「わ、笑っておったではないか!一番前で皆が見えぬのをいいことにニヤニヤしおって!」


 落ち込んだ雰囲気を変えようとボルティモアはさも可笑しそうに感想を述べる。それを聞いたミツクニは心底恥ずかしそうに顔を赤くした。この話から、先日シンリ達が謁見した『皇帝』は、実はこのミツクニが扮した偽者であったようだ。元来口下手な彼の性格と、眼前でにやけるボルティモアのせいで、あれほど微妙な形でのシンリとの会話になってしまったのだろう。


「まあまあ。ところで巫女王様の神域は未だに見つからないのかい?」

「……すまぬ。多くの者を向かわせているのだが、神域はおろか小人様との接触さえ皆無だ」


「私達の祖父の代頃からは、話にも出なくなっていましたからね。礼を尽くさぬ我々が、かの御仁に見限られたのも当然と言えば当然か……」

「だが諦めはせんぞ!魔道具でご記憶を変えておるとはいえアルテイシア様の、あのお寂しそうな御顔は見るに堪えん!」


 彼等の会話の内容からすると、現皇帝並びに皇后は何らかの事情で動けない。もしくは皆の前に出られない状況にあるようだ。その状況を打破する何かが巫女王のもとにあり、ミツクニの配下の多くは目下巫女王捜索に全力を注いでいるようである。アルテイシアと呼ばれた者は恐らく現皇帝の御子であろう。精神的なショックを抑える為、何らかの魔道具にて記憶を変えているらしい。


「アルテイシア様と言えば、やはりあの『宝玉』は光らないのか?」

「ああ、先代様と同じだ。まるでただの黒い石ころにしか見えぬ」


「石ころは不敬では?あれでも皇位継承の証。かつて友好の証として巫女王に与えられし帝国の秘宝だよ」

「だが今は勾玉の形のただの石ころだ。……そう言えば先日侍女が妙な事を言っていたな。アルテイシア様が透き通る深緑の輝く宝玉を持つ者を見たと言っていたと……」


「まさか!アルテイシア様の『宝玉』が?」

「いや、そうではない。持つ者を見たという話だ。まあ夢でも見たのだろうが……」


「夢か……魔道具で抑えていても心中では御両親の回復を望まれておられるのだろう。御いたわしい事だ」

「……それでも先日のようにお逃げになられては困る。我等の代で皇帝の血筋を絶やす訳にはいかんのだからな」


 幼き身でありながら帝国の未来を背負い、魔道具で抑えなければならない程の精神状態に耐えるアルテイシア。その苦痛を思い、二人は黙り込んでしまった。




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