魔眼のお師匠様?Re
しばらくシンリに見惚れ、放心していたユーステティアだったが、我に返るとすっくと立ち上がりシンリとジャンヌの間に立ち塞がった。そして強い口調で言う。
「彼が『正義』と分かった以上、手を出してはダメよジャンヌちゃん!」
反論を一切許さない彼女の迫力に観念したジャンヌは、レイピアの柄から手を放した。
その様子を確認したユーステティアは、今度はシンリに身体を向け、その汚れた床の上にゆっくりと座り頭を地に付くまで下げる。
「シンリさん、この者の非礼の数々私が代わって心よりお詫び申し上げます!」
「な!ユーステティア?」
驚きを隠せない様子のジャンヌだったが、その姿勢のまま身じろぎ一つしない彼女の姿に、遅まきながら事の深刻さを理解した様だ。レイピアを腰から外して横に置くと、彼女同様に頭を地に擦り付ける。
「悪いのは全てオレ、いえ自分です!この命で償える物なら、何卒ユーステティアは見逃していただけます様伏して、伏してお願い致します!」
王都の牢屋の中で薄着で立つ俺に、土下座する美女二人…その状況を客観的に見てすっかり溜飲の下がったシンリは、先程まで色々と言い訳や考えを巡らせていた自分を思い出し、思わず吹き出した。シンリの笑い声がしばらく響いたが、それでも彼女達は全く動かない。
「あのさあ、もういいから顔上げてくれないか?」
「しかし、それでは詫びになりません!」
軽くシンリが促しても、一向に立ち上がらない二人。その態度に、再びシンリの悪戯心が点火する。
「じゃあ今から立ち上がった方を殺すから、それで解決って事で!」
言うが早いか、彼女達は二人共我先にと素早く立ち上がった。
「あっはっは!本当に仲が良いんだね」
その様を見て、楽しそうに笑うシンリに対して、彼女達はどちらも立っている状況を見て、互いに気恥ずかしそうに顔を紅潮させる。
「大丈夫。俺はさあ、帰れる様にしてくれたら別にいいから」
「し、しかし…」
未だ納得のいかない表情で俯く二人。
「じゃあさ、えっとジャンヌさんだっけ?剣を持ってもらえるかな?」
「は、はい」
シンリはジャンヌにレイピアを持たせると、机と椅子を端に避ける。
「真偽官さんも、離れててね。じゃあ俺目掛けて本気で突いて来てもらえる?」
ユーステティアを自分の後方に下がらせジャンヌにそう言うが、もちろん状況を既に理解した彼女が動く筈も無い。そこでシンリは少し近付き、ジャンヌだけに聞こえる様小声で言った。
「本気で来なければ、彼女殺すから」
「!!」
その殺意を含んだ冷淡な口調に、氷水を背に流し込まれる様な衝撃を受けたジャンヌだったがやはり本質は戦士、親友の為に己を奮い立たせて、今出来る最高の突きを繰り出した。
「でやあぁぁ!!」
彼女唯一にして必殺の二本のレイピアが奏でる高速の連撃、今それが始まるかに見えたのだが…
俺の背中越しにユーステティアが見ているのは、両手のレイピアを突き出したまま微動だに出来ずにいる親友の姿。目線をずらすと、その剣先をシンリがそれぞれ二本の指でつまむ様に持っている。たったそれだけで、あの精強な親友が押す事も引く事も叶わず固まっているのだ。
「ほらね。攻撃されてても何の問題も無いから、二人が詫びる事なんて無いよ」
そう言ってシンリが剣を放すと、ジャンヌは反動でよろよろと尻餅を付いた。
笑ってしまう程の無様な敗北、しかし彼女の心は何故か晴れ晴れとしている。
(何て高み…いや例えるなら、見えてるのにどこまで高いのか解らない澄んだ青空か。今なら解る、オレはダレウスには勝てる可能性があるから、あれ程悔しかった。しかしこれは…)
そんな事を考えていた彼女にシンリが手を差し伸べる。
「その剣は我流?ひょっとして自分より遥かに強い相手と稽古した事無いんじゃ無いかな?」
「…た、確かに」
恥ずかし気にシンリの手を取り立ち上がるジャンヌ。確かに早くから強くなり過ぎた彼女は、上どころか同列の実力の者とも稽古の記憶は無い。
「シ、シンリ様の師は?貴方程の方にも、師がおられるのでしょうか?」
「俺の師匠はアストレイア。でもダレウスが黙ってろって言ってたから、内緒で」
「!!」
剣にかかわる者、いや強さを求める者なら誰もが辿り着くその名。目の前の男はその『天剣』の弟子だと言う。
「今度、俺の仲間達と稽古してみなよ。ツバキやアイリ辺りならいい稽古が出来るかも?ガブリエラと打ち合うのもいい経験になると思うな。君はまだまだ強くなるよ、きっと」
彼の仲間達もまたジャンヌと同等、いやガブリエラという者に至っては最初から勝負にさえならないと言った口ぶりだ。そんな者達が集まり、LV303の『天剣』の弟子が率いるパーティ…。
酒の席なら失笑を買って一蹴されそうな話だ、だが自身の身で体験した以上納得するしか無い。
そんな彼に、彼女は自然と頭を下げ請うていた。
「頼む!いや、お願いします!どうか私の師になって下さいシンリ師匠!」
「いやいや、俺なんかが師匠にならなくても君も十分強いじゃないか」
「いえ、これ程の高みが有ると知ってしまった以上、一秒たりとも立ち止まっては居られません!私はもっと強くなりたい!ほんの僅かでも師匠の域に近付きたいんです!」
妙な話になった物だと思ったシンリだったが、彼女の実力はガイウス等とは比較にならない。それにウチの体育会系メンバーとは気が合いそうだ。
「ちょっとちょっと、ジャンヌちゃんだけズルい!シンリ様、私も是非お傍に居させて下さい!」
俺と、その前で立って頭を下げるジャンヌの間に、すっかり蚊帳の外だったユーステティアが割って入る。
「ちょ、ユーステティア!お前は真偽官の勤めがあるだろう?」
「私の真偽官する条件は、ジャンヌちゃんが一緒に居てくれる事だもんね!だから私も一緒。それに世界で一番安全な場所だと思わない?」
「それは確かに…」
「でしょでしょ?」
すっかり盛り上がってる二人だが、何か忘れている様な…。




