裏1話 「戌姫と神社の鳥子」
私、伏篭戌姫の親友である鳥栖錬、通称れんちゃんはバカだ。それはもうすっごいバカだ。
れんちゃん以外にもバカな男子はいるけど、それは巻き尺でヨーヨーして指を切ったり、下敷きの静電気で女子の髪をぐちゃぐちゃにしたり、授業中に机の上にクワガタムシを出していたり、消しゴムのカスを繋げてアホみたいな長さにしていたり、隙あらばうわばきのにおいを嗅がせてきたりする、そんな程度のバカだ。
うっとうしくて騒ぎになるから厄介だけど、それだけだ。
でも、れんちゃんは違う。説明するのは難しいけど、なんていうか、レベルが違う。
たとえば、今日の給食の時間。
日直の号令に合わせてみんなで『いただきます』をした直後に、れんちゃんはごはんの器をひっくりかえした。
そして、他のおかずと牛乳をお盆の上からどけると、おもむろにごはんを練り始めた。れんちゃんはごはんで芸術を始めたのだ。
当然、そんなむちゃくちゃが許されるはずもないので、呆然としていた隣の席の女子が正気に戻ったタイミングで、
「せんせー! れんくんがごはんで粘土してる!」
と、担任の山崎先生を召喚した。れんちゃんはその場で怒られ、そのまま職員室に連行された。
みんなが給食を食べ終わる頃になっても先生とれんちゃんは帰ってこなかったので、私がれんちゃんの給食を片づけておいた。ちなみにれんちゃんが食べるはずだったチキンカツは仁義なき戦いの末に城山くんが奪っていった。
昼休みの終わりになって、ようやく釈放されたれんちゃんは相変わらずケロッとしていた。でも、明日お家のひとが呼ばれるらしい。れんちゃんちのママは今お仕事でいないから、きっとお姉ちゃんが来るんだろうな。玲凪ちゃん、かわいそう。
そんなれんちゃんが今日も家に遊びにきた。
この春から私たちは四年生になったのに、家が近いからって相も変わらず女子の私と遊びたがるところも変わっている。
私も他の女の子と遊んだりもするのだから、少しは自重して欲しい。
「いぬきちゃんあそぼう!」
「いいけど、何するの? 昨日みたいに山で黒曜石掘るのはいやよ」
「神社に『とりもち』しかけてきたから、見にいこうよ!」
「とりもち?」
「とりをつかまえるどうぐだよ!」
そんなのあるんだ。れんちゃんって意外と物知りなところもあるから侮れない。
そういえばれんちゃんのお姉さんとお兄さんは頭がいいんだっけ。たまに冴えてるのはその影響なのかな。
そんなことを考えながら、無邪気に笑うれんちゃんと玄関を出る。もう夕方だし、それほど暑くないから帽子はかぶらなくていいかな。
「ねえいぬきちゃん!」
「なに」
「神社までヒマだからしりとりしようよ!」
「いいけど、『りんご』『ごりら』とかいちいち言うの面倒だから、それぞれ最初の二回は巻きでいくわよ」
「わかった」
「じゃあれんちゃんからね」
「うん。しりとりんごりらっぱ」
「パイナップルビー」
「いんこども」
「もみじかんひょう」
悪しきテンプレは消化した。次のれんちゃんのターンからは通常モードだ。私は動物縛りでもしようかな。
「うみ」
「ミシシッピアカミミガメ」
「めがね」
「鼠色の猫」
「こ……こうしえん……じゃない、こうしえんきゅうじょう!」
「鵜」
「う? うに?」
「西ローランドゴリラ」
「らっかせい」
「イスカリオテのユダ」
「だるま」
「Masa'lkhair」
「なにそれ」
「チュニジア語のこんにちは。『る』で始めなかったかられんちゃんの負けね」
「えぇー」
本当は最後に縛りを破った私の負けなんだけど、自分ルールだからね。ユダはギリギリ動物だよね。人間だもの。
神社も見えてきたことだし、このへんで終わっておくのがよろしいでしょう。
「あっ!」
などど考えていると、急にれんちゃんが声をあげて走り出した。
「いぬきちゃーん! とり! とりー!」
拝殿前の内鳥居まで猛スピードで駆けていったれんちゃんは、私の方をふりかえって叫ぶ。
どうやら本当にとりもちとやらに鳥が引っかかったらし……えっ? 鳥……えっ?
「いぬきちゃん! とりとれた!」
満面の笑顔がすごくかわいいけどれんちゃん、れんちゃん!
