底辺グルメ配信者の俺が星系議員に当選って本当ですか?
1. ヴォルテックスの恵みと、テラの横暴
アヴァロンの屋台街。
レイモンド・クラークはいつものように笑顔で配信を始めた。
「はい、見てくださいこれ!
本日のメニューはヴォルテックス産スパイスを使った特製インド風カレーです!」
カメラの前に掲げたスパイスの実は、
アヴァロンの見慣れたそれよりも二回りは大きい。
「みなさんご存じ、隣の星系の惑星『ヴォルテックス』。
アヴァロンより重力が弱いんですよ。
だから香辛料の植物もみんな無駄にデカくなる。
しかも自転が速いせいで、昼と夜が何度も忙しく入れ替わる。
だから寒暖差によるストレスで
スパイスの旨味と辛味がキュッと凝縮されるんです。
定住はできないけど、食料生産地として優秀なんです。」
そういって、カレーを一口すくって頬張ると、レイモンドの目が輝いた。
「……うま。香りと辛みがガツンとくる。
これはもうスパイスの洪水といっていいですね」
コメント欄が沸く。
〈ヴォルテックス回好き〉
〈今日も腹減る配信ありがとう〉
そんな平和な流れが一つのコメントで止まった。
〈ヴォルテックスの新食材、
テラ中央政府にまた申請却下されたって聞いた〉
へらへらした笑いが一転し、レイモンドの顔が曇る。
なぜならテラ中央大学に留学していた頃の記憶がよみがえったから。
栄養バランスだけを追求した、味もへったくれもない「中央標準食」。
あれを三年間食わされた不満がむくむくと湧き上がってきた。
「は?」
スプーンを置く。
「テラのやつら、向こうから売ってくるものは輸送税だ、
管理費だって名目で俺たちから上前をハネやがる。
そのくせ、こっちがヴォルテックスで見つけた
美味い新食材は却下する。
テラが欲しいのは効率重視のプランテーションみたいな
単一品種だけなんですよ。
銀河中をあのマズい食事で塗りつぶす気か!
どこ行っても同じ飯を食えっていうのか!
飯の多様性を認めない社会なんてクソ喰らえですよ!」
言い切って、レイモンドはカレーを頬張ると、至福の顔に戻った。
「というわけで、今日の配信は以上です! また来週!」
2. 現実を突きつける親、そして酒の勢い
屋台の配信から帰ってきて、
自分の部屋に入ってコメントに返信しようと上機嫌になっていたその時、
レイモンドは母親に呼び止められた。
「ちょっとリビングに来なさい」
母親の声には、いつもより刺があり、
父親もその横でしかめっ面をして座っていた。
テーブルには端末が置かれ、
画面にはレイモンドの配信チャンネルの分析画面が表示されている。
「配信配信って言うけど、週に一回でしょう。
しかもチャンネル登録者、まだ一万人もいってないじゃない」
「う……」
「三十手前で、他に仕事もしてなくて、
将来これで食べていけると思ってるの?
いい加減、ちゃんとした仕事を探しなさい」
父親も無言で頷いた。
母親に対する反論の材料はレイモンドの中に一つもなかった。
チャンネル登録者数まで突きつけられると、ぐうの音も出ない。
「……わかったよ。考えるよ。」
反論できないと悟り、
居場所がなくなったレイモンドは生返事をして自室に逃げ込んだ。
編集作業に取りかかる気力がなくなり、コメント欄を眺めながら、
酒をちびちびとやり始めた。
最初は落ち込んでいた。
だが、酒が回るにつれ、じわじわと気が大きくなってきた。
コメント欄をスクロールしていると、一つの書き込みが目に留まった。
〈このデカいスパイスの旨さ、テラの連中にも食わせてやりたいわ。
あいつらプランテーション産の味気ないもんしか知らないんだろ〉
〈テラにもこの食文化広げようぜ、レイモンドさん〉
「……テラに、広げる?」
酒の入った頭で、その言葉がやけに大きく響いた。
さっきまでの「仕事を探せ」という現実的な圧が、
酒の勢いで別の何かに変換されていく。
「そうだよ。
俺は……別に、逃げてるだけじゃないんだよ……
ちゃんと、やることはあるんだよ……
食文化を広げる仕事に就くんだよ!」
グラスを傾けながら、レイモンドの目がだんだんと据わってくる。
「テラに認めさせりゃいいんだろ。
ヴォルテックスの食材をふんだんに使ったアヴァロンの食文化を。
テラと同等の文化と認めさせりゃいいんだ。だったら」
その時ふと普段は気にもしていない政治ニュースが目に飛び込んできた。
「そういえば、今日は自治政府代議員選挙の告示日だったか!やってやる!
自治政府代議員に、立候補してやるぜ!!
