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異世界で「ママ」になりました。 ~最強ドラゴンと息子に懐かれすぎて、魔獣の楽園が完成しそうです~  作者: 寝不足魔王


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第31話:ただいま、聖域。お母さんの「帰還検査」

 馬車の窓から流れ込む空気が、王都の石造りの冷たさから、生命力に満ちた深い森の匂いへと変わった。

 聖域の境界線を越えた瞬間、セナは肺の奥までその清浄な空気を吸い込み、小さく、けれど深い溜息をついた。


「……あぁ。やっぱり、この匂いね。お肌に馴染むわ」


「ママ! 見て! コボルトさんたちが門のところで踊ってるよ!」


 レイが窓から身を乗り出し、ちぎれんばかりに手を振り返す。その隣では、少年の姿をしたハルが、ふんふんと鼻を鳴らして故郷の気配を確かめていた。


「……土の匂い。……草の匂い。……ママ、お家、もうすぐそこだね」


 ハルの澄んだ声が、馬車の中に心地よく響く。王都での激闘や第一王子の不備を片付け、ようやく手にした「定時退社」の時間。セナは左右に座る二人の息子の頭を、愛おしそうに撫でた。


「ええ、そうね。……さあ、みんな。王都の『出張』はこれでおしまい。今日からはまた、ここが私たちの『職場』であり、何よりも大切な『我が家』よ!」


 拠点の広場に馬車が滑り込むと同時に、待機していた住人たちが一斉に駆け寄ってきた。

 留守を預かっていたマーサと娘のリリ、そして銀灰色の毛並みを揺らすコボルトの長。彼らの顔には、一分の不安も、一寸の不備もない、心からの「おかえりなさい」が溢れていた。


「セナさん! レイくん、ハルくん! ……あぁ、本当に無事で良かった!」


 マーサが目元を拭いながら、馬車から降りたセナの手を握る。リリも「レイくん! ハルくん! お土産あるー!?」とはしゃいで二人に抱きついた。


「ええ、マーサさん。……色々あったけれど、おかげさまで『法的基盤』をガッチリ固めてきたわ。……留守の間、不便はなかったかしら?」


 セナは再会の抱擁を交わしながらも、その視線は既に、拠点の隅々を「棚卸し」し始めていた。

 事務職としての帰還検査インベントリ・チェックだ。


 まずは機織り小屋。規則正しい音が聞こえる。

 次に水場。藻の一片すら浮いていない清潔さ。

 そして食料庫の換気口。適切な気流が確保されている。


「……完璧ね。……マーサさん、素晴らしい管理能力だわ。……王都で選んだ最高級の針と糸、奮発した甲斐があったわね」


「はわわ~、マーサさん! 私、王都ですっごく香りのいい薬草の種を見つけてきたんですよぉ。……後で一緒に植えましょう~!」


 ロレッタが荷物の中からお土産を取り出し、メルディは「……まずは、長期不在だった薬品庫の湿度ログを確認します」と、眼鏡を光らせて自身の保健室へと消えていった。


 セナは、届いたばかりの荷解きを指示しながら、広場のベンチに座り、レイとハルがリリと一緒に遊び始める様子を眺めた。

 レイは王都で見た騎士たちの真似をして、手近な木の枝――「小さな木の杖」を振って見せている。ハルはそれを見守りながら、時折小さな火を散らしてリリを笑わせていた。


(……王都の豪華な宮殿も、磨き抜かれた大理石の床も、ここにある『笑顔の在庫』には敵わないわね)


 セナは、管理日誌を取り出し、新しいページにペンを走らせた。

 事務職にとって、これまでの実績を整理し、明日からの「定時」を確保するための儀式だ。


「さて……。……マーサさん、留守中のマーケットの収支報告を聞かせてもらえるかしら? ……コボルトさんたちとの取引レートに変動はなかった?」


「ええ、セナさん。……あなたが残してくれた『適正価格表』のおかげで、混乱は一切なかったわ。……むしろ、近隣の別の群れからも取引の打診が来ているくらいよ」


「……新規開拓スカウティングの必要性ね。……了解したわ。……それは明日、ハルくんとレイくんの体調を見てからスケジュールに組み込みましょう」


 夕暮れ時。

 拠点の中心にある大きなテーブルには、マーサが用意してくれた「おかえりなさい」の夕食が並んだ。

 森で採れたキノコのスープ、自家製のパン、そして王都から持ち帰った最高級のハチミツ。


「おいしい……! ママ、やっぱりここのスープが一番だよ!」


「……うん。……お水が、甘い。……お外のレストランより、ずっといい」


 ハルが美味しそうにパンを頬張り、レイがスープをお代わりする。

 セナはそんな二人を見つめながら、王都でジルヴェールに突きつけた「条件」を思い出していた。

 この子たちの未来を守るための、国家との契約。

 それが今、こうして静かな食事風景として形になっていることに、セナは深い満足感を覚えた。


 食事を終え、星空が広がる頃。

 セナは、レイとハルを両脇に挟んで、テラスの椅子に座っていた。


「ママ。……僕、もっと強くなるよ。……王都の騎士様たち、すごかったけど、僕はママの騎士なんだもん」


 レイが「小さな木の杖」を大切そうに抱えながら、月を見上げて呟く。


「……うん。……僕も、言葉、いっぱい覚える。……ママを、助けられるように」


 ハルの言葉に、セナは二人の肩を引き寄せた。

 子供たちの成長。それは事務的な予測を遥かに超えて、日々新しい驚きを届けてくれる。


(……この子たちの瞳が、王都へ行く前より少しだけ大人びている気がするわ。……寂しいけれど、それも『お母さん』という職業の醍醐味ね)


 セナは日誌の最後に、力強い筆致で今日の一行を添えた。


『第三十一案件:聖域への帰還、および拠点の現状復旧。

 特記事項:不備、欠品、共になし。……マーサさんたちの管理能力の向上を確認。

 ……王宮での激動を経て、私たちはまた一つ、大きな信頼という資産を獲得した。

 ……さて。明日は溜まった洗濯物の片付けから始めましょうか。

 ……在庫:家族の安らぎ、上限なし。……聖域ホームでの定時生活、再開!』


 暗い森の奥から聞こえる虫の声が、今夜は心地よい子守唄のように響く。

 セナは、うとうとし始めた二人の英雄を抱きかかえ、清潔なシーツが待つ寝室へとゆっくりと歩き出した。


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