それ鳥じゃないでしょ!
だって髪の毛はえてるもん! 服着てるもん!
「えー、でも羽はえてるし」
そう言ってれんちゃんが指し示すソレの背には、たしかに白い翼が生えている。
「でもさ、鳥はないんじゃないかなれんちゃん。羽は生えてるけど、女の子って呼んであげた方がいいんじゃないかなれんちゃん」
「……めすじゃね?」
「なんで今チャラ男っぽくなったのれんちゃん」
でも本当になんなんだろうこの子。れんちゃんが話しかけても言葉が判らないみたいだけど、すごくニコニコしてる。
年は私たちと同じくらいかな? でも背中に羽は生えてるし、髪は赤色だし。……なぜかずぶ濡れだし。
れんちゃんはいつの間にかその女の子の手を握っている。本人は鳥が逃げ出さないように捕まえているつもりなんだろうけど……。
「ていうか、それ! その鳥の子が齧りついてる鳥居に付いてるの、れんちゃんがお昼に練ってたごはんじゃない!」
「とりもちだよ」
とりもちって餌だったのね。鳥を捕る道具だって言うからてっきり足を絡めとったり棒の先に付けてぺしぺしするのかと思ったわ。あぶないあぶない、れんちゃんのせいで勘違いして覚えるところだったわ。ていうかそこの鳥の子、はしたないからいい加減鳥居を舐めるのをやめなさい。神罰が下るわよ。
「で、この子どうするのよれんちゃん」
「飼う」
「えっ!」
ちょっ、何言ってるのれんちゃん! 女の子を飼うとか、確かにれんちゃんはレベルが違うとか思ったけどさ! 小四で『飼う』はないんじゃないかなれんちゃん、『飼う』は!
「うちで飼えるかは父ちゃんにきかないとわかんないから、とりあえず神社で飼おう」
父ちゃんに聞かなくても分かるよれんちゃん。とりあえず飼わない方向でいこうよれんちゃん。
「でも、れんちゃんの見立てでは鳥なんでしょこの子。神社で飼ってたら私たちが学校行ってる間に飛んで行っちゃうよ」
「だいじょうぶだよ。この子、はね小さいし。たぶんニワトリのなかまだよ。それかペンギン」
れんちゃんの自信の根拠はどこから湧いてくるのかな。源泉かけ流しなのかな。
自信満々に言うれんちゃんはすっごいバカなんだけど、かわいい。かわいくて悪気がないからどんなにバカなことをしてもみんな許しちゃうんだよね……。
それにだまってればかっこいい。
うん。私が頑張ってれんちゃんを真人間にするんだ。
「ペンギンはないと思うわ。まえに動物園で見たけど、ぜんぜんこんな感じじゃなかった」
「じゃあニワトリか……」
他の選択肢は無いのれんちゃん。よく見て、学校で飼ってるニワトリと全然ちがうでしょ。
やっぱり身体も白いし、ってそれただの白いワンピースだよれんちゃん。この赤いのがトサカかー、ってそれはただの赤髪だよれんちゃん。ワンピースで赤髪なだけだよ? えっ? 腕はあるよ?
「ちょっといぬきちゃん、このとり捕まえといて!」
「いいけど、れんちゃんどこいくの? 置いて行かないでよ……」
「ちょっといいものもってくるだけだから! すぐもどってくるから!」
そう言い残してれんちゃんは、境内の外へと走って行ってしまった……。
私は、夕下がりの神社の森で、謎の鳥少女と二人きりになってしまったのだった。
……この鳥の子も逃げればいいのに、なんか笑顔で羽をぱたぱたさせている。れんちゃんの言うとおりこれは飛べなさそうだな。
でも歩いてでもいいから逃げてくれていいんだよ? なんなら私が逃してあげ
「ネ!」
「ね!」
えっ!? 反射的に返しちゃったけど今の何!? 「ネ!」って何!?
ていうかしゃべったぁぁぁぁぁ! 今さらだけどコイツ鳥じゃねぇぇぇ!
れんちゃん! 早く帰ってきてよれんちゃん!
私はもうなんか世界がこわいよ!
あ、れんちゃん帰ってきたれんちゃぁぁぁぁん! れんちゃぁぁぁぁん!
でも何でダンボール引きずってるのれんちゃん!
「これでとり小屋を作って神社のえんの下にいれとこう」
いや猫じゃないんだから! むしろ鳥でもないんだって! なんか喋る系のやつなんだって! もう勘弁して下さい!
