灰色に染まる世界
まだ時間がある!書け!書くんだ私ぃ!
闇色に変色した血が流れていく。滴るなんて量じゃない。理科室の蛇口を捻った時のように勢いよくあふれ出す。収まる気配はなく勢いだけが増していく。
「なんだ、何が、起きているんだ!?」
恐怖心に駆られ青髪の男は叫びだす。あふれ出た黒い液体は私の周りだけでは収まりきらず、その範囲をどんどん広げていく。その光景は、一度浸かればもう抜けられない底なし沼が意思を持って動いているよう。
右脛だけでなく、治りかけだった体中の傷口も開き、変色した血を流し出す。加速する侵食は大地をあっという間に飲み込んでいき、およそ直径20メートル程に広がったところで収まりをみせる。
だが、決して全てが終わったわけではない。
血の水辺からは湯気のように黒い粒子が昇っていき、霧のように辺りを漂う。それに少しでも触れた草花や木々に生い茂る葉は、その姿を灰色に変えて生気を無くしていく。この空間を白と黒だけのモノクロな空間にを作っていく。
「…《生と死の歪曲線》」
闇色の液体が沸騰したようにブクブクと泡を吹き出す。その度に黒い粒子を吐き出して霧の範囲を広げていく。生あるものは悉く死に絶え、二色だけの単純な世界に変えていく。
「色が、無くなって…なんなんだよこれは…!?」
「ハルキ君、一度下がれ!」
青髪の男の後ろからやってきた魔法士が後退するよう促すと、自らは先陣を切って霧の中へと入り私の下へ差し迫ろうとする。
何も起こらない、何もしてこない。ただの虚仮威しだと一蹴した。
それは慢心でしかなかった。大丈夫だと自分に言い聞かせていた。その傲慢の代償は大きく、魔法士の男は道を半ばにして突然動きを止める。
まず最初に足の動きが鈍くなる。軽快な動きは1秒ごとに酷いものへと変わっていき、十数秒もすると数百キロもの重りを背負ったかのように愚鈍になる。
次に手に持っていた細剣を取り落とす。それを取ろうと体を下に向けようとした瞬間そのまま足をもつれさせて崩れ落ちていく。
魔法を撃とうにも魔力を捻出することも叶わない。動こうにも体の力は刻一刻と抜けていく。それどころか意識まで朦朧として視界を歪ませていく。
「体が、痺れ、て。力が抜け、る…。あ、ああ、あー…」
遺言のように一言発するとそのまま口から涎をだして意味を持たない言葉を発し続ける。目の焦点が合わなくなり、やがて歪んだ世界から灰色になった体を残して命を散らしていく。
これが私の作りだした魔法、《生と死の歪曲線》のその一端。自傷を引き金に辺りに大規模な結界魔法を構築する。闇色をした血の水辺と、黒い粒子の霧によって空間一帯の命を、魂を吸い尽くす。
霧に触れた先から魂の吸収は始まる。獲物を逃がさないために四肢から動きを封じていく。具体的にどういう効果が現れるかは今の事象でようやく把握したが、その拘束力の強さが垣間見えた。
生命力を一切失った生物は人間に動物、植物だろうと例外なくこの空間におかれたものはその色素まで奪っていく。色鮮やかな果実も、血だまりに沈んだ肉塊も全て灰色の無機質なオブジェクトに変えられていく。
なんて、静かな世界なのだろう。
「う、うわあああ!」
「近づくな!離れろ!」
「《吹風》!っ風で、吹き飛ばないのか!?」
霧に飲まれていく姿を目にした者らが一斉に動き始める。大声をあげて逃げていく者、冷静を装って撤退を促す者、抵抗を試みる者と反応は様々だ。霧の対処を試した者は失敗に終わったようだが。
この黒い粒子で出来た霧と足元に広がる水辺は言わば私そのものである。私の意のままにその範囲を広げては無作為に命を奪う。
私そのものと言えど、その性質は人間の持つものとはかけ離れている。流れ出る血は黒く染まるだろうか。こんなにも多くの血を流して生きていられるのだろうか。
答えは明瞭。すでにこの体は、私は半分人間ではないのだから。
どこからか「化け物め!」と叫ぶ声が聞こえる。そうだ、すでにこの体に流れる血は人間の流すものではない。こんなにも恐怖的で、狂気的で、冒涜的な光景を作り出す物が体を駆け巡っているなんて在りえない。
でも、私にはそれが出来る。《魂魄魔法》の使い手たる私なら、自らの魂を弄ってバケモノになることなんて簡単なことなのだから。他者の魂に出来て自らに使えないなんてことはない。
爽快だ、愉快だ、歓喜で体を震える。とても、とても、心地がよい。
体中を駆け巡る痛みなどどうでもよくなりそうな程に、生まれて初めて自分に感動している。このモノクロな世界の中心で喜びの感情を表すにはいくつ言葉を並べても足りない。人間を捨てるというこの行為が、私がこの虹色の世界の横側で与えられた希望の一滴なのだった。
「…あは。ははは、は、ははハハハハハハハハ!!」
「『非常に滑稽なものだ。そして同時に美しい。今の小娘のその姿は何者よりも輝いている』」
