家族会議と交換留学
・二巻? そんなものはない。
前回までのあらすじ。
学校に行きたくないと駄々をこねるサクラの説得にあたっていたジョーが、何故か逆にサクラに説教されるという逆転現象が発生しました。
おそろしく巧みな高等弁論、ワシじゃなきゃ見逃しちゃうね。
「いや待て、なんで俺が怒られてんだよ。逆だったろうが」
お気づきになられましたか。
「ちっ」
「舌打ちすんなや」
ワシも舌打ちはお行儀が悪いのではないかというあれがあります。
「そもそもメリットデメリットよりも先に話す事があんだろうがよ、一番大本の議題はどうしてお前があんなことをしたのかだ。そこをすっ飛ばして入学するしないの結論を出すつもりはない」
そうそれ。
「お前が学院に行きたくない気持ちはよく分かったが、何故行きたくないのか、そこをちゃんと説明しろ。内容如何じゃ、俺だって入学辞退に反対はしない」
それが言いたかったのよ。
「……言わないと駄目ですか?」
「駄目だ」
「うぅ……」
普段は直情径行即日払いというノリとテンションのサクラだけど、今日はやけに言い淀むことが多い様子。
どうしてもそこを説明したくないのか、よく考えると先ほどのマシンガントークも話を逸らすためのものだったのかもしれない。
「本当に言わないと駄目ですか……?」
「本当に」
「本当の本当の本当に……?」
「本当の本当の本当に」
「私ってば天才なのに……?」
「お前妹じゃなかったらぶん殴ってるからな?」
こらえて。
とはいえ、やっぱりそこはね。
最低限はっきりさせておかなきゃいけないとこだと思うの。
「だっ……だって──」
そして、意を決したようにサクラが口を開く。
「だってだってだって!」
「だって?」
「私、同い年の女の子と共通の話題なんか一つも持ってないもん!!!」
ア「……………………」
ウ「……………………」
ピ「……………………」
ジ「………………集合」
はい、男衆全員集合です。
「もしかして地雷踏んだか?」
「踏んだな」
「踏んだね」
「間違いない」
単純明快で最も反論できない理由。
同年代と話が合わない、合うわけがない、まったくの盲点。
サクラが人見知りする傾向があるのは知っていたけど、それでも学院に入学すれば自然と解消されていくのではないかと思っていた。
事実、一度コミュニティの中に入ってさえしまえば意外となんとかなるというケースはそれなりにある。
しかし、サクラの身分はなんと実は侯爵令嬢なのである。衝撃の新事実。
まずもって最初期は貴族の子息令嬢ばかりがこぞって寄ってくるだろうし、一般入学の子供達は何か失礼を働いてしまうのを恐れて遠巻きに眺めるだけだろう。
そんな状況で社交に関する知識と経験を積んでいないサクラが友達を作れるかどうか考えると、難しいと言わざるを得ない。
「いやでも屋敷猫とは仲良いだろ?」
「ほとんど年上だしサクラ全肯定だぞ? もはや信仰の領域の奴もいるし」
「下町に友達いるんじゃなかったっけ?」
「あっちは逆に年下ばっかだな。身分差とかよく分かってねぇし、子供達からしたらなんかすげぇ身体能力でよく遊んでくれる姉ちゃんだ」
「ジェシカさんとかとはよく話してたんじゃね?」
「あれは聞き上手な上に裏があったからなぁ」
「www」
「俺ァ弟は殴れるぞ?」
「さーせん」
「ティシアちゃんとかは? あの子は平均値近いんじゃない?」
「あの子は意外とサクラに対してヒーロー補正入ってるからなぁ」
「サツキさん」
「自分でも無理って分かって言ってるだろ」
「うん」
「やべぇ、俺何言ってやればいいかまじで分からねぇ」
「僕も」
「俺も」
「ワシも」
あれ、詰んだ?
