傷だらけの舞踏会
元は青々とした自然豊かな光景だった。雲一つない空から太陽の光が降り注ぎ、その光を受けて朝露は輝きを増してゆく。国境を隔てる長大な壁は、木のもつ温かな雰囲気もあってそんな風景と融合していた。
あの緩やかな坂の上から覗く光景はまさに新たな旅立ちを思い起こさせる。
だが、そんな穏やかな世界は、もうこの空間にはない。
火が燃え盛る、硝煙が立ち上る、大地が抉れる、草木は禿げる。
耐え難い匂いが充満する、零れ落ちた命が大地を真っ赤に染めていく、誰かが流した涙が残酷な現実を濡らしていく。
戦いの余波でこの場は何色も継ぎ足して混沌としたペンキをこぼしたアートキャンパスへと変貌した。
「『右から5人、左に2人、後ろにも1人くるのですよ!』」
「分かった!ッはあ!」
無謀にも無策で飛び込んできた魔法士を両断すると一瞬右へと振り向き大鎌の雨を降らす。放たれた色とりどりの魔法を大鎌で斬って散らしていくと後方に向かって大鎌を振り降ろし、同時に《衝魂》を放つ。
飛刃を弾こうと矢をつがえるが先に到達した不可視の魔法、《衝魂》がその動きを制する。揺さぶられた魂が手を震わせ、体を仰け反らせ、目を白黒と次々に変えていく。まともに抵抗することも叶わずその体を2つに分かたれる。
その間に距離を詰めてきた2人の魔法士のうちの1人が赤熱した剣を振り下ろす。それを身をよじって躱すと蹴りを放つがバックステップで躱されていく。足元を見ると剣先を出火元にして草が煙を出して燃え始めていた。
「《魔力超過》!《炎柱》!」
魔法士が剣を振り上げると同時に炎の柱が立ち上る。それは不定形なものではなく垂直な一本線、まさしく光線のよう。先の戦いで殺したレイの《幾重鏡層砲》ほどではないが十分に驚異的な威力を誇っていた。
発動の寸前で範囲外へとなんとか退避するが、その中を潜りぬけて魔法士が迫りくる。
「《魔力超過》!《水鮮渦》!」
宙に浮かぶ紫色のオーブから光が漏れる。地面に展開された魔法陣から水があふれ、一つ一つが刃へと形を変えてやがて竜巻のように群れを成して襲い来る。
避けるのは間に合わないことを悟ると大鎌を構えてその中へと突撃する。激突すると同時に縦横無尽に振り回していく。前から、横から、後ろから次から次へと向かってくる水の刃を斬って散らしていく。それでも全部は対処しきれない。
最初は髪の毛から。長く伸びたツインテールの片房を斬り裂き短く形を変えていく。その次は頬を、そして腕、太腿、指先、胸。服など容易に切り裂いて薄く広く裂いていく。
全身に痛みが広がっていく。あらゆるカ所に作られた傷口から一瞬にして脳にまで痛みを伝え、危険信号を流し続ける。だが殺意は色あせず、純粋な狂気を垂れ流し、標的へと向けて疾走する。
荒れ狂う水の竜巻よりも速く大鎌を振り回し、握る大鎌に伝わる温度は燃え盛る火柱よりも熱い。振り回される大鎌のラッシュ、外目から見れば巨大な炎柱や大渦巻よりも目を引くそれは、漆黒の旋風のようにも暗黒の球体にも見えるだろう。
水刃で出来た大渦巻、その連撃を受けつつ突破するとその発生元の魔法士めがけて大鎌を振り下ろす。一撃目をオーブに防がれるとすぐさま左足を軸にして蹴りを放つ。それを喰らって横に吹き飛ばされたところに生成した大鎌を撃ち放つ。体に突き立てられ四散するところを見届けてようやく一人目が終わる。
続けて炎魔法使いの魔法士へと距離を詰めていく。とっくに炎柱は効力をなくしていて居場所がよく見える。
「《偽魂》、《分魂》!」
「ッ《術式起動》!」
再び姿を現す私の分霊たち、それらが軽快に炎の槍の森を抜けていく。《偽魂》と《分魂》のコンボは強力だ。《偽魂》にかかれば相手は私の位置を誤認し、《分魂》で作られた実体を持つ分霊らが四方八方から襲い掛かる。初見殺しにしかならないが、初見で大抵は死ぬ。事実、私が直接手を下さずとも目の前で炎魔法使いが無惨に身を崩されていく。
「《魂魄回収》」
大鎌を上に構えて振り回す。この魔法は周囲に点在する魂を回収する魔法だ。こうして遠距離で殺した人の魂を回収していく。回収するためだけの魔法であるため魔力消費のコスパもいい。ただ、回収対象には私の分霊も含まれていたりする為、特定の魔法の効力を失われせてしまうのがネックになってはいる。
「『主よ、妨害してたやつらがくるぞ』」
「『無視でいいんじゃない?あんまり相手にしてるとこっちがやばいよ』」
「うん、そのつもり」
右の方で妨害にあっていた奴らを尻目に壁の方へと向かっていく。国境を隔てる壁は木製とはいえ魔法で強化されているのか、多少傷は付いていても明確に切断されていたり火が燃え移っていたりということはない。
