御前試合 1
注;本日二話目の投稿です。
「おはようさん」
「おはようバービー。こんな馬車あったんですね」
「はんっ、ご挨拶だねえ。だが勿論借り物だよ!」
先日のギルドの現状に相応しくない豪華な馬車での迎えに、思わず出た言葉をさも愉快気に切り返してくるバービー。通例として挑戦する立場の冒険者を送るのはギルドの役目なんだそうだ。
ちなみにS級と認定されれば、試合後は皇帝との謁見と晩餐会への出席、その後は帝国が準備する馬車で送ってもらえるらしい。
「要は行きまではギルドで面倒みな!まあ使える奴だったら後はギルドはお払い箱!ってこった」
「そう聞くと何だか嫌な慣習ですね」
「まあね。だが考えてみりゃS級冒険者になるような人間なら敵対したくない気持ちも解るからね。腹も立ちゃしないよ」
そんな話をしている内に馬車が大きな壁の前で停まる。昨日『甘麦屋』に行った方角とはちょうど反対側に来たようだ。
「さあ着いたよ。ここがアンタ等の舞台さ」
バービーは背後の大きな壁を指している。よく見ればそれは転生前に教科書で見たローマのコロッセオさながらの大きな円形の闘技場だった。バービーに続いて中に入り控室に向かう。恐らく既に多くの人が詰めかけて来ているのだろう、話し声や様々な音がざわざわと地鳴りのように響いてきている。
二人の衛兵が立つ扉の奥が俺達の控室。中には立派なテーブルにソファ、飲み物や果物なども用意されていた。
{……全部毒入りだけどね}
(ミスティ、本当か?)
{ええ、ご丁寧に果物にも入ってるわ。でも致死性の物じゃない、効果は痺れや麻痺ってとこね}
(まったく、あの馬鹿が絡むと碌な事がないな。ありがとうミスティ)
「バービー、その水は飲むな!」
ミスティと話していると喉が渇いたのか、徐にバービーが水差しからグラスに水を注ぎだした。
「なんだいケチケチしなくても……いや、その顔は冗談言ってる感じじゃないねえ」
「バービー、イチョウは傍に居るのか?」
「ああ、闘技場では極力姿は見せないようにするらしいが、ちゃんと護衛はしてくれているよ」
「では彼女からモミジに伝えてくれ。ジャンヌ達も持ち込んだ物以外決して口にしないようにと」
「だそうだよ。頼めるかい?」
「かしこまりました」
バービーの問いに見えないイチョウが答え、気配が遠ざかる。
それを確認した俺は、シズカにバービーの注意を引き付けさせ、【魔眼】から水といくつかの食べ物をテーブルに出しておいた。
「バービー、これらは安全だ。口にするのはこっちにしてくれ」
「助かるよ。もう喉がカラカラだったからねえ」
暫く俺の出した物を美味そうにあれこれ食べていたバービーだったが、イチョウが戻り十分に腹が満たされると『ま、ほどほどに頑張んな』と、気の抜けた台詞を残して控室を後にした。
「さて、この広い会場内からの様々な妨害を想定した方がよさそうだな、それも対象は俺達だけでなく対戦するジャンヌや観戦する仲間達も、か……」
「とてもいちいち見ながら探していては間に合いませんわね。目が沢山欲しくなりますわ」
「目が沢山か……それはいいなシズカ」
シズカの言葉に打つ手を閃いた俺は、【傲慢眼】を発動し配下の者を召喚する。
「お呼びですかシンリ様」
「お呼びなの?シンリ様」
「お呼びかも!シンリ様」
召喚したのは『蜘蛛女三姉妹』。日夜、広大な森を監視する彼女達の八つの目にかかれば、遮る木等のない場所での監視は雑作も無い。しかも普通の人間ではまず認識不可能な隠密性と、糸による遠隔攻撃で弓矢等にも対処出来る。
「来てくれてありがとう。早々ですまないが俺と仲間達、それに俺の対戦相手に害を及ぼしそうな者を秘密裏に排除してほしい。頼めるか?」
「かしこまりました。シンリ様は我等の主人、気兼ねなくお命じ下さいませ」
「かしこまりました。気兼ねはしないでいいの?」
「かしこまりました。気兼ねは全然してないかも!」
そう言い残して彼女達の姿が、そして気配までもが掻き消えていった。
彼女達が感知出来なくなると同時に部屋の戸がノックされ、係の者が俺を迎えに来る。
「ではシズカ、お先に」
「ええ、いってらっしゃいませお兄様」
やや薄暗い通路を暫く歩き、先に光が見える一本道に差し掛かると、係の者からここからは一人で進むよう促された。通路を進みその光に近付くにつれ、外の喧騒が段々と大きくなっていく。
光をくぐるとそこには高い塀で囲われた円形の広場と、その塀の上に傾斜状に造られた観客席に座る、数え切れないほどの人達の姿が見えた。その数は優に一万を超えるだろう。
観客席の一角には物々しい兵士達によって守られた場所があり、そこの最上部には前面を簾のような物で隠された四角い部屋が造られている。その簾の前には『赤』『青』『黄』それぞれの将軍達が座っていて、その下段には皆白い布を肩からかけた大臣や要職者、更に下に来賓や有力貴族がいるようだ。
だとすれば当然、あの個室には皇帝陛下が居るのだろうな。
そんな事を考えながら見上げていると、観客の中から沢山の黄色い声援が割れんばかりに巻き起こった。見ると正面の通路からジャンヌが姿を見せたところである。その熱狂ぶりはアイドルのコンサートさながら。話には聞いていたが彼女の帝都での人気はかなりのものだ。まあ、見たところ全員女性だが……。
「素敵です青薔薇さまぁー!」
「ジャンヌ様愛してます!」
「ジャンヌ様に突かれたいですわ!」
「キャー青薔薇様、奴隷にしてえぇー!」
それらの悲鳴にも似た声援は、貴賓席最前列に立ち上がった一人の男性の姿に気付くと一瞬大きな騒めきになり、そして徐々に静かになっていく。
「私は今回の試合を監督する帝国軍軍事顧問、ガルデン・シュトラウスだ。皆も知っての通り会場には帝国が誇る優秀な回復魔法の使い手が待機させてある。そこで今回は趣向を変え、審判を置かない事とする。各々はどちらかが動けなくなるか、一方が無様に敗北を認めるまで、死力を尽くして存分に戦うがよい!」
物は言い様だ。つまり彼にとってはどちらも憎いので、途中で止めずにボロボロになるまで遣り合ってほしいのだろう。流石はあのガイウスの兄、やる事が姑息過ぎて笑える。
「双方、皇帝陛下の御前である!決して手を抜く事なくその力を見て頂くのだ。では始めい!」
審判がいない事で困るのは、恐らくガイウス当人だろうな。ともあれ試合開始だ、まずはジャンヌの見せ場でも作るか……。
 




