12
荷車と鳥竜、それから男たちを森の奥に隠して、ルミアたちはデザートウッドのある場所へ向かっていた。
「案外、あっさり入れましたね」
数回、グランたちと見張りがすれ違う事もあったが、こちらに気付く様子はなかった。
姿隠しの魔法のおかげであることは明白ではあったが、ふとフード越しに乗せられた顎に、喉の奥が唸りそうになる。
「ルミアさん。不貞腐れないでください……」
「されてませんよ?」
声が明らかに不貞腐れていた。
ルミアは今、グランの腕に抱えられながら、その頭を抱えるように肘をついていた。
「そもそも、根で転びそうになるからだろう」
オノンの言葉にも、ルミアは静かにため息をつくだけ。
ほんの数分前のことだ。ルミアは、地面を這う根に足を取られて転びかけた。
姿が見えていないとはいえ、大きな音を立てれば、不審に思われるし、なによりその魔法を使っているルミアが転べば、魔法が解ける。
三人の安全のためにも、ルミアはグランが抱えて運ぶことになったのだ。
「あと少しですから我慢してください」
先程、白濁導水を採取している場所は通り過ぎた。
それに、グランの目には、魔力を吸い上げているデザートウッドの姿が見えていた。
「はいはい」
しかし、ルミアとオノンの目には、古い大木以外には見えない。
さすがに、アレがデザートウッドということはないだろう。
グランの案内で進んでいくと、ようやくはっきりと見えたその姿。
「アレですね」
「どれ」
ルミアの声に、グランが指を指すが、頭の上から聞こえてきたのは、唸り声だけ。
グランの視界からは、デザートウッドの木がどのようなものかはわからないが、その強い魔力の流れは、明らかに異質と言えた。
ルミアをゆっくりと下し、目の前に見える魔力の塊へ視線を向ける。
オノンの話では、その魔力の塊を切れば、デザートウッドは完全に成長を止める。
「もしかしなくても、これ……?」
グランが魔力を見定めている間、ルミアが怪訝そうな顔で、その魔力の流れを掴んでいた。
「おそらく」
オノンの言葉に、グランも頷くと、ルミアは表情を歪めていた。
ルミアが掴んでいたのは、確かに感触や見た目こそ木の幹ではあるが、女性の手でも掴めるほど細い木だった。
根と幹の太さはほとんど変わらず、自立するのも難しいのか、横の大木に絡みついている。
「蔓じゃん……もっとこう、シャボテンみたいなさ……!!」
「シャボテン……」
「トゲトゲの……触ったことない?」
「危ないから触らせたことはない。そうだな……アロエルみたいな植物だ」
アロエルなら、触ったことがある。火傷に効くという中身に水分を多く含む植物だ。
どうやら、見た目は似ていないらしい。
「まぁこれがそうっていうなら、いいけどさ……それで、この木、どうするの?」
「切る」
「……まぁ、この太さなら確かに、切れるだろうけど」
木を切るとなれば、重労働だろうが、この細い木であれば、比較的簡単に切れるだろう。
グランの目から見ても、オノンの目から見ても、まだ種らしきものはできていない。
ならば、魔力を吸い上げている木の生命線を断ち切れば、この木は枯れる。
「いけるか?」
先程から、魔力の溜まっているであろう場所を見つめているグランに、オノンが声をかければ、グランも頷き、刀に手をかけた。
「いけます。ルミアさん。離れてください」
ルミアが離れると、グランもゆっくりと刀を抜くと、その魔力の固まっている場所へ、刀を振り下ろした。
魔力の流れが断ち切れるのは一瞬だった。
「終わった感じ?」
「はい」
「素晴らしい太刀筋だったな」
「ありがとうございます」
オノンに褒められ、尻尾が揺れ動くのも束の間。
グランとオノンは、何かに気がついたように振り返ると、ルミアを抱えて、木の裏に隠れた。
聞こえてきたのは、慌てた足音。
「別に何も異状ないじゃねェか! なんで、いきなり止まったんだよ」