「《強制行動》、内包する魔力を全て私に。《衝魂》!」
道すがら魂を一つ取り出して魔力を回復しながら手を突き出して魔法を放つ。近づく魔法士らがそれで気を失ってくれれば楽に済む。一瞬でも動きを狂わすのならその隙に切っ先を突き立てる。意に反して抵抗に成功するような奴がいれば基本は無視。それが無理なら打ち倒す。
半数以上が戦闘不能になってはいるが未だに抵抗は激しい。ここまで手こずるとは思っていなかった。皆が言うには深層心理に抵抗するようプログラムがあるとか言っていたけど難しい話でよくはわかっていない。ただ、思うようにはいかないということは分かった。分かっているつもりだった。
一歩先へ進む度に剣を振り降ろされ、矢を穿ち、魔法が放たれる。中にはトリッキーな得物で動きを封じようとする者や、不規則的な動きで惑わす者も。この戦場には私を含め、常識に当てはまるものは誰もいないのだ。それが最も私を苦しめる要因になった。
《働きものの左腕》らもとうに全滅している。役に立ったのは最初の突撃くらいで、後は分断されて撃破されたり、私の身代わりになったりして消えていった。
「はあああああああ!《侵氷回廊》!」
「ッ!」
青髪の魔法士が氷の剣を振り下ろす。それを大鎌で受け止めるが、剣身を通して大鎌に氷が纏わりつく。それはどんどん覆っていき、やがて私の右手付近ににまで広がっていく。嫌な予感がして大鎌を手放すと同時に再び剣が振り降ろされる。すぐ生成した大鎌で防ぐがそれも例外なく氷に侵食されていった。
「…お前が」
「…?」
「お前が!あいつを、ナギサを殺したプレイヤーか!」
突然話しかけてきたと思ったら知らない人物の名前を出される。ナギサという名の、口振りからしてプレイヤーの名前だろうか。私としてはいつ、どこでやったのかすら覚えていない。興味もない。
「…誰?」
「っオマエエエェ!」
「《衝魂》!」
腹を狙った斬撃を躱すと侵食されきる前に大鎌を投げつけ、そのまま手を突き出して魔法を放つ。しかしその両方を剣で打ち払われた。
「今の、ティエルと同じ…!不可視の魔法で見えている!?」
「『あのプレイヤー、どうやら魔力の流れを視覚で捉えているな。使える者は少ないが…小手先の技術なんか学んだくらいで勝てるとでも思っているのか?』」
「『そうです、この為にしぃには対抗策を作らせたのです』」
「…こういう時に使うんだね」
「何をぶつぶつ言っているんだ!」
会話に割り込むように魔法が放たれる。地面から飛び出した氷の針が私を中心に囲い込み、波間から見え隠れするサメのように向かってくる。避けようと宙に逃げるが投げられた氷の槍がそれを狙う。それを生成した大鎌で円形のシールドを作って防ぐと着地して打ち放つ。だが、青髪の男が剣を地面に突き立てると氷の壁がせり出してそれを受け止めた。
「…よし、やるよ。《分魂》!」
「『大丈夫大丈夫!ちょっとチクッとするだけさ!』」
「ッ何をする気だ!《氷散華》!」
ミカンのお道化た応援に耳を傾けながら一度動きを止める。それを不審に思った青髪の男が足を地面に踏み下ろすと爆ぜた氷柱が炸裂する。それから守るように宙に浮く無数大鎌が、そして作られた分霊たちが切先を振り下ろす。
攻撃の強さは増していく。作られては弾けていく大鎌と氷の剣、足元から侵食していく氷の大地、それを妨害するように大地を抉り取っていく分霊たち。それに一度身を委ねて私は大鎌の先端を右脛へと向けた。
「…ふぅ!」
そして勢いよく大鎌を貫通させる。
分かっていた。覚悟はしていた。それでも鋭い痛みは体を駆け巡っていく。大鎌を握る手が、両足が、体のあらゆるところが痛みに震える。自らの顔が痛みに歪んでいくのが分かる。滴る血がそれをより自覚させていく。
「何を、している…?」
青髪の男の戸惑う声がかすかに耳元に入り込んでくる。私の行動に動揺したのか、一瞬気が緩み攻撃が緩くなったのを感じる。彼は知らないだろう、それが致命的な隙であることを。これが最後のチャンスだったことを。
脛から流れ出す血は赤く、太陽の光を受けて艶めかしい輝きがあった。この瞬間までは。それは色をだんだんと濁らしていき黒く、深く、闇色に変わっていった。
4月に入ってまた書く時間少なくなるので投稿頻度が落ちるかも…。
長くはお待たせしないようにします。頑張ります。はい。
そう言えばルピシアに行って「THE BOOK OF TEA」てのを買ったんですよ。
すごい見目よくていいですね!茶葉のブレンドの数も多くて!
飲みきった後は飾るのもさもありなんって感じです。