代議員なら、テラのやつらにも俺の声が届くようになる!」
酔った勢いだけで画面に表示された
『自治政府代議員選挙 立候補届出フォーム』
を開くと、流れるような手つきで、必要事項を打ち込んでいく。
「見てろよテラ……アヴァロンの飯の力、思い知らせてやる」
送信ボタンを押した瞬間の高揚感のまま、SNSにこう書きこんだ。
「自治政府代議員選挙 立候補いたしました!
アヴァロンの豊かな食卓を守る! 画一的なプランテーション化にNO!
中央のまずい飯にNO!」
政治思想はゼロ。生活感覚は百パーセント。
動機は九割九分、母親から仕事を探せと言われたあとの
むしゃくしゃした気持ちを晴らすための、
酒の勢いだった。
翌朝、酒が抜けて正気に帰ったがもはや後の祭りであった。
「やっちゃったなあ。
何で代議員になれば食文化が伝わると思ったんだ?
まあ、急に仕事も見つからないし、
少しでも配信登録者が増えてくれればそれでいいや」
開き直ったレイモンドはそこからも投票日までいつもの調子で配信を続けた。
本人はそれほどやる気がなかったにもかかわらず、なぜか勝手に盛り上がり、
チャンネル登録者数はうなぎのぼりになっていった。
本人は泡沫候補でも、知名度上昇の勢いでここまで登録者数が伸びるのか、
と暢気なものであった。
そして、ついに投票日が目前に迫ってきた。
3.投票日前夜。
投票日前日の配信で、レイモンドはグルメ配信ではなく、
珍しく真面目な顔で自分の思いを語った。
「……あの、明日、投票日なんですけど。
皆さん、俺のこと買いかぶりすぎですからね。
俺、政策とか語れることなんて一個もないですし、
正直、議員になったらどうすればいいかも分かってないです。
ただ、美味い飯が食える星系であってほしいって、それだけなんですよ」
コメント欄には
〈それでいいんです先生〉
〈飯の話しかしないところが信頼できる〉
という言葉が並ぶ。
「あ、あと、これだけは言っときますけど。
俺、別にテラの人たち自体が嫌いなわけじゃないんですよ。
中央大学の同期にも、いい奴いましたし。
あ、でも、俺が作った料理の受けは悪かったな。
いや、そんなことはどうでもいい。
ただ、あそこの偉い人たちの決め方が、俺らの生活を全然見てないってだけで……
喧嘩したいわけじゃないんです、普通に話が通じればそれでいいんですけど」
〈みんなでうまいもんの話ができればいいですよね〉
〈喧嘩したら、うまいもんも食えなくなりますし〉
「……なんか、皆さんの方が、俺より俺のことを信じてません?」
開票が終わったらまた登録者数減るんだろうなと少し寂しい予想をしながら、
レイモンドはそこでそっと配信を終えた。
4. まさかの3位当選と、取り返しのつかない幕開け
開票日。レイモンドは自室で、早く終わって日常に戻ってほしい、
という気持ちで開票速報を眺めていた。
この四週間で膨れ上がったチャンネルの支持の熱量を目の当たりにしても、
彼の中の実感はまるで追いついていなかった。
「いや、さすがに当選はしないでしょ。わずか定数20だよ。
話題にはなったけど、それはそれ、これはこれだし。
ま、チャンネル登録者数はものすごく増えたから、
少しは配信の広告収入上がるだろうし、それでいいか。」
その油断しきった顔が、次の瞬間、固まった。
『当選確実:レイモンド・クラーク(3位)』
「は?」
「は? は?」
リビングで期待せずに見ていた両親もあまりの予想外の事態にただただ呆然としていた。
そんな一家に待ち受けていたのは更なる想定外の事態であった。
当選の報を受けて、大勢の報道陣と、
ネットで勝手に支持を始めたフォロワーたちが押し寄せてきた。
「初当選、今のお気持ちと今後の政策について、ぜひ一言お願いします」
「クラーク先生! テラのプランテーション野郎どもに一泡吹かせてやりましたね!」
「アヴァロンの美味い食卓を頼みます!」
支持者たちによる万雷の拍手と集まってきた
報道陣のフラッシュというお祭り騒ぎの中、
当事者であるレイモンドは事態の推移についていけず、
冷や汗を流しながら、心の中で全力の突っ込みを入れていた。
(母親への腹いせで酔っ払って勢いで立候補しただけの
泡沫候補がなんで当選するんですか!?)
料理を架空のものにするとさっぱりわからなくなるので、
現実の料理の名前でやっています。
SFとしてはどうかと思いますが、ご容赦ください。
もしよければ評価やブックマーク、いただけると喜びます。
レイモンドと違って、こっちは普通に嬉しがるタイプなので。




