朗報
ドンドンドン!
突然、彼女達の入って来たドアが叩かれた。
「真偽官様、まだかかりそうですか?まだ終わらないんでしたら被疑者に休憩を取らせてもらえませんかね?」
この声はビルゲールだ。拘束衣を着た俺を心配して声を掛けてくれたらしい。
見た目はともかく、本当に面倒見のいいおっさんだ。
「もう終わりましたからー!」
ユーステティアがあっさりそう答えてしまったので、外でガチャガチャと鍵を探す音がし始めた。
「おいおい!」
俺は辛うじて鉄格子の向こうへ転移した。そんな俺に格子の向こうからユーステティアが声を掛ける。
「今後の事は全て私にお任せ下さい!審議会が中止になった後、そちらに伺いますね!」
そう言い残すと、彼女達は迎えたビルゲールと共に退室していった。
(こらこらジャンヌ、俺にお辞儀をするんじゃない!おかしいだろうが!)
俺は迎えに来た看守に、何故拘束衣を着て無いのか苦しい言い訳をした後、寝泊りしている部屋に戻った。
部屋で一休みした後、いつもの様にビルゲールや看守達と食堂で食事をする。
「上々だったみたいだなシンリよ!」
俺のすっきりとした顔に、真偽会がいい結果だったと理解したビルゲールが、そう言いいながら俺の皿に自分が苦手なニンジンをそっと置いた。
「ああ、出られるのはまだ先だろうがアンタには世話になったな」
俺は笑顔でそう返すと、俺の分を加えて倍量のニンジンを彼の皿に載せてあげた。
ニンジンは好きなのだが、これもいつもの光景だ。
最高の笑顔を作りながら睨み合うおかしな二人。
するとそこへミスティの念話が入る。
…{みんなにもう大丈夫だって伝えてきたわよ}
(ああ、ありがとうミスティ)
俺はそれを聞いて更に笑顔になったのだが、その俺の表情を勘違いし負けたと思ったのか、ビルゲールは鼻をつまんでニンジンを平らげた。
同じ頃、シンリ達の屋敷。
『透明化』して屋敷の上空で護衛の任に就いていたガブリエラの元に、付近の精霊からミスティの伝言が届く。
それを聞いた彼女は、あまりの歓喜に思わず『透明化』を解き屋敷に急降下した。
これが、後の王都七不思議の一つ『消えた流星』と呼ばれる事になるとは、その時の彼女は思いもしなかっただろう。
ともあれ、彼女の口から真偽会の成功により事態が好転した事を知った屋敷の面々は、全員で抱き合い涙を流して喜んだ。しばし、その感動に浸る彼女たちだったが、ここ数日の不安感からの解放故か誰もが饒舌に話し始めた。
これまでの鬱憤が溜まっていたのか、話はどんどん危ない方向へ流れて。
「でもでも、お怒りになったお兄様が王都を滅ぼすなら、どんな方法を使われるかしら?」
とても王都の民には聞かせられない内容になっていった。
「やっぱりクロを呼ぶのがいいんじゃない?シロナとクロナも戦力になるし!」
その世界一物騒な討論会の一番手の発言者はアイリだ。本人自身がクロの近縁種に進化した事もあり、クロ達への愛着は人一倍だった。
「あ、あれ?皆、反応薄いなあ?」
「だって、アイリさんとワタクシしか知りませんもの」
誰も知らなくては味方は得られなかった。
「はいはーい」
元気よく手を上げるのはナーサ、いやダスラか。
「こないだのアンテッドの大軍勢!あれもう一回見たいじゃんよ!」
「確かに‥凄かった‥なの」
砦の一件で、シンリが召還した軍勢の事を、興奮しながら話すナーサとダスラ。
「アレ位で大軍勢なんて言ってたら、お兄様に笑われますわよ!あれは『不帰の森』のそれも一部の配下に過ぎませんわ。『冥府の森』には他にもクロ達が暮らす『生贄の庭』、ブリトニーが住む『失意の沼地』、更には『失われた楽園』があり、その全てに君臨なさってるのがお兄様ですのよ!」
そう言ってシズカと何故かアイリも、二人並んで腰に手を当て誇らし気に胸を張る。
魔境である『冥府の森』だが彼女達にとっては故郷同然なのだ。
「シンリにはまだまだ配下がいるなんて、流石じゃんよ!」
「ダンナ様‥素敵‥ポッ」
「ふむ、流石は我が君と言いたい所じゃが、それでは抵抗されれば殲滅に半日は要すのでは無いかえ?」
ここで参戦したのは、ハイエルフのエレノアだ。
「シズカよ我が君が使う炎魔法、あれは古の禁忌とされる『黒炎魔法』では無いのかえ?」
「流石はエレノア、物知りなのね。そうよお兄様が使うあれは、かつて世界の半分を滅ぼしかけたと言われる、伝説の『混沌竜』が使った『黒炎魔法』ですわ!」
場の全ての者が息を呑む。
『冥府の森』で眠るとされる『混沌竜』。その話は、この世界の者なら小さい頃に必ず聞かされる伝説の物語。小さい子供達はよく「言う事を聞かないと『混沌竜』が来るぞ!」等と言われて育つのだ。それが現実に存在し、しかもシンリがその力を使えると言う事実。
「そ、そりゃあ洒落にならないじゃんよ…」
「ダンナ様‥愛してる!」
「ほほほ、やはりであったか!それならばこの都市等、ものの一時間もあれば灰にならんかのう。ほほほ」
そう言うエレノアが何故か悪の女王にしか見えないと、その場の誰もが感じた。
「そんな物騒な事にならなくて、本当に良かったよ!」
彼女達がその突然の声に振り向くと、セイラに案内されて入って来たダレウスが立っていた。
「あら、いらしてましたの金剛さん」
「『荊姫』いやシズカよ、金剛さんは勘弁してくれや」
「あら、そちらが二つ名でしかお兄様をお呼びにならないからですわ。金剛さん!」
「分かった!今後直すから勘弁してくれ。その響きはなんか嫌なんだよ!」
ここ数日彼は、時間を見つけては屋敷を見回りに来てくれている。彼が離れる時は、息子のパーティ『A・A・A戦士団』が屋敷の周囲を警護した。
最初は、彼も外を見回るだけだったのだが、それでは悪いとセイラが屋敷でお茶等を出していたのだ。
「なんだ、やっぱりもう知ってやがんだな?」
明らかに昨日とは違うシズカ達の雰囲気に、ダレウスも彼女達が朗報を既に知っているのだと気付いた様だ。
「愛しいお兄様の事ですもの、当・然・で・す・わ!!」
そう胸を張り、茶化す様な態度を取るシズカを見て、彼女達は楽し気に笑っている。
その様子を、報告を聞いてからこの屋敷まで全力で駆けて来たダレウスは、複雑な気持ちで眺めていた。
こいつらが暴走する前に話がついて本当に良かった、と…。
 