「『我らの契約主さまだよ?これくらい豪勢な姿じゃなくっちゃ!』」
「『今だけは、我らと平等にこの感動を分かち合いたいのです』」
「『ああ…心地よい。まさに、諦めの極致の世界のようだ。その姿形、まさに呪塊のようだ』」
耳元で私の姿を見た皆が口々に感想を言い合う。この姿を美しい、と。この世界を綺麗だ、と。込み上げてくる歓喜で口に上手く出せないが心内には感謝の言葉でいっぱいだ。
ありがとう、私を認めてくれて。ありがとう、私をこの体にしてくれて。
「はははは…はあ」
そんな喜びもつかの間、ワーワーと騒ぐ魔法士の声と無作為に放たれる魔法によって気が削がれていく。風系の《付与》をされた矢が霧の海を泳いで私の下へと迫りくる。
しかし決して到達することはない。闇色に輝く水辺の上空に達した途端、それはガバリと不定形な手を作り出して受け止める。二発目、三発目と四方八方から放たれる魔法の嵐も同じように手が現れては握り掴むように受けてめて引きずり込んでいく。
これが《生と死の歪曲線》の力その2つ目。この水辺一帯は全て私の意のままに操ることが出来る。遠距離から攻撃されれば受け止め、接近してくれば迎撃する。まさに攻防一体の魔法と言えるだろう。
だが、弱点なしの最強魔法というわけではない。
この霧の効果は個人差がある。具体的には《放出系統》と呼ばれる適性がある者にはあまり効果がない。《放出系統》はほぼ全ての魔法士らが持っている適正だ。なので基本的に効果が薄いのが当たり前なのだが、今回最初の犠牲者はその適正がなかったらしい。
私にとっては運が良かった。あの魔法士がぽっくり逝ってくれたおかげで、ここにいるほぼ全ての魔法士らはこの魔法の効力を見誤ってくれている。皆が皆、この霧の中に飛び込むだけで死んでしまうと勘違いしている。なら、この状況を有効活用するのが一番だろう。
一歩、前に進む。それと一緒に水辺と霧も少し前進していく。それに気づいたのか私の前にいる魔法士らは怯えたように右へ左へと分かれて逃げまどっていく。彼らには私の姿が霧の湖の上に立つ首無し騎士にでも見えるているのだろうか。
そんな彼ら彼女らを意にも介さず前へ前へと進んでいく。少しでも私の前進を阻止しようと霧の範囲外から攻撃を仕掛けて来るがその悉くが壁のようにせり上がる水辺へと飲み込まれていく。
「止め、止めろ、来るな来るな来るなあああああ!あ、ああ!?あ?」
霧の中に一人の魔法士が飲み込まれていく。残念ながら彼は《放出系統》の適正持ちだったらしくすぐに効果を受けることはなかった。その状況を未だ完全に飲み込めてないらしく疑問符を浮かべて困惑している。
「《縛魂》」
その隙を逃すつもりもなく《縛魂》でその動きを封じ、大鎌を投げつけて殺す。たったそれだけの作業であっさり一人死んでいく。
「『小娘、今のは短絡的すぎるぞ!』」
「え?」
その答えがアカから返ってくる前に理由が分かる。今の行動を訝しんだのか奴ら一人の魔法士が静かに霧の中へと入り込む。放たれた大鎌の雨を避けながら十秒、二十秒、三十秒と霧の海を泳ぎ続ける。1分経つかどうかといったところで自主的に範囲外に退避するが、その魔法士が地面に体を横たえることはない。
それで私が愚かだったことに気付いた。あの魔法士を霧の力で殺すではなく、大鎌で仕留めたのは彼らに違和感を与えてしまった。その違和感を糸口に攻略されかねないことになっている。
それに、この魔法は永続的に続くものではない。
普通、結界魔法というのは一瞬の大量消費で永続的に継続する結界を生成するものか、常時消費して構築し続けるものかの2種に分かれている。《生と死の歪曲線》は後者だ。
常時消費型の結界魔法はコスパがいいのが普通の物であるが、《生と死の歪曲線》は非常にコスパが悪い。そろそろ魔力の補充をしないといけない頃合いだ。
「『補充が終わったらすぐに突破するですよ!』」
「うん!」
作り出した大鎌から魂を取り出すと《強制行動》で魔力を補充しながら周りの行動を確認する。壁に到達するまでおよそ300メートル、四方八方には逃げださず様子見を続ける魔法士ら。
私はというと魔力は今補充したので結界魔法の維持はまだ容易。ただし、右脛を自傷したので機動力が落ちていると言えるだろう。歓喜も過ぎ去り、また全身に痛みは流れ出している。
それでも、どんなに体が悲鳴を上げていても。私はここを突破しなければならない。傷ではなく、私の求める死に向かうのだ。
そうやって自らを奮い立たせていくと、右足を引きずりつつ半ば駆け足で進み出した。
そういえば最近ちょこちょこブクマ増えてきててちょっと喜んでます。
ただ、自分の文章表現が変じゃあないか心配にも…w
何でもいいので感想もらえたら参考にしますし感謝します。
紅茶と茶菓子を片手に返信もします。




