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異世界で「ママ」になりました。 ~最強ドラゴンと息子に懐かれすぎて、魔獣の楽園が完成しそうです~  作者: 寝不足魔王


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第48話:尖った耳の移住者と、お母さんの「入国審査」

 秋の陽光が聖域の広場を黄金色に染める中、セナは拠点の入り口に、急造の事務カウンターを設置していた。

 木製の机の上には、インク壺と分厚い入国管理台帳、そして「聖域居住基本マニュアル」の写しが整然と並んでいる。


「……メルディさん、予備の魔石の感度は? ……ロレッタさんは、歓迎用の茶葉の在庫を確認して。……事務的に言わせてもらえば、初対面の印象ファーストインプレッションが、その後の管理コストを左右するのよ」


 セナは、事務用の眼鏡を指先で押し上げ、森の境界線を見据えた。

 昨日、試験雇用を承諾したエルフの行政官アルウェンが、里の長老へ向けて「聖域は安全な移住先である」との魔導通信を送った。それを受けて本日、先行隊として数名のエルフがこの地を訪れることになっていた。


「ママ! ……あっち。……白い服の人たちが、いっぱい歩いてくるよ!」


 見張り役を務めていたレイが、新調されたレガリア・セナを杖代わりに、森の奥を指差した。

 その隣では、少年の姿をしたハルが、ふんふんと鼻を鳴らして未知の魔力の匂いを嗅ぎ取っている。さらに影からはルナが銀色の瞳を覗かせ、地面にはグーがどっしりと鎮座して、新しい「在庫」の到着を待っていた。


 やがて、森の静寂を破り、月白の髪をなびかせた五名のエルフの若者たちが姿を現した。

 彼らはエルフ特有のしなやかな歩調で近づいてきたが、その表情には、同胞のアルウェンを救った恩人への感謝よりも、人間が支配する地への隠しきれない「侮蔑」が色濃く漂っていた。


「……ここが、アルウェン殿の言う聖域か。……ふん、ただの開拓地ではないか。……それに、あの不浄な獣たちは何だ?」


 先頭に立つ、一際背の高いエルフの青年が、鼻を鳴らしてグーとルナを指差した。

 その一言で、広場の空気が一瞬で凍りついた。


「……止まりなさい。……そこから一歩でも前へ出るなら、事務的な手続き以前に、強制退去デリートの対象と見なすわよ」


 セナの声は、秋風よりも冷たく、鋭かった。

 彼女はペンを置き、ゆっくりと椅子から立ち上がった。その瞳には、お母さんとしての深い怒りと、管理者としての冷徹な拒絶が宿っている。


「……なんだと、人間の女が。……我らは高潔なる森の民。……このような泥臭い場所に足を運んでやったのだ。……まずは、我らをもてなす礼儀を……」


「もてなす? ……勘違いしないでちょうだい。……ここは私の庭よ。……私の家族を『不浄』と呼ぶ在庫は、一点たりともこの中には入れない。……はい、不採用。……今すぐ、回れ右して里へ帰りなさい」


 セナがピシャリと言い放つと、エルフの若者たちは顔を真っ赤にして色めき立った。

 彼らは背中の弓に手をかけようとしたが、その動作よりも早く、聖域の守護者たちが動いた。


 ズズズ、と大地が鳴る。

 グーがほんの一歩、足を前に踏み出しただけで、エルフたちの足元に巨大な地割れが走り、彼らは無様にバランスを崩した。


「――ママに、変なこと言っちゃだめ。……僕たちは、ママの騎士なんだから」


 レイがレガリア・セナを掲げると、先端の星銀石が眩いばかりの魔力を放ち、エルフたちの矢を物理的な圧力で押し潰した。

 ハルもまた、掌からパチパチと紅蓮の火花を散らし、ルナは彼らの影の中に忍び込んで、足元から不気味な冷気を立ち昇らせる。


「……な、……馬鹿な。……ベヒモスに守護龍、……それにフェンリルだと!? ……なぜ、これほどの神話級が、人間に……!」


「……馬鹿者は貴公らだ!!」


 拠点の奥から、ようやく足を引きずりながら現れたアルウェンが、雷鳴のような一喝を浴びせた。

 彼女は同胞たちの前に立ち、その無礼な振る舞いを激しく叱り飛ばした。


「この方こそ、里を蝕む冷気の源を粉砕し、私を救った事務官セナ殿だ。……そして、この魔獣たちは彼女の家族であり、この森の真の支配者。……貴公らの浅はかな選民思想など、ここでは紙屑以下の価値もないと知れ!」


 アルウェンの気迫に、若者たちは青ざめて膝をついた。

 彼らはようやく理解したのだ。自分たちが足を踏み入れたのは、単なる人間の村ではなく、事務的な合理性と神話の暴力が同居する、不可侵の聖域であることを。


「……アルウェンさん。……教育が行き届いていないわね。……これは重大な不備よ」


 セナは、再びカウンターに座り、分厚いマニュアルを一冊ずつ、彼らの前に放り出した。


「入国を許可する条件はただ一つ。……このマニュアルを全暗記し、私の指示に絶対服従すること。……返事は『承知いたしました』か『イエス、ママ』のどちらかよ。……分かった?」


 エルフの若者たちは、震える手でマニュアルを拾い上げた。

 彼らの誇りは既に粉々に砕かれていた。セナから放たれる圧倒的な「管理者」の威圧感の前に、もはや反論の余地など一ミリも残っていなかったのだ。


「……しょ、……承知いたしました……」


「……よろしい。……メルディさん、彼らの所持品検査と消毒を開始して。……ロレッタさんは、彼らに『魔獣の寝床の清掃方法』から教えてあげて。……一箇所でも埃が残っていたら、夕食は抜きよ」


 セナは、管理日誌に冷徹な筆致で今日の結果を刻み込んだ。


『第四十八案件:エルフ先行隊の入国審査、および強制研修の開始。

 特記事項:入国者の選民思想によるトラブルが発生。……レイくんたちの実力行使により、迅速に鎮圧。

 ……アルウェンさんによる内部統制を指示。

 ……在庫:不遜なエルフ、五名。……これからの教育デバッグ次第では、有用な労働力になるでしょう。

 ……さて。明日は、彼らに聖域の『動線管理』の重要性を、身をもって知ってもらうことにしましょうか。

 ……不備、修正完了。』


 夕陽を浴びて、エルフたちが必死にマニュアルを読み耽る姿を、レイは不思議そうに眺めていた。


「ママ、あのお兄さんたち、変な耳してるけど……お掃除、上手かな?」


「ええ、レイくん。……お母さんが、世界一丁寧な掃除当番に仕上げてあげるわ。……安心していいわよ」


 セナは、レイの頭を優しく撫で、秋の夜風が吹き抜ける広場を見渡した。

 多種族共生。それは事務職にとって最大の難問プロジェクトだが、セナの辞書に「不可能」の文字は存在しなかった。


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