真偽会Re
「ではシンリさん、貴方がガイウス・シュトラウスと初めて会った場所と状況を教えてもらえますか?」
質問をするとユーステティアは、なるべく数値を見ない様に『ステータス』の色に集中する。
「奴に会ったのはギルドのホールだ。仲間になれと誘われたが断ったら斬りつけられそうになった」
その言葉に彼女達二人共が、驚愕の表情を見せる。特にそれが真実だと改めて確認したジャンヌの動揺は激しかった。
「どういう事だユーステティア!何故…」
ジャンヌの質問はユーステティアの手で制される。
「次に彼に会われたのはどちらですか?」
「迷宮の近くだな。知人が傷付けられそうになったのを助けたんだ」
それを聞いてジャンヌはすぐさま彼女の方を向いたが、彼女は証言が真実であると軽く頷いただけだ。両の拳を強く握って、ジャンヌは何かを我慢している様に見える。
そんなジャンヌを横目で気にしながら、ユーステティアは質問を続けた。
「最期にその迷宮内で起こった事を聞かせて貰えますか?」
「ああ、あれは確か18階層に降りた時だった…」
一通りシンリはガイウスとの一件を説明した。シズカが矢で射られた事や奴が魔剣に操られて暴走した事も全てだ。魔剣を破壊した事まで話したが、一度破壊したのは間違いでは無い。ここまででシンリの『ステータス』の色が変わる事は全く無かった。
「どういう事だ!教えてくれユーステティア!」
それらが真実であると聞いたジャンヌは、もう我慢の限界とばかりにユーステティアに詰め寄った。
「んー考えたくも無いけどね。私が嘘を言ってない以上は、そういう事になるのかな…」
「くそがっ!!」
ユーステティアの答えを聞いてジャンヌはそう言って激しく壁を叩く。手が痺れる程痛かったがそれは自分への戒めだと感じた。
何故なら帝都出発の折、被害者ガイウス・シュトラウスの真偽会の結果を聞き、彼女は容疑者シンリが完全に『悪』だと確信していたからだ。しかし先程のシンリの答えは、どれも報告で聞いた内容の逆の物ばかり。
ガイウスに仲間に入れてくれと頼み、断られると斬りかかって来た話や、迷宮外で無関係の者を手にかける様な乱暴な人物像、それに魔剣欲しさに闇討ちをして来た話。シンリが言うには、それら全てが逆であり、ユーステティアがそれを真実だと認めている。
つまりはシンリこそが『正義』であり、ガイウスこそが『悪』であると言う事実。
「これは面倒な事になりそうだねジャンヌちゃん?」
そう言いながら『印』の付いた目隠しを戻すユーステティア。再び彼女を震えが襲い、手つきが覚束無い。
確かにそれも仕方無いだろう、目の前の『規格外』がただの濡れ衣を着せられただけだったという事実。これを知った彼は、どれ程の報復に出るのだろう。いかに控えめに見ても、その光景が悍ましい物である事が容易に想像出来る。
それはジャンヌも同様だった。視線を移すと鉄格子の向こうに見える拘束衣で巻かれた無様な格好の男。だがこの男は『正義』であり、それがLV303という『規格外』である事実。ガイウスや都市の末路を想像するユーステティアと違って、彼女は如何にしてこの『規格外』に対処すべきかを必死で模索している。
「シンリさん、真偽会は終了しました。拘束衣を取らせましょうか?」
その一言は、シンリが拘束されてる事こそ唯一の利点だと考えていたジャンヌにとっては寝耳に水。だが次に眼前で起こった事は、更に驚くべき現象だった。
「あ、もう脱いでいいの?」
シンリは軽くそう言うと、拘束衣内から横に『転移』した。
相手は百戦錬磨の真偽官とその護衛のS級冒険者。これ位は見た事もあろうと思って『転移』を使ったのだが、そうでも無いらしい。
ジャンヌは未だに空になって萎れた拘束衣を、ポカンと口を開けて見つめている。
彼女の反応は無理も無い。こちらの利点だった拘束を解くと言い出したのにも驚いたが、その相手がいとも簡単に、それもいきなり拘束衣を置いて別の場所に現れたのだから。
「改めましてご挨拶を。私は真偽官のユーステティア・ミカヅキ。こちらは護衛のジャンヌと申します。先程の暴言の数々、何卒、寛大な御心でご容赦下さいます様お願い申し上げます」
シンリの目の前には、白い巫女服の女性と青い軽鎧の女性冒険者。その巫女服の女性ユーステティアの遜った態度から、誤認逮捕であるとの判断が下されたと見ていいだろう。
その両者の態度に悪戯心を刺激されたシンリは、再び転移して椅子に座るユーステティアの隣に立った。
鉄格子の向こうに居たはずの人物が、いきなり自分達の方、それも目の前に現れる。
ジャンヌは反射的にレイピアの柄を握り、驚き動いたユーステティアはバランスを崩し椅子ごと倒れそうになる。
シンリは、そんなユーステティアを倒れない様に優しく支えると、彼女の座面が僅かに濡れているのを見付けた。
(威圧も何もした覚えは無いんだがな?)
そう思いながらも、光、水両属性の混成魔法を使い、彼女の衣服、椅子、床の全てを一瞬で綺麗にした。
シンリが手を添え支えている為に、互いの顔がかなり近付いてる二人。
よく見ると、拙い手つきで無理矢理巻いた目隠しがずれユーステティアの片目が見えている。
対してシンリも拘束衣と共に目隠しは無く、又眼帯も外されている為【魔眼】が珍しくむき出しだ。
ずれていても目隠しの『印』の効果は有効な様で、『ステータス』は表示されない。
しかし、彼女が見たシンリの左目は、6色の色がまるで油分を浮かべた水面の様にゆらゆらと漂い色を変える。まさに『神』の持つ宝玉であるかの様だ。
更に右目は深淵なる漆黒。その左右の色の対比は、比べる物が無い程美しく幻想的でさえある。
彼女は先程までの畏怖と、失禁を見抜かれた恥ずかしさを全て忘れ、唯じっとシンリに見惚れていた。