「俺が知るか――って、ここ、切れてんじゃねェか!!」
どうやら、デザートウッドの切ったことで、白濁導水の採取も止まったらしい。
しかも、その幹には、明らかに人為的な刀の傷。
商売をしているのならば、犯人が近くにいるのではないかと、探し始めるのは道理だ。
足音が近づく中、ルミアはグランの腕の中で、ゆっくりと杖を構えれば、杖ごと静かに抑えられた。
オノンも、静かにと口の前で、人差し指を立てていた。
「…………」
ルミアも視線だけで文句を返せば、オノンはそっと視線を足音の方へ向けた。
「こんなのバレたら、頭にドヤされんぞ」
「とはいえ、売上悪いんだろ? 今日だって、どっかに買い取ってもらえるか、聞きに行ってるって話だしよ」
声がすぐ近くを通っていく。
「こんな水が豊富なとこで、水が売れるわけないだろ。頭に、商才はねェんだって」
「それ聞かれたら、マジでドラされんぞ」
「真っ当な商売がうまくいった試しがねェんだよ」
笑い声と足音が遠ざかっていく。
ルミアが自然とそちらに視線を向けていると、グランにまた抱えられると、耳元で小さく囁かれる。
「走ります。捕まっててください」
「ぇ」
「何故?」と聞き返す間は無かった。
素早く立ち上がったグランとオノンは、一目散に走ると、男たちの目を盗んで、森の中に消えて行った。
*****
「あ゛――――疲れた……」
数時間後、ルミアは疲れたようにベッドに寝転がっていた。
あの後、荷車に乗せて、男たちを領主直轄の警備部隊に引き渡し、ルミアは仕事に戻った。
戻ったのだが、
「遅いから心配したよ! って、グランじゃん!!」
「大丈夫!? 風邪!? ぎっくり腰!? パワハラ!?」
店に戻って開口一番がこれだ。
受け取っていない白濁導水については、オノンが領主からの命令で取り締まりが行われていると、説明がされた。
取り締まりという言葉に、店主はすぐにまだ取り扱っていないと言い訳をしていた。
「いえ、ここには取り締まりに来たわけではなく、彼女に協力をして頂いたものですから、お礼を言いに」
「そ、そうでしたか。いや、ルミア! よくやった!」
本当に調子のいい……と、ついため息が漏れるが、おかげで、戻るのが遅くなったことや、商品を受け取れなかったことについては、言い訳が立った。
ルミアも、よく口の回っているオノンに目をやっていると、ふと突かれる腕。
目をやれば、ビビアンだった。
「あの人って、ルミアと昔っから付き合ってる人じゃない? めっちゃ偉い人?」
領主からの命令を受けている人など、警備隊を除けば、確かにエリートが多い。
ビビアンの目の輝きは、もはや獣のそれだ。
「……偉いかは知らないけど……うん。知らない」
「ちょっと……!? 途中で考えるの諦めたでしょ!?」
「いや、どう説明してもめんどくさいんだもん」
どう説明したところで、湾曲されて理解されるのが関の山だ。
なら、余計な労力を払う方がバカらしい。
とはいえ、結局、散々付き合わされることになったのだが。
「お、お疲れさまです……」
グランが心配そうに、近づいてくる様子に、ルミアもそっと顔を上げては、おもむろにその尻尾を手に取った。
「ルミアさん!?」
「……うん。とても柔らかい」
上等な毛布のようだと、握りしめれば、素早く手から離れていく尻尾。
「ダメです。いくら生えてくるとはいえ、上げませんよ」
「そういうわけじゃ……そこまで拒否られると、逆に奪い取りたくなるんだけど……」
尻尾を隠して毛を逆立てているグランに、ルミアもつい、体を起こしてしまえば、コツリとテーブルに物が置かれる音。
「冗談はその辺にしておけ。ほら、報酬ついでにもらった菓子だ。食べるだろう?」
オノンが呆れたように、お茶の入ったコップと領主からもらった菓子をテーブルに置いていた。
ルミアは一度グランの方へ目をやると、一度肩を竦めてみせると、ベッドからようやく足を下したのだった。