おずおずと振り返ればサクラは羞恥と憤怒と自己嫌悪が混ざったような赤い顔で今にも泣き出しそうな表情をしていました。
言いたくないから黙っていただろうに。必死に話を逸らそうとしていたのも。
どうして察してやる事ができなかったのか。
サクラは礼儀作法こそ完璧に習得しているけれど、社交界のことはなにも教えられていないし、体調を崩して以来場に出られていないフローラが今の社交界の模様を教えるのも少し厳しい。
ジョーはこれから自分が忙しいし、ウィリアムはまるで参考にならないし、ピーターはもうすぐシマヅに戻っちゃうし、3太郎1姫の弊害ここに極まれり。
「ジョーが悪い」
「僕もそう思う」
「俺か!? いや俺だけどさ!」
「いや学級会やってる暇じゃないでしょ」
この流はまずい。とてもまずい。
なにがまずいってこのままではサクラの口から「兄上も父上も大嫌いです!」が飛び出してしまう可能性がある。ワシは死ぬ。死んじゃう。
いやだってこれサクラからしたらあれでしょ。
今までまともに育ててこなかったくせに、急にまともじゃないことを糾弾している形じゃん。毒親じゃん。やばい。
そりゃあ侯爵家の娘だから尊重されるだろうけど、西側の嫌がらせは多分あるだろうし、知り合いも誰もいない状況で学院行ってこいなんてそりゃあ楽しい学園生活なんて想像できないよね。
なんも言えない。
「うぇぇぇ……母上ぇ、兄上が私のこといじめますぅ……」
「よしよし、大丈夫よーサクラちゃん。ひどいお兄ちゃんですねー」
「…………………」
ここでフローラによるサクラへのサポート、泣き出すのを阻止する事に成功するもジョーのメンタルがブレイク。十五年前ならジョーが泣いてたと思う。
すごい唇噛んでる。血ぃ出そう。
しかしここからどうすべきか。
でもなあ、学院でできた友達は今の今まで繋がってるし、食わず嫌いはもったいないと思うと同時に一度行ったらやっぱりやめたができる場所じゃない。
せめてなにかモチベーションアップにつながるものがあれば良いんだけど、ウィリアムのときみたいな殴り合いから始まる友情みたいな。う~ん。
「では、こういうのはどうでしょう?」
「え?」
「あ、ルドルフだ」
ここで突然現れたるはルドルフ選手。
「家族水入らずのとこ無粋とは承知しておりますが、先ほど新たな郵便が届きまして。相手が相手でしたので、至急お知らせに来た次第です」
「いやまあ、それは気にしなくていいんだけど……誰から?」
「国王陛下です、お嬢様にも関係ある話です」
「え、なになに!?」
「詳細についてはこちらを」
差し出された封筒を受け取って、書類を取り出す。
えーっと、なになに──
「交換留学?」
「ええ、とある国との関係向上を図るにあたり、互いを知り親善を深めるために優秀な学生を三年間留学させ合うのはどうかという話が宮廷で上がっているようでして。その候補にお嬢様を、ということですな」
「へー、そんな話が。ちなみにどの国?」
「帝国ですが」
「……なんて?」
「帝国ですが」
「いや聞こえなかったわけじゃなくて! なんで帝国!? バリバリに敵じゃん!?」
ここ二百年ぐらいずっと関係最悪の国じゃないですかやだー。
「現状、停戦協定は続いておりますので関係は最悪ですが敵ではありません。まあ、建前としては理由は両国の友好を願って」
「本音は?」
「国内情勢が不安定な隙を狙われ二年前の報復をされるのが怖くて仕方が無い帝国と、いい加減戦争なんぞやりたくない王国が、停戦協定の維持と安全保障のために互いに人質を出し合おうというご提案ですね」
「なにそれ楽しそう!」
「よーしお前は一旦こっち来い」
「もがもが」
ジョーがサクラを回収。
「ルドルフは自分の主に人質になれって言うの?」
「そのような側面もあるというだけで、実際に人質になるわけではありません。学園生活をしつつ、思う存分に活躍の舞台があり、変に仲良し小好しをする必要なども無い。むしろ国の代表として舐められないように強気な方が良い。お嬢様にピッタリではないかと」
「…………………」
それは、確かに、そうだけども。
そんなアウェー中のアウェーに放り込まれるなんて、サクラだって嫌な──
「ふがふが」
「すいません父上、こいつめっちゃ目ぇキラキラさせてます」
──はずないよねー、お父さん知ってた。
「此度の留学生の条件は、高位の者であること、優秀であることの二つです。これは失うには惜しい人物でなくてはならないということです」
「場合によっては切り捨てられるってことじゃないの?」
たとえば帝国が王国に送った留学生が殺されると理解しながら、こちらの隙を突いて戦争を仕掛けてくることもあるかもしれない。
