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御前試合 3

 俺達が退場した後の試合会場は、ジャンヌの時とは違った意味で異様な盛り上がりを見せていた。


 ジャンヌ敗北のショックから早々に帰宅しだした女性達に代わって、闘技場の観客席最前列をぐるりと囲むように陣取ったのは、いずれも『緑色』の装備や衣装を身に纏った者達。彼等を使って人間の檻にシズカを閉じ込めいたぶるつもりらしい。


 ちなみに俺は一旦控室に入室すると外から扉を開けれぬよう細工し通路に転移、そしてケットシーに貰ったスキル『肉球式無音歩行術(サイレントスニーク)』を使って誰にも気付かれる事なく観客席の仲間達の所に辿り着いている。ステータスに表示されるスキルの呼び名が若干違うのは、恐らく種族の違いが原因だろう。


 下を見ると俺が扉に細工をする前に部屋を出たシズカが、闘技場内に姿を見せたところだった。

 それに気付いて突如前列から起こる激しいブーイングの嵐。こんな事をされれば委縮するどころかシズカは更に燃えるだけなのに、本当に残念な考えしか出来ない連中だ。

 罵声の嵐の中、シズカは俺達の姿を見付けたらしく涼し気に手を振っている。


 突如罵声が止み、一瞬で静まり返る会場内。前列の緑達は全員立ち上がり姿勢を正してシズカと反対側の入場口を見ている。それと同じくして観客席の一角に楽団が姿を見せ勇壮な音楽が奏でられ始めた。


 そんな彼等が見つめる先にガイウスが姿を現すと、一斉に起こる『聖帝様』コール。全員が声を張り上げながら足を踏み鳴らしている為、まるで地震でも起こったかのようだ。闘技場の中心でその大歓声と演奏、足踏みが合わさった大騒音(・・)を目を閉じて存分に堪能した彼が右手を高々と上げると、それら全てがピタリと止んだ。


 静まり返った会場の中心で彼が纏っていた緑のマントを外して放り投げると、途端に会場中から感嘆の溜め息が漏れる。それは、彼がマントの下に着用していた見事な作りの黄金の鎧のせいだ。

 実際に黄金製なのかは確かめるべくもないが、日の光を浴びてそれはキラキラと輝いている。各部の縁には装飾が施されており装飾部分は緑色。全身を覆う、あまりにも無駄に豪華な全身鎧だ。


「シズカさん嬉しそうですね」

 ……コク。

「ほっほっほ。あの笑顔、悪魔の笑みに見えるのう」

「綺麗。だけど……恐ろしい……なの」

「あれは獲物を見つけた魔獣の目じゃんよ」


 自らをこれでもかというくらいに誇張するガイウスの姿に、シズカはおもちゃを見つけた子供のように無邪気な……いや違うな。おもちゃを見つけた子供が邪悪な笑みを見せていると表現するのが相応しい、そんな笑顔を浮かべていた。


「先程の試合はとんだ期待外れだった。そこでだ、この試合では自発的な降参は一切認めん!女が……いや、どちらかが続行不能になるまで存分に戦うがよい!」


 彼等はどこまで自分達の首を絞めるのだろう。ちらっと女と聞こえたが、ガイウス程度の実力の者をそこまで過大評価出来るとは本当におめでたい連中だ。


「シズカさん、殺しちゃわないですかね?」

「ご愁傷様」

「なんともゾクゾクしてくるのう」

「ダンナ様を捕まえた報い……なの」

「そうそう、生半可な責め苦じゃ納得出来ないじゃんよ」


 突然のルール改正だが、仲間達には好評のようだ。降参不可と聞いたシズカも、先程より更に邪悪に微笑んでいる。


「双方、準備はよいな。では始めい!」


 ガルデンの号令でいよいよ試合が始まる。


 ガイウスは黄金の全身鎧を纏い、虚空より取り出したこれまた豪華な装飾の施された大剣を構えた。対するシズカはいつものメイド服にハンマーを担いだだけの姿だ。

 この二人の対照的な姿を見て俺達以外のいったい誰が、この後の蹂躙劇を想像出来ただろうか。恐らくこの会場に詰めかけた者全員が、ガイウスの勝利を疑いもしてはいまい。彼の見事な大剣が振り下ろす事も出来ずにシズカによって砕かれるまでは……。



 待ちきれなかった。


 愛しいお兄様を窮屈な檻に閉じ込めた憎い人間(ゴミ)が目の前にいる。


 ああ、歓声に包まれたあの人間(ゴミ)を今すぐ引き裂いたら、どんなに気持ちがいいかしら。


 愛しいお兄様のお姿が見える。


 ワタクシ達には話されませんが、理不尽な捕縛でさぞやお辛い日々を過ごされたのでしょう。


 待っていてくださいね。


 もうすぐ、もうすぐですわ。


 この人間(ゴミ)の骨の髄まで、恐怖と絶望を刻み込んで差し上げます。


 ああ、待ちきれない。


 待ちきれない。


 待てない。


 ああ、もう……無理!



 ガイウスが大剣を構えた次の瞬間、その剣は転移したシズカのハンマーの一撃で砕かれた。

 シズカはまるでバトンの演技のように、重いハンマーを身体の周りでクルクルと回しながら続く一撃で右手首を打ち骨を砕く。さらに左の手首にも同様の一撃を加え、彼の両手を完全に封じた。


 降参する事が出来たなら、この程度で終われたかも知れない。それを決めたガルデン当人は、何が起こっているのか未だ理解が追い付かない様子。


「コレ、邪魔ですわね」


 最早武器も握れなくなったガイウスに向けてシズカの容赦無い打ち込みが続く。その一撃ごとに甲高い金属音を立てながら黄金の鎧が砕かれて剥がれ落ちる。シズカは絶妙の力加減で、極力肉体にダメージを与えぬよう鎧のみを砕いているのだ。

 ボロボロで既にそれが鎧であったのかさえ分からないような破片だけになり、彼の上半身は全くの無防備になっていた。


「では、いきますわよ」


 そう言うとシズカは自らの右の人差し指を口に含み、そのまま噛み千切った。一瞬襲った痛みに思わず微笑むシズカ。


「んくっ、んふふふ……」


 シズカは口から吐き出した人差し指を再生した右手に握り込むと、右手自体が長く伸びてランスの先端さながらの円錐状に変化する。


「うふ、うふふ……ふっ!」


 次の瞬間、そのランスの先端は深々とガイウスの左胸に突き刺さった。


「準備オーケーですわね。うふふふ」


 悪夢の準備が整った。俺には全て見えているが、会場の誰も、いやガイウス自身でさえ何が起こっているのか分かっていないだろう。ここまでに要した時間は僅かに八秒足らず。高速移動に加え転移まで併用するシズカの動きに、ついて来られる者等いないのだから。






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