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異世界で「ママ」になりました。 ~最強ドラゴンと息子に懐かれすぎて、魔獣の楽園が完成しそうです~  作者: 寝不足魔王


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第16話:迷子の「雲」と、小さなテイマーの目覚め

 雨上がりの朝、森は洗いたてのシーツのような清々しい空気に満ちていた。

 拠点の洗濯干し場へ向かったレイくんが、驚いたような声を上げた。


「ママ! メルディさん、ロレッタさん! 空から綿菓子が落ちてきたよ!」


 セナが慌てて駆け寄ると、そこには不思議な光景が広がっていた。

 ハルくんが首を傾げて見つめる先、昨日干したばかりの麻布の間に、真っ白で巨大な「もふもふ」の塊が挟まり、ぷかぷかと浮きながら震えていたのだ。


『個体名:クラウド・シープ(幼体)……状態:魔力攪乱、極度の怯え。浮遊袋に損傷あり』


 セナの視界に浮かぶ鑑定ウィンドウが、その正体を告げる。空の魔力を食べて生きる、実体のない精霊に近い魔獣だ。


「……ッ、セナ殿、不用意に近づいてはいけません。この種はパニックになると周囲の魔力を吸い尽くし、小規模な放電を引き起こします」


 メルディさんが眼鏡を鋭く光らせて警告する。だが、その横でロレッタさんが、ふわりと柔らかい微笑みを浮かべて一歩前に出た。


「大丈夫ですよぉ。……この子はただ、お家に帰りたくて泣いているだけですから」


 ロレッタさんはハチミツの香りがする自身のストールを広げると、歌うような声で語りかけながら、その「もふもふ」を優しく抱きしめた。

 魔獣ケアのプロによる、一切の毒気がない「抱擁」。荒ぶっていたクラウド・シープの震えが、ロレッタさんの胸の中で次第に収まっていく。


 だが、落ち着きを取り戻しても、シープは空へ帰ろうとせず、寂しげにロレッタさんの服の裾を吸い続けていた。


「……どうやら、群れとはぐれたショックで、空への『道』を見失ってしまったようですね」


 メルディさんの言葉に、セナは腕を組んで考え込んだ。

 事務職として、迷子(誤配)を放置するわけにはいかない。正しいルートを構築し、送り届けるのが彼女の流儀だ。


「よし、ハルくん。あっちの高い木の上で、少しだけ上昇気流を作ってくれる? ……そう、煙突の熱を逃がす時みたいに、優しくね」


「キュイッ!」


 ハルくんが火を噴かずに、温かな熱気だけを器用に操作し始める。

 セナは「動線管理」の知識を総動員し、森の木々に光る石を配置して、空へと続く「光の階段」をシミュレートした。


 準備は整った。けれど、最後の「一押し」が足りない。

 誘導路があっても、シープは怯えてロレッタさんから離れようとしなかった。


「……僕が、行くよ」


 今まで静かに見守っていたレイくんが、一歩前に進み出た。

 彼はセナからもらった小さな木の杖を握りしめ、シープの瞳をじっと見つめた。

 セナは、その瞬間のレイくんの横顔に、言葉を失った。

 それはいつもの「ママに甘える息子」の顔ではなく、異なる命と魂を繋ぐ、一人の「テイマー」としての凛々しい顔だった。


「怖くないよ。……あっちに、君の仲間がいる。僕が一緒に歩いてあげるから」


 レイくんがシープの白い毛にそっと触れる。

 その瞬間、二人の間に淡い光の輪が広がった。

 テイマーの才能――種族の壁を超えて心を通わせる力が、セナの目にもはっきりと見えた。


 レイくんは、セナが作った「気流の道」に沿って、一歩ずつ慎重に歩き出した。

 不思議なことに、あれほど怯えていたシープが、レイくんの足跡をなぞるように、ふわりと宙を舞ってついていく。


「……すごいですぅ。レイくん、あんなに上手に心を通わせて……」

「……ええ。彼には、教えられるものではない『才能』があるようですね」


 ロレッタさんとメルディさんが感嘆の声を漏らす中、セナは拳を握りしめてその背中を見守った。

 お母さんとして心配でたまらない。けれど、今はこの子の「仕事」を邪魔してはいけない。それがプロ同士の、そして家族としての信頼だ。


 高い丘の頂上で、レイくんは杖を空へと掲げた。

「さあ、行って! ……また、遊びに来ていいからね!」


 レイくんの言葉に背中を押されるように、クラウド・シープはキラキラと光る魔力の粉を振り撒きながら、空高くへと舞い上がっていった。

 雲の隙間から、仲間のシープたちの鳴き声が聞こえる。


 役目を終えて戻ってきたレイくんを、セナは力いっぱい抱きしめた。


「レイくん! ……かっこよかったわ。本当にかっこよかった!」


「へへっ、ママ。僕、わかったんだ。……あの子、僕の言葉をちゃんと聞いてくれたよ」


 レイくんの笑顔には、これまでにない自信が溢れていた。

 セナはそんな彼を誇らしく思い、それから屋根の上に目を向けた。

 空に帰ったはずのクラウド・シープだったが、どうやら一匹だけ、セナの拠点の屋根が気に入ったらしい。

 一番日当たりの良い場所で、巨大な綿菓子のように丸まってお昼寝を始めていた。


「あらあら……。あの子、すっかり居着いちゃったみたいね」


「いいじゃないですかぁ、セナさん! あの子がいれば、夜もふかふかで温かいですよ〜!」


 ロレッタさんがはしゃぎ、メルディさんは「……屋根の耐荷重を計算し直す必要がありますね」と苦笑いしている。

 セナはハルくんを膝に乗せ、レイくんの手を引きながら、管理日誌を更新した。


『第十六案件:浮遊魔獣の誘導。

 特記事項:レイくん、テイマーとしての初業務を完遂。

 ……屋根の上に「もふもふ」の在庫、一点追加。ただし、これは家族の『絆』の証につき、棚卸し対象外とする。』


 魔獣の楽園に、また一つ新しい命の灯火が加わった。

 セナは、誇らしげな「小さな騎士」の顔をした息子を見つめ、彼が守るべき未来を、自分もまた全力で支え抜くことを誓った。


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