Will:0 どうしようもない世界で ―― それでも
初めまして、蒼乃です。つたない文章、自己満のファンタジーですが少しでも楽しんでくれたら嬉しいです。また一応プロを目指している身なのでアドバイスなどあると助かります。
昔から自分の中で描いてきた思い入れのある世界と物語なので、更新は亀なみにのろのろになりますが、どれだけ間があこうと何があろうと最後まで書きつづけるつもりです。最後になりますが、興味持って手にとってくださった方へ、ありがとうございます。読んでくださる方、これからもよろしくお願いします。
それは、すべての叫びを体現させたような大雨だった。
死んでいく者の絶叫。
傷ついた者のうめき。
狂いし者の怒号。
悲しむ者の嘆き。
岩肌を打ちつづける大きな雨粒の音がさまざまなノイズを引き起こす。耳にこびりつくほど聞いて、そしてそのたびに聞き流してきた想いが蘇がえる。
それをひとり、傘をさすどころか外套すらまとわずに少年は聞いていた。顔に張りついた夜色の髪から染み出た水滴が涙のように頬に流れ落ちる。
苦しくはなかった。とうの昔に慣れてしまったものだから。
ほのかに光る目を不気味に細め、けらけら笑う。
「ねえ、どうして君らはこんな世界にしたんだい?」
ごろごろ転がる肢体に目を落とす。
雨は岩肌以上に冷たくなる運命しかない肌を濡らしつづけていた。登山道はもはや簡単には洗い流せないほど血肉に溢れた〝人〟の道で、立っていたのは無傷の自分ひとりだけ。
白い鎧で身を包む人も黒いローブを身につけた人も例外なく倒れ、身動きひとつとらない。すでに絶命しているか、その一歩手前のまず助からない状態だ。彼らの武器はすでに手から離れ、刃の破片が石ころと一緒に散らばっていた。
世界は冷えていく一方で、
「君らはさ、こんな世界にしたかったの? こんな世界を望んだの? ねえ?」
少年はさらに笑みを歪める。
雨と火の臭いが混じりあう。視界の端の遠くで雨に逆らって立ち昇る黒々とした煙と赤く燃える大地が見えた。はるか彼方でけたたましい本物の叫びを背景に、激しい刃の打ちあいに銃撃、魔光がやむことなく繰り広げられている。
肥大した五感が捉えたのは終わりを一方的に押しつける戦争の光景だった。
「狂人、が……何をほざく……ッ!」
予想だにしていなかった返事に笑みが反射的に引き、だが少年はゆっくりふり返る。
その人間は若くもなく、老いてもいない男だった。立派だった白い鎧は壊れて機能をまったく果たしておらず、混ざった泥と血でひどく汚れている。傷ついてなお死体の中から立ち上がり、鋭い目と刃こぼれした剣を自分に向けた。
立てるはずのない怪我を負いながら、彼は自身の信念を貫こうとしている。
まっすぐで、強靭な意志。
「狂ってる……ああ、そうかも。なら君らもそうだね。自分と同じ狂人だ」
「愚弄するな。これはすべて、我らが神と、この地の民のためだ。貴様とは違うッ!」
「なら訂正するよ。狂信者か。気の毒だよ。君らの信じる神なんていないのに……残念。君は失敗した。哀れで、馬鹿で、反吐が出るほうの ―― 弱者だ」
騎士が駆ける。ふたりの距離は一気に縮まり、剣がふり上げられた。少年はそれを見て笑う。けれど、両手に持つ二刀は構えない。剣がふり下ろされる、防御すら間にあわない瞬間に口だけを動かした。
「だから、死んで」
勢いづいていた剣は霧が散るように消失し、騎士の体を大量の光る半透明な刃によって空に縫いつける。急所をひとつも逃さない必殺に絶叫も苦言もない。白い面に走るひびが繋がる。体から鎧がはがれ、血だまりへ派手に落ちた。血が跳ね、暗い視界が揺れる。
疼く叫びを、もう抑えきれそうになかった。
すでに死が決まったそれに二刀をふるう。滅多刺しと滅多斬りが止まらない。
次第に嘲笑が浮かびあがり、笑い声が濁った奥底から溢れつづける。
白い剣は血をきれいに吸い取り、黒い剣は血を不気味に輝かせて。そうしているあいだにも、近くで、遠くで、呆気なく人は死ぬ。数える意味がなくなるほどに死んでいく。
気づけば付近には分別のつかない肉塊しかなかった。
体を突き動かしていた熱が急速に冷え、剣が手から落ちる。
「あはは……アは、ハ……ほんと、救いようのない話」
平穏に生きてきた普通の人々が、欲深い弱者の身勝手で犠牲になる。
それがあたりまえのように行なわれている世界だった。以前はまだ、その中でも何か希望のようなものを持っていた気もするが、それも消えてしまった遠い過去の話だ。
世界はいつまで経っても無慈悲なまま、変わらないどころかさらに悪化しておかしな方向に突き進んでいく。もはや憎悪することすら無駄だと悟ったのはいつのことだろう。世界は劣悪で醜くて、どうしようもないそういうもので、もうどうでもよくなってしまった。
世界を、あきらめた。
「いっそ、こんな世界さっさとなくなってしまえばよかったのにね、セリアシレン」
ぽつりと天に向けて人が神と呼ぶ名前をもらす。
救いを求めるわけでもなく、感情のない言葉を淡々と吐き出す。
「君自身が迷って、願って、泣きながら自分を貫いて守った世界がこの馬鹿らしさだ。なのに、なぜ君は、まだ……なんで、まだ……どうして…………どうして、」
口を開く。閉じ、また開く。
だが、一度止まった言葉はどうあがいてもそれ以上先へ続かない。
顔が歪んだ。そこにはもう壊れた笑みはない。泣きたいのに泣けない、どうにもできない傷をどうしたらいいのかわからない子どもの顔を浮かべ、唇を噛みしめる。
なぜ、こんな惨めな気持ちになるのかわからなかった。
「帰ろ……もう、どうでもいいや。こんな、弱者の世界」
そのような気持ちを抱きながらも剣を拾い、力の入らない足を無理やり前へ動かす。
水たまりを、血肉を踏み荒らすが、汚れも道徳心もどうでもいい。帰る場所なんてもうどこにもないけれど、ただ足を進めた。
ここではないどこか、自分が望むたったひとつの世界へ。
すべてがどうでもよくなった、どうしようもない世界で ―― それでもどんな理不尽すら越えてみせると決めた、ゆずれない想いと願いを抱いて。
それだけが冷えた世界で生きていられる、唯一の熱だった。




