表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
5/5

裏2話 「玲凪と弟のお願い」

 台所で夕飯の用意をしていると、玄関から元気のいい『ただいま!』の声とともに足音が駆け寄ってきます。私の下の弟、れんくんです。

 手洗いもせずにダイニングに飛び込んできた可愛い弟の顔は、何だかいつもより輝いて見えました。


「ねえちゃん、とり飼っていい!?」


 帰宅後、挨拶の次に飛び出す言葉としては少々おかしいですが、私にとってはそれほど驚く事でもありません。伊達に十年近くもこの子の姉をやっているわけではないのですから。それにしても、鳥ですか……。


「錬くん、残念だけど野生の鳥はおウチで飼ってはいけないことになってるの……。それに本当は、って来るのもいけないことなのよ?」


「えー、そうなの? せっかくいぬきちゃんとつかまえたのに」


 がっかりする錬くんを見るとすごくかわいそうで罪悪感でいっぱいになります。ご、ごめんね? おねえちゃんも残念だけど、許してね? 

 でも、錬くんはともかく伏篭ふせごさんちの戌姫いぬきちゃんまで一緒に鳥を捕まえるだなんて、おねえちゃんちょっとびっくり。あの子なら鳥獣保護法くらい知っていると思うのだけど、そうはいっても子供だから、鳥を捕まえて遊びたかったのかしら。そう考えると、ちょっとほほ笑ましくなります。

 でも、ダメなものはダメよ?

  

「戌姫ちゃんにもきちんと説明して、元いた所に逃してあげましょうね……」


「まあ待てよ、玲凪れな


 いきなり会話に割って入ってきたのは、居間のソファで寝そべりながら本を読んでいた私のもう一人の弟、武瑠たけるくんです。

 武瑠くんは体を起こして私の方に向き直りました。……そ、そんなに凛々しい顔で私を見ないで……。


「よく考えてみろよ。虫取り網も持たずに出かけた錬が捕まえられるような鳥なんて、どうせ怪我でもして弱ってるんだろ。それに錬のことだからきっと躊躇ためらいなくべたべた触ってるぞ。そんな人間臭い弱った野鳥、今逃しても仲間に虐められるか野良猫に食われるかのどっちかだ」


「そ、そうかしら……。じゃあ武瑠くんはどうしたらいいと思う?」


「食べよう」


 武瑠くん、それはちょっとおかしいんじゃないかな? おねえちゃんさっき野生の鳥はとっちゃダメって言ったけど、とっちゃダメな鳥を食べちゃうのは、もうすごくダメなんじゃないのかな?

 おねえちゃんも伊達にあなたの姉を十六年もやっているわけではないのだけど……でもね、武瑠くん。おねえちゃんだって、疲れることもあるのよ?


「じいちゃんちの山か畑で獲った事にしよう。うちは狩猟税も払ってるんだし、錬が獲ってきた鳥が指定鳥獣か農地の害鳥ならなんとかなるだろ」 


「ダメよ、山は今禁猟期間だし……農地の害鳥は追い払うのが基本だし……」


 だから武瑠くんも、害があっても野鳥だから殺さずに案山子や目玉で一生懸命追い払っている農家の人たちを見習おうね?


「それよりも錬くん。錬くんが捕まえて来た鳥って、どんな鳥なの? スズメ? ヒバリ?」


「カラスはダメだぞ。あれは真っ黒で格好いいが、レア度星ひとつだからな」


「ニワトリー」 


「おもっくそ家禽じゃねーか! どこで拾ってきたんだよ、錬」


「じんじゃー」


 かわいいけど、それは生姜よ錬くん。ともかく……。


「どこのお宅のか判らないけど、とりあえずおじいちゃんちに行って空いてる鳥小屋に入れておきましょうか……。おねえちゃんも一緒に行ってあげるから、ね? 武瑠くんは自治会長に電話して、ニワトリを逃した家がないか連絡網回してもらって」


「分かった」


「それで錬くん、そのニワトリは今どこにいるの?」


「げんかん! ちゃんとなわとびでしばってあるよ!」


 すごいね、自信たっぷりだね、錬くん。

 錬くんの教育はあとでしっかりすることに決めて、私は玄関に続く居間の扉を開けました。

 玄関までは直線の廊下だからこれで様子が見えるはずだけど、あら?

 

「錬くん、お友達を連れてきてたなら先に言わなきゃダメじゃない。こんなところに女の子を待たせて……」


 しかも、体が濡れてるじゃない。

 私は、急いでその女の子に近づきました。でも、あれ、縄跳びが……。

 

「? いぬきちゃんはもうかえったよ?」


「戌姫ちゃんじゃなくて、この子よ。見た事ない子だけど、どこの子かしら? おねえちゃんに紹介してちょうだい?」


「ニワトリー」


 え? 錬くん何言ってるの? まさかこの女の子をニワトリだと思ってる訳じゃないわよね? 確かに体に縄跳びがぐるぐる巻いてあるけど、絡まっちゃっただけよね? ね?