「ごめんねれんちゃん! 私謝るから! あれでしょ!? 私がイスカリオテのユダを動物枠に入れたのを根に持ってるんでしょ!? だから頑に鳥だと言い張るんでしょ!? 勝ちでいいから! れんちゃんの勝ちでいいからぁ!」
「いぬきちゃんなに言ってんの?」
そう言ってれんちゃんは私の言葉をスルーしてダンボール小屋を作り始めた。もう私のことなんてどうでもいいのかな……。
「……ていうかそんな大きなダンボールどこから持ってきたの?」
「ハーゲンティの小屋」
「えっ! それ大丈夫なの!? ていうかハーゲンティに近づいちゃダメってママに言われてるのに!」
「だいじょうぶだよ。さいきんあったかくなってきたから冬ようのダンボールがあまってるんだって。それにハーゲンティはいいひとだよ」
「でも……いや、もういいよ…」
ハーゲンティは三十半ばくらいのホームレスのおっさんだ。本当はホームレスじゃないけどホームレスをしている。そしてハゲだからハーゲンティと呼ばれているけど、本当はハゲじゃない。よく分からないおっさんだけど、よくわからないおっさんというのはつまり不審者である。だから心配してあげたのに。れんちゃんのバカ。
そんなこんなでダンボールハウスを組み上げたれんちゃんは、鳥の子を小屋に押し込むと、そのままずるずると拝殿裏の縁の下まで押していった。
中身を入れる前にひっぱればいいのに、そうしないからダンボールがぐにゃぐにゃと歪みながら進む様子はとても滑稽に見えた。
中にいる鳥の子は、ダンボールハウスの窓から嬉しそうにれんちゃんを見たり神社を見上げたりして、せわしなく目線を動か
「ネ!」
「ね!」
だから何なのそれ!? ていうかびっくりするから急に投げてくるのやめて! 今ちょっと下半身の緊張が弛みそうになったから!
そしてれんちゃん! その大きさのダンボールハウスが縁の下ごときスペースに入らないのは明らかだったよね! なんでそんな立派な作品作っちゃたの!? 無駄にクオリティ高いよ! 本家のハーゲンティ宅より立派だよ!
「入らないや。どうしようか、いぬきちゃん」
「どうしようって……」
本当にどうしよう。れんちゃんの頭のことだけど。
れんちゃん的には『この状況だとどの選択肢を選ぶのがいいのかな?』って意味で訊いてるんだろうけど、常人の私にはまず選択肢が見えない。むしろ存在しているんだろうか、選択肢……。
「やっぱりうちで飼うしかないか」
「……ねえ、れんちゃん、お願いだから冷静になって……」
「……! ごめん、そうだよね……うちには猫がいるからさいごのしゅだんだよね……」
「……もうやめようよ。玲凪ちゃん泣くよ……」
「だいじょうぶ、ねえちゃんはとり好きっていってた。ささみ」
れんちゃん……。
もうれんちゃんは、私の言う事なんて聞いてくれないのかな……。そんなにその子と一緒がいいのかな……。
……また、その子の手を握ってるし……。
鳥の女の子の手を引いて歩き出したれんちゃんは、本当に家に連れて帰るつもりらしい。でも、そんなに腕をひっぱったら女の子がかわいそうだよ、れんちゃん。
私はもう一度、れんちゃんに手を引かれるその子の姿を見た。濡れそぼってはいるけれど、夕陽に輝く赤い髪。透き通るような白い肌。
……私も肌は白い方だけど、れんちゃんに連れ回されているせいで少し日焼けしてしまっている。この子もいずれ、そうなるのかな……。
「……ごめんね。でも、れんちゃんは悪い子じゃないんだ。だから許してあげてね」
思わず、女の子に話しかけてしまった。れんちゃんの無茶に振り回されているところに、なんだか親近感が湧いてしまったのかも知れ
「――――! 犬吉! ネ!」
「!!! …………あっ!?」
「いぬきちゃん? えっ、泣いてるの? どっかいたいの?」
「……ううん……目にごみが入っただけだから……」
「そうなの? うちによってく?」
「いい……そのまま帰る……じゃあね…れんちゃん」
……手を繋ぐれんちゃんと鳥の女の子から離れて一人帰路についた私は、家に帰り着くと泣きながらシャワーを浴びた。
そして、髪を乾かすこともなく居間のパソコンを起動すると、グーグルで下半身の鍛え方を検索した……。




