↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
12/14

我らの神よ

「――どうだ、女神よ。神の名を騙《かた》る卑しき女よ――」


「……」

 

「――お前を信じた人間どもが、どれだけ死んだ?―――」


「……」

  

「――救えたはずだろう、お前が本物の女神だというのならな――」




 私は『女神』を捕らえ、砦に連れ帰った。何度殺そうとしても、殺せなかったからだ。


 この女は、本当に死ななかった。いくら引き裂いても、いくら焼き尽くしても。だから、この女は自らを『永遠《とわ》の女神』などと称したのだ。


 死なぬことが、それほど尊いか? その身に与えられた力の意味すら知らず、神を騙る。最早《もはや》、貴様にとっては呪いでしかないというのに。


 女は、魔力によって宙に磔《はりつけ》にされたまま、私を睨みつけていた。


「――貴様は神ではない。永遠に人間どもの罪を償い、永遠に我ら魔族の苦しみを背負う。そのためだけに生まれてきた、憐《あわ》れな女だ――」


「⋯⋯憐れなのはあなたです、魔王」


 女が口を開いた。


「あなたは報《むく》いを受けます。多くの命を奪った、その罪を償うときが、まもなく来るのです」


「――黙れ――」

 

 杖を振る。


 無数の氷の矢が女の身体を貫いた。血が矢を伝い、こぼれ落ちる前に凍りつく。やがて、矢は押し出され、傷が塞《ふさ》がってゆく。


「――報い、と言ったな。なら、この結果はどうだ。これこそ、貴様たちの受けた報いではないのか――」


 少し前まで、我々と人間どもの戦力は拮抗《きっこう》していた。互いに領土を奪い、奪われ、幾度となく刃を交えながらも、どちらも決定的な一歩を踏み出せずにいた。


 それが、いつからだったか。奴らは、この女を神と担ぎ上げた。


 “神は我らと共にある”


 そう叫ぶ声が戦場に満ちるたび、人間どもの勢いは増していった。


 我々は押し戻された。ひとつ、またひとつと守ってきた土地を奪われ、同胞を失い、ついには故郷である辺境の地まで追い詰められた。


 ⋯⋯まただ。また、我々は失うのか。あの憎むべき人間どもによって。あの女のせいで。


 だから私は、使ったのだ。



 

 〈究極魔法《メイルストロム》〉。




 我らが同胞が、命を懸けて探し出した最後の切り札。


 神が我らに与え給うたその力は、燃え盛る岩の雨を降らせた。空を覆う災厄の渦は、夜を越えることなく、人間どもの世界を終わらせた。


 ……多くの同胞たちを、贄《にえ》として。


 今や、この砦に残るのは私だけ。


「……私は、すべての魔王を知っています。その中でも、あなたは最も愚かで、最も憐れです」


「――黙れ――」


 私の指先から電撃が迸《ほとばし》った。


 女の身体が、大きく跳ねる。目を見開き、口から声にならぬ息が漏れる。白い煙が立ち上り、身体中に雷のような亀裂が広がってゆく。


 だが、それも瞬く間に消えた。焼けた肉が戻り、裂けた皮膚が繋がる。やがて、何事もなかったかのように私を見た。


「⋯⋯魔族のためという大義名分を掲げ、多くの命を奪い、多くの仲間を死に追いやった。魔族を統《す》べる王としての資格もありません」


「――……黙れ――」


 風の刃が走った。


 女の身体が、二つに分かれる。上半身から内臓が垂れ下がり、下半身は力なく地面へ落ちた。


 貴様は、何を考えているのだ? 私を挑発したところで、何の意味がある。ただ一方的に、私の魔法を浴びるだけだというのに。


 地面に落ちた半身は灰となって崩れ、消えていった。代わりに、磔にされた身体から新たな肉体が形作られていく。


「……あなたの嫌う先代魔王。彼は素晴らしい方でした。憎しみを乗り越え、人間と魔族を繋ごうとした」


 ⋯⋯黙れ。黙れ、黙れ。


「あなたとは、大違いです」


「――黙れ!――」


 炎が、女の足元から吹き上がる。


 私は知っている。最初にこの女を焼き尽くしたとき、炎の中で一度だけ涙を流した。この女にとっては、これが一番苦しい。


 数秒のうちに足の肉が焼け落ち、露出した骨が黒く変色していく。女の顔が苦痛に歪む。


 ……苦しいだろう。苦しいと言え。苦しいと言え!

 

「――貴様が『永遠《とわ》』を名乗るのならば、永遠に罪を償わせるまで――」

 

 炎が消え、女の身体が元の姿に戻っていく。私は息を荒げながら杖を握りしめる。

 

「――貴様が人間の希望だと言うならば、お前の心を壊すまで!――」

 

「……やれるものなら、やってみなさい」

 

 女は、静かに笑った。

 

「必ず、勇者が来ます」

 

「勇者だと?」

 

「ええ」


 勇者。聖剣に選ばれし、勇敢なる者。


 ……笑わせる。今まで何人もの勇者が、我々に恐れをなして姿を隠した。


 そして、忌々《いまいま》しき聖剣よ。誰がその名を与えた? それを持つ者こそ正義であり、我々こそ邪悪であるとでも言いたいのか。


「――来るわけがない――」

 

「いいえ、勇者は来ます。あなたを倒しに⋯⋯必ず」

  

 この女は折れない。その瞳には、なお希望が宿っていた。


 なぜ、そこまで信じられる。

 

 ⋯⋯ふと考えた。

 

 もし、この女が本当に人間どもの神なのだとしたら。


 神よ。なぜ、あなたは我々魔族の前には姿をお現しにならないのですか。

 

 視線を女へ戻す。女は、静かに私を見ていた。

 

「――何だ、その目は⋯⋯!――」


 私が再び魔力を練った、そのとき。


 何かが崩れる音が響いた。


 私が振り返ると、閉ざされていた扉が、ゆっくりと開いていく。土煙が、薄く流れ込んできた。


 その向こうに、一人の男が立っていた。


 手には、白銀に煌《きら》めく剣。


「――勇者――」

 

 男は、磔にされた女に視線を向けた。


 その顔が、険しくなる。


「――動くな――」

 

 私は杖を女神へ向ける。


「――お前たちの大切な女神が、苦しむのを見たくはなかろう――」

  

「勇者、聞きなさい」 


 女が口を開く⋯⋯何を言うつもりだ。


「私は、永遠《とわ》の女神。私の前に、すべての痛みや苦しみは意味を成しません。だから……」


 戯言《ざれごと》を――


「思い切り、戦いなさい」


 女は、勇者に向かって笑いかけた。


 しばしの沈黙のあと、勇者が私を見据えた。その瞳に迷いはなかった。構えた剣に、光が反射する。




 勇者。魔王を討ち、世界に平和をもたらす者。その世界に、我々魔族は含まれていない。


 ならば、私は何者なのだ。魔族を導く者。始祖様《しそさま》の悲願を受け継ぎ、その未来を守る者。


 私は魔王。この身に流れる血も、この手に刻まれた罪も、すべては魔族のためにある。私は、ここで退くわけにはいかない。


 神よ……そして、始祖様。どうか、私に力をお与えください。勇者を葬り、人間どもの女神を滅ぼす力を!




「――来い、勇者――」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。