「おい玲凪、これ……」


 居間から出てきた武瑠くんも、珍しく驚いた顔をしています。それはそうでしょう。私ももう何が何だか……。


「ニワトリにしてはでかすぎないか?」


 えっ! 武瑠くんはそういう反応なの!? そういう反応でいいの!? この大いなる疑問の塊に対してそんな浅ぁい切り込みかたで大丈夫なの!?


「いぬきちゃんがペンギンじゃないって。だからニワトリしかせんたくしがないんだ……」


「そうか……あの戌姫が言うなら間違いないな……」


 武瑠くん! 武瑠くん! 戌姫ちゃんは頭がいいけど、小学生だからね!? 全幅の信頼を寄せるにはまだ未熟な小四女児だからね!?


「よし、それなら、玲凪。もうすべきことは決まったな」


「……何かしら……」


 すごく聞きたくないけど……あの、だからそんな爽やかな顔で私を見つめないで……おねえちゃん恥ずかしくなっちゃうから……。


「うちで飼う!」


「どうしてそうなるの……」


「理由は単純、こんなでかいニワトリ見た事ない。すなわち、この辺りの家のニワトリではない。ゆえに、うちで飼うべきである。以上」


 武瑠くんがはっきりとそう言い切ると、今まで曇っていた錬くんの顔がぱぁっと明るく輝きました。今それどころじゃないのは分かってるんですけど、すごくかわいいわ錬くん。その調子よ。その調子でおねえちゃんにもっとかわいい顔を見せてちょうだい! 


 ……確かに、武瑠くんの『言っていること』は間違ってはいません。

 この辺で飼われているニワトリのほとんどは商品用ではなくて、自分の家で食べる卵を取るために結構いいかげんに飼われているだけなので、よく逃げ出します。飼い主もお年寄りばかりで、十数羽飼っているニワトリを適度に繁殖させているため、精確な飼育数を把握していない人も多いです。

 そんな中で、もしはぐれニワトリを捕獲して、しかもその持ち主が分からない場合、ニワトリは捕獲者の鳥小屋に収められます。それが、この辺りの慣例なのです。交番も、ニワトリなんて持って来られても困りますし……。もちろん、鳥小屋がない家は別ですけど。

 だから、飼い主の判らない迷子を引き取るという武瑠くんの言葉は正しいのです。


 でもね、でもね武瑠くん、それはニワトリの話なのよ。


「武瑠くん、目を閉じて心を真っ白にしてからもう一度よく見て。特に食欲をきれいに捨ててから見て。……ね? ただの女の子でしょ?」


「でも羽生えてるし」


「えっ!?」

「ネ!」

 

 それファッションウイングじゃないの!? よくあるリュックとか服に付いてるやつじゃないの!? 本物なの!? ていうか今なんか喋らなかった!?


「ほんものだよー」


 あっけらかんと言い放った錬くんがその手で少女の翼を撫でると、ぱたぱたとくすぐったそうに羽搏はばたきました。

 私は驚いてとっさに話しかけてしまいましたが、女の子はうれしそうににこにこ笑うだけで言葉が通じないようでした。錬くんによれば、声を発したのは戌姫ちゃんの名前を呼んだ一度きりだとか。でもさっき何か喋ったよね?


「ねえ錬くん、もう一度訊くけど、この子、どこでどうやって見つけてきたの?」

 

「じんじゃーの、とりいーに、わなをしかけたら、とれた」


「恐れを知らぬやつだな! 鳥居ってのは神様の使いの鳥が羽を休めるところなんだぞ。それを罠でひっとらえるとか、我が弟ながら末恐ろしいバカさ加減だ」


「えーじゃあこの子神さまのとりなの?」


「それは分からんけど、もしばちあたっても兄ちゃんはバリアするから」


 

 結局少女の詳細も、なぜ濡れていたのかも分からないままだけれど、武瑠くんの言った通りこの子が神の使いの『天使ちゃん』だったらどうしましょう……。

 などと呟いたら、武瑠くんに大笑いされました。悔しい。でも、武瑠くんの笑い顔がかわいいので、おねえちゃんは幸せ。

 気づいたらこの女の子もつられて笑っていて、こっちもとってもかわいいです。ここは天国かしら?