そして帝国にいる王国の留学生は文字通り人質か、最悪殺されてしまうだろう。
「今回に限ってはそれは無いかと。帝国からは皇太子とその婚約者である公爵令嬢が選ばれる予定です、もし彼らの身に何かあれば国が根本から崩れる可能性もありましょう」
「確かに帝国では皇室の力が弱まっているから、皇帝が戦争をすることはないだろうけど……」
だけどだよ、本人に耐性や気概があっても。そんな針のむしろにわざわざ愛娘を送りたいと思う父親が普通いるだろうか。
今までだって、散々負担を強いてきた上に──
「あまり、普通を目指そうとなさいますな」
「……っ!」
「天才には天才の生き方があります。お嬢様の性格からして、敵味方入り交じる場所よりは敵だらけの方が楽しめましょう」
「だからって──」
「無論、最終的な決定権は旦那様にあります。危険性を考えてこのままお断りするのも当然可能です。しかし私個人のオススメとしては、途中から普通の道を歩ませるよりは、普通の道も含めた選択肢を用意した上で選んでもらうのが一番良いかと」
ルドルフの言葉に、少し考える。
普通の人生、普通の父親。
少し、変に執着していたのかもしれない。
「サクラはどうしたい?」
「帝国を裏から牛耳るのって絶対楽しいなって思います」
「展開が早いわ阿呆」
楽しい。楽しいと思ってくれるなら、それでいいのかもしれない。
「サクラが決めて良いよ。ちなみにお父さんは反対だけど、サクラが行くと決めるなら全力で支援するからね」
意見は言う、選択肢も用意する、でも強制はしない。
「うーん……兄上はどう思います?」
「俺は普通に王都の学園に行って欲しいが、その歳でニンジャ専業になられるぐらいなら交換留学の方が良いな」
「良いんですか? 私のこと使えなくなりますよ?」
「お前が帝国押さえてくれたら、色々気にする事が減って楽になるわな」
こういうときジョーは上手いなぁって思う。
「にゃるほど、ちなみにピーター兄は?」
「王国から出る僕はあんまり無責任なこと言えないから、まあ好きにやりなよとしか」
「ではウィル兄は?」
「俺は適当に婿連れてきて俺の代わりに家継いで欲しい」
サ「却下」
ジ「論外」
ピ「流石に引く」
ア「そろそろ諦めて」
ウ「ちくせう!」
まだ言ってるんだウィリアム。
次男だから頑張れないみたいだけど、ウィリアムもそろそろお嫁さん見つけて。
「そして最後に母上どうぞ」
「そうねー、サクラちゃんが出て行っちゃうのはお母さん寂しいなー」
「よし決めました行きません!」
「待て待て待て待て」
あまりの即断ぶりに少しショックを受けるワシでした。
「でもねー? サクラちゃんがやりたいことやれない方が、サクラちゃんといれないことよりもお母さんは何倍も辛いのでー、自分の心に従って欲しいなーって」
「母上ぇ……」
ひしっと抱き合う母と娘。
なんと感動的な光景か、永久保存物である。
なんて阿呆なことを考えているふと気づいちゃうワシ。
「そういえばルドルフ、帝国から二人来るって事はこっちからも二人出すの?」
「ええ、もう一方は王太子殿下で内定のようです。相手の人選を見るに実質未来の妃候補として見られてしまいますが、まあ些細なことでしょう」
ルドルフがそう言った瞬間、部屋の温度が下がった気がしました。怖い。
ア「…………………」
ジョ「…………………」
ジョーと一緒にサクラの方へ視線を向けると、そこにはとても冷めた「スンッ……」って感じの真顔のサクラが。
「絶対行きません」
その日、ワシは王太子殿下に最大限の感謝を捧げました。
・嘘新連載予告
・学園編開始! お嬢様ニンジャより二年後を舞台にした、
「お忍び令嬢の交換留学記 ~駄目だこの国、腐ってやがる!~」
が3021年春より連載開始予定!
・リー・ヘイリー・メーテルの侍女三人とトーマスだけを連れて帝国に乗り込んだサクラだったが、そこで目にしたのは求心力を失った皇室と、一部の高位貴族の専横によって腐敗した帝国社交界。
・これでは裏から牛耳る価値もないと秒で失望するサクラだったが、ある日出会ったのはあまりに気の毒が過ぎる境遇の帝国第三皇子(私生児)。
・その第三皇子に同情してしまったサクラは、まあ暴走されて戦争になっても困るしと言い訳しつつ、末法めいた帝国に俳句ブームを引き起こしていくのであった。ゴウランガ、ゴウランガ!
・王太子殿下はかませ。
・みたいな。
・ちなみに無かった事にしたい設定とか沢山あるので、少なくともお嬢様ニンジャ第二部という形で学園編始める事はないですので安心してブクマは外してくれ。もしやるときは新連載。
・小話はたまに書くかも。




