御前試合 2
普段からコートのフードを深く被り、黒髪と眼帯を隠すようにしている俺は、よく魔法使いや召喚士に間違われる事がある。
その印象を利用しようと考えた俺は[村雨丸]を抜くとその滴を適当にばら撒き、魔法陣っぽい形を地面に作った。そして両の掌を顔の前で叩き合わせ、そのまましゃがんで両手を陣もどきに付ける。
そんな動作が無駄な演技だと知っている仲間達は、見ながら笑っているかも知れないな。そんな事を考えている俺の前に、まるで陣から這い出たように数体の骸骨兵士が姿を見せた。
それと同時に地鳴りのように沸き起こる騒めき。会場の誰もが信じられないといった表情をしている。そういえば複数体の同時使役など、出来る者は滅多にいないんだったな。これは少々やり過ぎたか。
「さあジャンヌ、お前の技量を見せてみろ。いけ、骸骨兵士よ」
何とも芝居がかった台詞に、言ってる自分自身が恥ずかしくなる。ちなみに今回召喚したのはダレウスの時に召喚した骸骨の騎士より格下の骸骨兵士達。その分人数は十体ほど揃えたので、暫くはジャンヌの独壇場となるだろう。
「なんて滑らかに動く骸骨の魔物なんだ!」
「骸骨の魔物があんなに素早く動けるなんて聞いた事もないぜ!」
会場のあちこちからそんな声が聞こえてくる。まあ下級とはいえあの『冥府の森』で鍛えられた骸骨兵士達だ。そこいらの魔物とはレベルが違っても仕方がない。
俺がいきなり見慣れぬ術を使った事で一瞬固まってしまったジャンヌだったが、すぐ冷静さを取り戻し今三体目の骸骨兵士を倒したところだ。倒す度に相変わらずの黄色い声援が送られている。
彼女が戦っている間、俺はやる事がないので会場内を注視してみると、所々で弓矢を持った両手を糸で巻かれた者がもがく姿が見受けられた。試合中のジャンヌを狙っているのだろうが彼女達、『蜘蛛女三姉妹』の目をかいくぐる事は不可能だ。
ジャンヌの方は、順調に六体目を撃破。心配していたが体調に問題は無さそうで一安心だな。
貴賓席の方に視線を向けると、先程のガルデンが身を乗り出し次々と敵を撃破するジャンヌの姿を恨みの篭った視線で睨みつけている。前回、彼女に敗れた彼にこの試合を仕切らせるなんてまったくこの国の内情はどうなっているんだ。そんな不安を感じていると、こっちに視線を移した彼と目が合った。すると彼は暫く俺を見た後、何故か赤くなって恥ずかしそうに視線を逸らす。瞬間、俺の背筋を伝う激しい寒気。おいおい、まさかあのおっさんはそっち系の変態さんなのか、勘弁してくれ……。
慌てて戻した視線の先では、遂にジャンヌが最後の敵を仕留めていた。その瞬間に沸き起こる、まるで彼女が勝利したような大歓声。確かに俺が召喚士なら、召喚された魔物を倒した時点でそうなるのだが、まあ俺には当てはまらない。
それを会場の誰よりも解っているジャンヌの表情にも安堵の色は見られない。むしろここからこそが本番なのだと、より真剣な顔で俺を見据えている。彼女のそんな雰囲気が観客の楽観的なムードを消し飛ばし、徐々に歓声が納まっていく。
対峙する二人の緊張が(まあ、緊張してるのはジャンヌだけだが)伝わったのか、すっかり静まり返った会場内で徐々に互いの距離が詰まる。
彼女は自身の間合いのかなり外で足を止め『構え』をとった。彼女の剣技は我流、故にこれまで構えというものは重視せず、いついかなる時にでも剣が繰り出せるように自然体を心がけているのだと言っていたのは彼女自身。そんな彼女が今はっきりと独自で編み出したであろう構えをとっている。
俺に対して半身で立ち、やや広めに足を開いて重心を落とす。右手は前に突き出し、左手は畳んで左胸に押し当てていて一直線に並んだ二本のレイピアが、まるで引き絞られた弓に番えられた、長い一本の矢のように見える。
その異様な構えに、彼女のただならぬ決意と想いを感じた俺は[村雨丸]を鞘に納めると彼女に対して右足をやや前へ、左足を引き寄せ少し後方に開いて腰を深く落とす。左手は鞘にあてがい右手を柄に軽く乗せて身構えた。
俺の納刀が、決して油断などではないと感じ取った彼女の額に光る汗が滲み、ゆっくりと頬を伝う。
その汗が、顎先から落ちて地面に当たるその刹那、彼女は動いた。
裂帛の気合と共に彼女が前方に突き出していた右手のレイピアの切っ先が、あろう事か彼女自身の間合いの射程の外から一気に俺の眼前に迫る。なんと彼女は後方に引いた左手のレイピアで、前方に突き出した右手のレイピアの柄の先に付いた薔薇の装飾を突きそのまま、まるで一本の長槍のようにして間合いを一瞬で零にしたのだ。
「でやあぁぁー……『青薔薇の白銀棘』!」
彼女は元々左利きという。利き腕を使う事でより強い力を込め、尚且つスピードもある正確無比な鋭く見事な刺突だ。初見でこれを使われて、回避できる者はほとんどいないだろう。
俺はそんな事を冷静に考えながら[村雨丸]の柄を握り軽く魔力を流し込む。それにより刀身と鞘の内側に水の層が出来、それが増大する事で高まった圧に押し出されるようにして、神速の居合が抜き放たれた。
目の前のジャンヌを以てしても、俺が柄を握ると同時に連続した金属音が二つ響いたくらいにしか認識が追い付かなかっただろう。
俺は下段から一本目のレイピアを弾き、返す袈裟斬りで二本目のレイピアを叩き落してそのまま納刀したのだが、観衆には柄を握ったまま動かなかった俺の姿と、俺に迫りながら突如愛剣を手放した彼女の姿という何とも理解し難い光景に見えた事だろう。
弾かれた衝撃で痺れが残る手を押さえるジャンヌの首筋に、再び抜いた刀の刃を近づける。
彼女はそのまま俺の前に両膝をつき、両手を上げて降参の意思を示した。
「……参りました。オレの完敗です」
そう言う彼女の手を取って立ち上がらせると、観衆からは豪雨の様な拍手の雨が降り注いだ。
「流石は師匠、今のオレの全霊を賭けてもその片鱗すら見る事が叶わなかった。しかしとても気持ちいい、清々しい敗北でした」
「よく考えられた見事な一撃だった。ジャンヌは案外、俺達の見込み以上に早く強くなっていくかも知れない」
「そうなれるよう、これからも精進致します!」
彼女は笑顔でそう言うと、レイピアを拾い自らの控室に戻って行った。怪我はさせていないしモミジも護衛している。何よりアトロポスがついて行くのが見えたので仮に襲撃があっても問題ないだろう。
「結果については後程発表がある。シンリとやらも控室に戻り結果を待つがよい」
恐らく彼等の計画では俺以外のパーティメンバーなら勝てるだろうから、俺のいない所でシズカを痛め、あわよくば殺して俺への見せしめにしたい程度に考えているだろう。俺が見張ってないと本当に危険なのはあの馬鹿なのに。って、なんでまたあのおっさんは赤くなっているんだ、気持ち悪い。
そこまで言うなら知った事ではないな、さっさと控室に戻らせてもらおう。