 みんなかわいいから、もう判断はお父さんに任せましょう。だから早く帰ってきてね、お父さん。

 直視すべき現実は全て父に丸投げして、私はとりあえずこの子をお風呂に入れることにしました。

 


 お風呂で天使ちゃんをきれいに洗い上げ、ついでに眠っていた三歳の妹、由岐ゆきちゃんも洗って、ドライヤーで髪を乾かしているとようやく父が帰って来ました。

 家庭に超常的な問題が待っているとはつゆ知らず、あいかわらずの暢気な面持ちです。

 父の帰りを今か今かと待ちわびていた錬くんが、すぐに駆け寄っていきました。


「おかえり! とーちゃん、とり飼っていい?」


「鳥かい? そいつはいわゆるひとつのバァード的な奴かい? でもウチには草一郎がいるからなぁー」


 そう言って、父は足下をうろつく我が家の黒猫を見遣りました。


「えー、でもそうちゃんより大きいよ?」


 応える錬くんは草一郎を抱き上げると、お父さんに見せるように掲げます。草ちゃんはすかさず父の顔面にねこぱんち。


「いてっ、やめて草ちゃん! ほら、こんな風に猫は強いから、鳥が大きくてもだめなんだよ。猫は雉くらいの鳥でも食べるからねぇ。そして錬、猫の『食べる』は僕達みたいに、ぱくっ、もぐもぐ、ごっくん、っていうのじゃないんだよ。血塗れになって部位欠損した死骸をずるずるしながらニャーするんだよ。そしてお部屋を掃除するのはお姉ちゃんなんだよ」


 お父さん、嫌な事言わないでちょうだい……。


 父がスーツを着替えてダイニングに戻ってくると、私はすぐに話を切り出しました。


「それでお父さん、この子がその『鳥』なんだけど……」


「女の子じゃん。え? 羽はえてんの? あー、じゃあやっぱり鳥かー。色的にニワトリ系?」


 もうみんな何なの? 奇跡なの? 奇跡のバカ達なの? 我が家のY染色体は腐ってるの?


「あぁそういえば、なんかこんな感じの鳥がいるって前に母ちゃん……ばあちゃんが言ってたな……」


「おばあちゃんが?」


「ああ。明日ばあちゃんの店に行って聞いてみるといい。それでこの子がばあちゃんの知っている鳥なら、しばらくうちで預かってもいいよ」


「ほんと! やったー! いぬきちゃんにもおしえてあげなきゃ!」


 よかったね、錬くん。今日一番の喜びを見せる錬くんはかわいいなぁ。そのかわいさでおねえちゃんを殺す気なのかな?

 もう錬くんがかわいいから何でもいいや。少し前に鳥獣保護法とか言ってた自分は馬鹿でした。

 あれ? でもお父さんは仕事だし、武瑠くんと錬くんは学校だから、誰がこの子の面倒を見るのかな? あれ? 私しかいなくない?


「なんだ、その鳥飼える事になったのか? 良かったな、錬」


 キッチンから鍋を抱えてやってきた武瑠くんもなんだか嬉しそうなので、おねえちゃんも嬉しいです。 

 でも、なんでカレー? 天使ちゃんをお風呂に入れるから、武瑠くんには料理の続きを頼んだけど、おねえちゃん肉じゃが作ってたよね?


「今年のクリスマスが楽しみだな……」


「クリスマス!? にいちゃんプレゼントくれるの!?」


「おう! 錬と由岐にはドラムをやるぞ! そして俺はリブ! 父ちゃんは酒飲みだから、ジブレッツにウイング、ソフトボーンだ! 玲凪はダイエット向きのキールだな!」


「ぼくドラムよりギターのほうがいい!」


 ……武瑠くんは何を言ってるのかな? まあ暫くは放って置いても大丈夫でしょう。


 家族みんなで食卓に着くと、一応天使ちゃんに自己紹介をしてみます。でも分からないかな?

 私は鳥栖とす玲凪れな、十八歳です。大きいお兄ちゃんが鳥栖とす武瑠たける、十六歳で、その弟の鳥栖とすれん、九歳。一番小さいのが妹の鳥栖とす由岐ゆき、三歳。それに飼い猫の草一郎そういちろうちゃんです。お父さんは面倒くさいのでお父さんと紹介しました。

 外国の子かもしれないので、一応名前、名字の順でも紹介してみたら、なんとなくそっちのほうが食いつきが良いように見えました。

 でも一番食いついていたのは食卓のカレーです。とっても美味しそうに沢山食べてくれました。

 ……でもこのカレー、私が作ったのより美味しい……。き、きっとアレよね! 肉じゃがのアレの風味の出汁だしのアレが良かったのよね!


 不思議な女の子を迎えての我が家の夕食は、かわいい顔がいっぱいで私はとっても幸せでした。


 食後に歯を磨いてあげたら、天使ちゃんの寝床はとりあえず母さんのベッドを使って貰おうと思ったんだけど、寝室の前に通りかかった納戸なんどのこたつの中に潜り込んでしまいました。錬くんがスイッチを入れると、嬉しそうに笑顔をこぼしながら羽をぱたぱたさせるので、すっごくかわいいです。寝床、もうここでいいかな?

 今日は色々あったけど、最後にこんなにかわいい天使の笑顔が見られるなんて。ちょっと涙が出るくらい幸せです。




 そして戌姫ちゃんからの電話で、明日学校に呼び出されると知った私は本当に泣きました……。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