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真なる悪夢

注:一部、やや残酷な表現がありますのでご注意ください。

 廊下に出るとジャンヌが待っており、彼女と共に階下に降りて仲間達と合流した。暫く控えの間でお茶を飲みながら待っていると、侍従の一人が晩餐の準備が出来たと呼びに来たのでジャンヌの案内で二階部分にある大きなホールに移動する。会場には先程エントランスで見かけた貴族達をはじめ、多くの有力者と思しき者達の姿があった。

 S級冒険者は一軍にも匹敵する程の強大な力の保有者。今後の為にもこれを機会に何らかの関係を持ちたいと、皆思っているのだろう。

 暫くは互いを牽制し合っている感じの彼等だったが、一人が俺に挨拶に訪れると次々多くの者がそれに続き、俺達の周りはあっと言う間に人だかりが出来てしまった。正直、こういうのは苦手だ。





 太陽が遠くの山々にその姿をほぼ隠し、夕闇に包まれた帝都の空。


 灯りに集まる羽虫を狙って小さな蝙蝠が舞う上空に、蝙蝠と呼ぶにはやや大きくずんぐりとした影がよたよたと飛んでいく。その何かは帝都中心部近くに建つ、ある屋敷の敷地に下降すると三階のベランダ部分に音も無く降りる。すると、まるでそれが着地するのが分かっていたように静かに窓が内側より開けられ、それはてくてくと歩いて室内に入っていった。


 その室内は異様な美しさに包まれている。まるで大きなレース編みを幾重にも重ね合わせたような銀色の紋様が部屋の壁を全て覆い隠してしまっているのだ。よく見ればそれらは非常に細い糸状の繊維で編み込まれて出来ているのが分かる。触れると切れてしまいそうな儚さと一本一本が放つ妖しげな輝きによって作り出された幻想的な空間。

 空間の中心には天蓋付きの豪華でやや過度の装飾が施されたベッドがあり、そこには一人の男性が寝息を立てていた。


 部屋の中は暗い。だが部屋を覆う糸が時折放つ光でそこを照らし出している。


 カタカタカタカタ……。


 ふいに室内に響く小さな音。それは彼の眠るベッドへと近付いていく。


 ズブッ!


「いっ!んぐぅ……!」


 彼を半ば力ずくで目覚めさせてしまったのは頭部に深々と突き刺された一本の長い針だった。激痛に彼が声を上げそうになるが、瞬間糸状の繊維がぐるぐると巻きつきその口を塞ぐ。その針に何かが流し込まれる感覚を最後に、彼の身体は一切本人の意思で動かす事が出来なくなってしまう。

 しかし、意識を失った訳ではない、目も見えているし音も匂いも感じられる。意識や感覚はより一層研ぎ澄まされ、室内を覆うその異様な光景や近くにいるであろう三体(・・)の何かの存在、そしてベッドの足下の方にある椅子の上に乗った黒く小さな物体をも認識した。


 更に目を凝らして見てみると、それは不格好なぬいぐるみのようだ。真っ黒で卵を二つ繋げた様なそれがちょこんと椅子に腰かけこちらを向いている。誰かが見舞いに持ってきた物だろうか、にしても何て悪趣味な、等と考えていると、それは突然パタパタと飾りの様な小さな羽をばたつかせ宙に浮き上がった。


 そのぬいぐるみには、どう裁断して縫い合わせたのか解らない程の歪な縫い跡が無数にある。それを縫い合わせた糸がまるでそれ自体が生き物であるかのように身をよじり、するすると解けていく。全ての糸が解けて原型を留めないただの塊と化したそれは、数度脈動すると爆発するように広がり一瞬で何かの形になった。


 それは『扉』だ。枠の部分はウゾウゾと蠢く肉の様な組織で形造られ、中心には荘厳な装飾が施された漆黒の扉が付き、かぎ爪の様な取っ手がある。


 ガチャリ!


 その取っ手が回りゆっくりと扉が開くと、そこからは見た事も無いような美しい女性が姿を見せた。

 漆黒の長い髪に白い肌、美しい身体のラインをくっきりと表わすぴったりとした黒いドレス。金色の瞳がこの暗い室内にも拘わらず爛々と輝いている。


『アラクネちゃん達ご苦労様。結界は大丈夫かな?』


 その女性が独り言のように話すと、闇の中から何らかの意思表示がなされる感じがした。


『そう、ありがとう。じゃあ終わるまで結界の外で待っていてね。貴女達に何かあればシンリちゃんに叱られちゃうもん』


 その言葉を受けて、闇の中の気配が遠ざかる。室内にはベッドで身動き出来ない男と不思議な扉から現れた黒髪の美女だけが残された。


『ほんと、シズカちゃんもまだまだ甘いよねえ……』


 その名前を聞いた途端ベッドの男性、ガイウスは気を失いそうな嫌悪感と痛みの記憶が蘇り、強烈な吐き気を催した。そんな様子等お構いなしに女性、パンドラが話を続ける。


『こいつはシンリちゃんを閉じ込めたんだよ?閉じ込め……私から奪う、愛しい人を……また閉じ込める……また失う……』


 ブツブツと言うパンドラの身体から濃密な瘴気と負の気が目に見えるほどに溢れ出す。その濃密な気にただの人間であるガイウスの身体が耐えられる筈もなく、はじめは足の指そしてふくらはぎ、更に太腿へと変色し歪に膨張し始める。それらは次第に土色から黒っぽく変色してみるみる萎んだかと思うとじゅくじゅくと形を失って崩れ、白い骨が所々で露出した。

 そう、今まさに彼の身体は意識があるまま腐って朽ちているのだ。その激痛と自らの身体が朽ちていく視覚的な恐怖はとても耐えられる物ではない。だが、先程打ち込まれた針のせいか気を失う事はおろか、目を閉じたり顔を背ける事も出来ない。


 その腐敗による蹂躙は彼の股間に差し掛かった所で、別の力によって遮られる。未だシズカのかけた『一日限りの不死者ワンデイノスフェラトゥ』の効果を有した彼の肉体が、状態を戻す為に再生を始めたのだ。みるみる再生されていく彼の身体、それを見たパンドラはさも楽し気に微笑むと落ち着いた様子で椅子に腰かけた。


『シズカちゃんのアレ、まだ効果があるのね。結界が壊れないように抑えてじゃ殺せないのは残念だけど、これはこれで楽しめそうだわ』


 そう言うとパンドラは右手で顔にかかる黒髪をかき上げるようにして耳にかけ、顔の前に水平に広げた左手の掌の上に黒い瘴気と負の気を込めた渦を作り出す。それに彼女が口でふうっと息を吹きかけると、それはガイウスの下まで飛んでいき、再び再生したばかりの肉体を先程より早く蹂躙し、腐らせる。


 最早ガイウスの自我は崩壊し、精神は壊れてしまっていた。それでもどれだけ腐って身体を失おうとも『一日限りの不死者ワンデイノスフェラトゥ』が死ぬ事を認めない。パンドラが同様に再生する度に何度も気を送って腐敗を促し、それはどれ位込めればどこまで腐るかを試しているようで、腹部までそして胸までと回を重ねる毎に侵食範囲を広げていく。それが遂に彼の顎に差し掛かった辺りで、周囲の結界がぴしぴしと悲鳴を上げ始めた為、彼女はそれ以上の蹂躙を止めた。

 首から下の再生が始まったガイウスを見ながら、パンドラは静かに呟いた。


『もう絶対奪わせやしない。シンリちゃんは私の光。待っているだけじゃ守れないって、私は学んだもの……。これからは私が守ってあげる。シンリちゃんの為ならこんな世界、いつだって滅ぼしてあげるわ』


 彼女が扉をくぐって帰って行くと、扉は再び蠢いて形を変え徐々にサマエルの形状に近付いていく。解けた糸も再びにゅるにゅると戻って縫い目へと変わる。元に戻ったサマエルが窓から外へと飛び去って行くと、室内にはかさかさと『蜘蛛女三姉妹(アラクネシスターズ)』達が戻ってくる気配があった。





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